魔王と勇者と終宴
「ふぅ……食った食った……」
最後の照り焼きバーガーを食べ終わったシュータは、口の周りに付いた照り焼きソースを舌で舐め取りながら、パンパンに膨らんだ腹を撫でた。
「ごっそさん。美味かったぜ」
「良かった~!」
シュータの感想に、サリアは安堵と歓喜で顔を綻ばせる。
彼女の嬉しそうな様子を見て、上座に座るギャレマスも慌てて頷いた。
「う、うむっ! 以前に食べたものよりも格段に美味くなっていたぞ! 腕を上げたな、サリアよ!」
「ありがとうございます、お父様も!」
父の賛辞に嬉しそうに声を弾ませたサリアは、少しトーンを落として「ところで……」と続ける。
「サリアの“肉餅挟み込みパン”と、つーちゃんの”てりやきばあがあ”……どっちの方が美味しかったですか?」
「そ、それは……」
サリアの問いかけに、ギャレマスは困った顔をしながら答えに窮した。
咄嗟に傍らのスウィッシュに助けを求める視線を送るが、彼女は口元を僅かに緩めながら素知らぬ顔をする。「きちんとご自身のお言葉で答えてあげて下さい」という彼女のサインだ。
腹心に突き放された格好のギャレマスは、実に困った顔をしながら考え込み、おずおずと答える。
「い、いや……まあ、どっちも美味かったぞ……うん。そ、それぞれに長所があって、一概にどちらが上だとは……」
「……それ、さっきシュータが言ってた答えとまるっきり同じじゃないかよ」
ギャレマスの答えに、不満げな様子で頬を膨らませるサリア……もとい、ツカサ。
そんな彼女の目から逃れるように目を逸らしたギャレマスは、円卓の向かいに座るシュータに向けて声を上げた。
「そ、そうは言っても、本当にどっちが上かなんて決められないのだから仕方なかろう! なあ、そうだよな、シュー……痛っ!」
「俺まで巻き込もうとすんじゃねえよ、クソ魔王」
自身もさっきまで同じ質問を浴びせられまくって辟易していたシュータは、慌ててエネルギー弾をギャレマスの眉間目がけて放って口を封じる。
そして、おもむろに立ち上がると、エラルティスとジェレミィアに向けて顎をしゃくった。
「おい、お前ら。そろそろ引き上げるぞ」
「えっ?」
夢中で骨付き肉にしゃぶりついていたジェレミィアは、ビックリした顔で訊き返す。
「あれ? 今日帰るの? てっきり、今日は魔王城で一泊するもんだと……」
「あ、ああ」
ジェレミィアの言葉に、ギャレマスもキョトンとした顔をして頷いた。
「余も、今日もお前たちが泊まるものだと思って、客室棟の部屋を調えさせていたのだが……。だから、別に遠慮する事は無いぞ?」
「あのなあ……」
ギャレマスの誘いに、思わずシュータは呆れ顔を浮かべる。
「勇者の俺が言うのも何だけどよ……お前は魔王なんだぜ。なのに、なに甲斐甲斐しく宿敵の勇者の俺をもてなす部屋を用意してんだよ?」
「え? いや、まあ……確かにそうなのだが……」
シュータの指摘に、ギャレマスは頭を掻きながら困ったように答えた。
「とはいえ……お主がサリアを救い出す為に尽力してくれた事は……手段は些かアレだったが……確かな訳だし……真誓魔王国の主――そして、サリアとツカサの父親として、余はその恩にしっかり報いねばならぬところであってだな……」
「……恩に報いるとか、マジメか。ラスボス魔王のクセに」
と、呆れ声でギャレマスに言ったシュータは、自分のマントを羽織りながら言葉を継いだ。
「今回の件の借りは、この宴会と照り焼きバーガーでチャラって事にしてやるよ。……また来るぜ」
「ふぁ、ファッ?」
シュータの言葉に、ギャレマスは目を剥く。
「い……いや、出来れば、もう来ないでほしいのだが……」
「何言ってやがる」
おずおずと言うギャレマスに向けて、シュータは不敵な薄笑みを浮かべてみせた。
「勇者の仕事は魔王退治だ。これからも、それは変わらねえよ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「……まあ」
と、シュータは、サリアの方に顔を向け、今度は柔和な微笑みを向ける。
「ここに来るメインの目的は、照り焼きバーガーの方になったけどな。また食いに来るぜ。その時はよろしくな、サリアとツカサ」
「うん! いっぱい作って待ってるから!」
「こ……今度はもっとミックの照り焼きバーガーの味に近付けるからさ……また来いよ」
シュータの言葉に、サリアとツカサが交互に言って大きく頷いた。
そんな彼女に頷き返したシュータは、くるりと踵を返す。
そして、大広間のバルコニーに向かって歩き出しながら、エラルティスとジェレミィアに手招きした。
「ほら、行くぞ。ふたりともさっさと来い」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいな、シュータ殿!」
エラルティスが、バルコニーへ向かうシュータを慌てて呼び止める。
そして、嫌な予感を覚えて顔を引き攣らせながら、恐る恐る訊ねた。
「い、行くのはいいですけど……ど、どうやって帰るつもりなんですの? なんで、エントランスじゃなくてバルコニーの方に……?」
「あぁ? 何でわざわざ玄関まで歩かなきゃいけねえんだよ」
エラルティスの問いかけに怪訝な顔をしたシュータは、バルコニーを指さしながら答える。
「反重力で飛んでいくんだから、バルコニーからでいいじゃねえかよ」
「あ、あれはちょっと御免被りますわ!」
シュータの答えを聞いた途端、エラルティスは顔を青ざめさせ、激しく首を横に振った。
「な、何というか……ま、魔法陣で飛ぶっていうのが、ちょっと怖……抵抗があるというか……」
「あー、確かにちょっと分かるなぁ」
エラルティスの震え声に、ジェレミィアも苦笑しながら頷く。
「なんていうか……体がフワフワ浮いて飛ばされるのが、結構スリリングっていうか怖いっていうか……。特に魔王城からだと、最初に魔王さんと戦ってやられかけた時、シュータにムリヤリ国境まで飛ばされた事を思い出しちゃうし……」
「なんだよ、嫌なのかよ」
二の足を踏むふたりに、シュータは不満げに顔を顰めた。
そして、大きな溜息を吐きながら彼女らに告げる。
「分かったよ。だったら、お前らはここから人間族領まで歩いて帰ればいい。俺は反重力で先に帰ってるからよ」
「えぇ……?」
シュータの言葉を聞いたエラルティスは、思わず軽蔑の声を上げた。
「ジェレミィアの方はともかく、か弱いわらわにまで歩けとおっしゃいますの? 聖女のわらわにそんな惨い仕打ちなんかしたら、天上の神々が黙ってはいませんわよ!」
「じゃあ、どうしろっつーんだよ。反重力もイヤ、歩くのもイヤって……」
駄々を捏ねるエラルティスにうんざりしながら、シュータは呆れ声を上げる。
と、その時、
「……あ! いい事考えたよ!」
そう、弾んだ声を上げたのは、サリアだった。
彼女は、スカートの裾を翻してバルコニーの方に駆け寄ると、おもむろに指を唇に当て、思い切り指笛を吹いた。
“ピ――――ッ!”
「あっ……」
「まさか……」
指笛の音を聞いたファミィとアルトゥーが、いつぞやの記憶を思い出して顔を見合わせる。
――それから数十秒後、
バッサバッサという羽音が徐々に近づくと共に、夜空の彼方から何か白いものがこちらに向けて飛んでくるのが見えた。
「ぶふううううううううんっ!」
特徴的な咆哮を上げながら、サリアの指笛に応じて現れたのは、古龍種のポルンである。
「ぶふふふうううん!」
ポルンは、笑顔で手を振るサリアを見て、嬉しげな鳴き声を上げると、滞空したままバルコニーに背を向けた。
そんなポルンの大きな背中に迷う事無く飛び乗ったサリアは、
「さあ、みんな! どうぞー!」
と、満面に笑みを浮かべながらシュータたちを手招きしたのだった。




