勇者とふたりの姫とマヨネーズ
サリアは、ギャレマスに二種類の照り焼きバーガーを渡すと、再び銀盆からひとつずつ包みを取り、今度は円卓の向かい側に座るシュータの元へと向かった。
そして、
「はいっ、シューくん、どうぞっ!」
と、満面に笑みを浮かべながら、彼に包みを差し出す。
それに対し、シュータは、自分を見つめる彼女の紅瞳から微妙に目を逸らしながら、
「あ……う、うん。サンキュ」
と、素っ気ない返事をしながら包みを受け取った。
そんな塩対応をシュータにされたサリアだったが、気を悪くした様子も無く、目を輝かせながらシュータに顔を近付ける。
「ね、食べ比べてみて! サリアの作った肉餅挟み込みパンと、つーちゃんが作ったてりやきばあがあ!」
「お、おう……」
シュータは、彼女の勢いに押し切られるように頷き、まずサリアの肉餅挟み込みパンを一口齧ってみた。
味を確かめるようにじっくりと咀嚼し、飲み込む。
そして、固唾を呑んで見守っていたサリアに向けて微笑みかけてみせた。
「……うん、美味い。特に、タレの味付けが俺好みだ。この前、アヴァーシで食った時よりも美味くなってると思うぜ」
「ホントッ?」
シュータの感想を聞いたサリアが、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「良かったぁ~! 実は、タレに蜂蜜を入れて、まろやかな甘味を足してみたの! ちょっと甘過ぎかなぁって思ったんだけど……」
「いや……俺は、このくらいの甘辛さの方がいいな」
喜ぶサリアに頷きながら、シュータは肉餅挟み込みパンをもう一口齧った。
そして、ニコニコと無邪気に笑っているサリアの横顔をチラリと見ながら、彼女に聞こえないようにこっそりと呟く。
「……また、お前の作ったコイツを食えて良かったよ」
「え? なんか言った、シューくん?」
「あ……い、いや……何でもねえよ」
だが、その声をまんまと聞きつけたサリアにキョトンとした顔で訊き返されたシュータは、顔を赤くしながら、ぶっきらぼうな口調ではぐらかした。
――と、
「――シュータ!」
それまで柔和な笑顔を浮かべていたサリアの顔つきが急に変わり、ぞんざいな口調でシュータを呼んだ。
「じゃあ、次はウチの方を食ってくれよ! 今日のは、過去イチで自信があるんだ!」
「うおっ? ……て、お前、ツカサかよ」
突然豹変したサリアにシュータは一瞬驚いたが、すぐに彼女がツカサに切り替わったのだと気付いて苦笑する。
「さっきも、あの氷女に言われてただろうが。ビックリするから、急に人格交代するんじゃねえって……」
「そんな事いいからさ! 早く食べてよ、ウチの照り焼きバーガー!」
シュータの注意も聞き流して、シュータの口に無理やり照り焼きバーガーを突っ込もうとしてくるツカサ。
そんな彼女の強引さに根負けしたシュータは、差し出された照り焼きバーガーにかぶりついた。
――と、
突然、彼は目を丸くする。
「――え? コレって……まさか……」
「気付いたかい?」
驚きの表情を浮かべるシュータに、ツカサはしたり顔をした。
「ようやく満足いく出来のものが出来たんだよ。やっぱり、これが入ってないと本物の『照り焼きバーガー』とは言えないよね!」
「ほう……!」
ツカサの言葉に感嘆の声を上げたのは、ヴァートスだった。
彼は、齧りついた照り焼きバーガーのパテにたっぷりと付いた白い調味料に目を落としながら、しみじみと呟く。
「なんと……この異世界で、再び本物のマヨネーズが味わえるとは思わなんだわ……」
「ああ……」
ヴァートスの言葉に、シュータも頷いた。
そして、もう一口照り焼きバーガーを頬張り、ほう……と感嘆の息を吐く。
「……確かに、コイツはミックの照り焼きバーガーそのものだ。今までも、タレの味の再現度は高かったけど、このマヨネーズが加わった事で、完璧になった」
そう言ったシュータは、ドヤ顔で胸を張っているツカサに確認するように尋ねる。
「確か……この世界の卵じゃ、どうやってもマヨネーズにならないんじゃなかったのか?」
「ああ……そうだったよ」
シュータの問いかけに、ツカサはニヤリと笑った。
「色々と試行錯誤したのさ。最初のうちは全然酢と卵が混ざらなくって苦戦してたけど、だんだんうまく混ざる比率が分かってきて……更にアレをプラスした事でようやく完成したんだ。地球のマヨネーズの味に限りなく近い、この異世界のマヨネーズが、ね!」
そう高らかに言い放ったツカサは、ずいっとシュータに顔を寄せて、目を輝かせながら「で……」と問いかける。
「どっちの方が美味しいと思った?」
「え……?」
「ウチの照り焼きバーガー?」
そうシュータに尋ねたツカサの表情が、再び一変した。
「それとも――」
無邪気な笑顔を浮かべた彼女が、言葉を続ける。
「サリアの肉餅挟み込みパンの方?」
「ど、どっちって……」
ふたりの問いかけに、シュータは珍しく困り果てた表情を浮かべて言い淀んだ。
「い、いや、そんな事訊かれても……」
そう、しどろもどろになったシュータは、ちらりとサリアの顔を見て、恐る恐る答える。
「ど……『どっちも美味い』……じゃダメか……?」
「ダメ~っ!」
探るようなシュータの答えは、即時にサリア……と、裏側のツカサに却下された。
「ちゃんと決めて~! サリアとつーちゃん、どっちの方が好きなの、シューくん?」
「そうだ! 男らしくハッキリと答えろよ! ウチとサリア……どっちがいいんだよ、お前は!」
「いや、だから……どっちの方にもいいところがあって、どっちが上なんて決められねえんだって!」
「えへへ。まあ、それはそれで嬉しいけど……でも、だったら、どこがいいところなのかを、もっとハッキリ言ってほしいよねぇ、つーちゃん」
「うん、そうだよ。もっと細かく……いっぱい褒めてほしいよな」
「つうか……お前ら、当たり前みたいに人格を瞬時に入れ替えて会話してんじゃねえよ! いくら何でも適応するのが早過ぎだろ!」
まるで腹話術師のように、ひとつの身体で器用に会話を交わすツカサとサリアに辟易としながら、シュータは上ずった声でツッコむのだった……。




