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魔王と祝宴と乾杯

 ――魔王城と、その麓に広がる王都ヴェルナ・ドーコ・ロザワは、大きな衝撃と驚愕と――歓喜に包まれていた。


 具体的な経緯は伏せられたものの、夕方頃から起こっていた騒動は、「“大喪の儀”が行われていた呪祭拝堂(ナーム)に正体不明の敵が襲来して、サリア姫の命があわやというところだったが、崩御したと伝えられていた雷王ギャレマスが颯爽と現れて残さず討ち取った」という事だったと、遠巻きに呪祭拝堂(ナーム)の様子を窺っていた王宮兵たちにイータツがざっくりと伝えた。

 それを漏れ聞いた、“大喪の儀”に参列する為に魔王城を訪れていた一般民衆たちによって、『魔王イラ・ギャレマスの生還』という朗報が城下のヴェルナ・ドーコ・ロザワ全域へも瞬く間に広がり、街の様相は一変した。

 通りに掲げられていた、魔王の崩御を悼む為の弔旗は直ちに取り去られ、その代わりに祝い事に用いられる祝旗が揚げられると、喪に服していた町の住人たちが晴れ着を纏って通りに繰り出し、これまでの塞いだ気分を一気に発散せんとするかのように、吟遊詩人が奏でる陽気な音楽に合わせて踊り回った。

 街中の酒場や料理店も、酒蔵と貯蔵庫をひっくり返す勢いでありったけの酒と御馳走を用意して民衆へ盛大に振る舞い、共に喜びを分かち合うのだった。


 ――この歓喜に満ちたお祭り騒ぎは三日三晩続き、後々まで語り継がれる伝説となった。

 それだけにとどまらず、それから毎年、『雷王再誕祭』という名の祭典としてヴェルナ・ドーコ・ロザワの全域で開催されるようになるのだが――それはまた、別の話である。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――そして、

 ここ、魔王城の大広間でも、城下の喧騒に負けず劣らずの盛大な宴会が催されていた。

 言うまでもなく、魔王ギャレマスの一人娘であるサリア姫を取り戻し、彼女のもう一つの人格であるツカサも一緒に救い出せた事を皆で祝う宴である。


「カンパ――イッ!」


 大広間の中央に据えられた大きな円卓で、乾杯の音頭と共にグラスが打ち交わされる音がいくつも鳴り響いた。


「……というか、これでもう何度目……いや、何十回目の乾杯なのだ……?」


 グラスを掲げたままで、少し顔を引き攣らせながらぼやいたのは、円卓の上座に座ったギャレマスである。


「別に何回でもいいじゃん、魔王さん」


 乾杯の音頭を取ったジェレミィアが、彼の呟きを耳聡く聞きつけ、口を尖らせる。

 彼女は、目の前の皿から骨付き肉を取りながら、ギャレマスに言った。


「こうやって、魔王さんも生きて魔王城に戻ってこれたし、ふたりのサッちゃんも両方とも消えなかったしさ。おめでたい事がたくさんあったんだから、何回乾杯してもやり過ぎって事は無いんじゃない?」

「まあ……そう言われれば、確かにそうなのだが……」


 嬉しそうな顔で骨付き肉にかぶりつきながらのジェレミィアの言葉への反応に困ったギャレマスは、場を繋ぐようにグラスの中の葡萄酒を一口で飲み干した。

 彼の傍らに座ったスウィッシュがそれを見て、すかさず円卓の上に置かれた酒瓶を手にして声をかける。


「陛下。お注ぎいたします」

「あ、いや、もう良……う、うむ、頼む」


 一旦は断ろうとしたギャレマスだったが、ニコニコと微笑みかけるスウィッシュの顔を見て口を紡ぐと、観念した様子でグラスを差し出した。

 スウィッシュは嬉しそうに酒瓶を傾け、ギャレマスのグラスに溢れんばかりに葡萄酒を注ぎ込む。


「どうぞ!」

「あ、うん」


 満面の笑みでスウィッシュに勧められたギャレマスは、腹が酒で膨れてタプタプ音を鳴らしているのを懸命に隠しつつ、満杯の葡萄酒を零さないよう慎重に口を近付け、ごくごくと飲み干してみせた。

 グラスを空にしたギャレマスは、喉の奥から酒とゲップがこみ上げそうになるのを必死で堪えながら、息を詰めて彼の様子を見守っているスウィッシュに微笑みかける。


「う、うむ……美味い。スウィッシュよ、ありがとう」

「は――はいっ! どういたしまして!」


 ギャレマスから感謝の言葉をかけられたスウィッシュは、一際表情を輝かせた。

 そんな彼女の無邪気で愛らしい笑顔を見て、ギャレマスも一層顔を綻ばせる。

 そして、ふと空になったグラスに目を落とし、スウィッシュの横顔をチラリと見ると、意を決して口を開いた。


「す――スウィッシュ! あのな――」


 ――だが、


「おうギャレの字! 楽しんどるかぁ?」


 スウィッシュにかけた彼の声は、両手に発泡酒(バル)のボトルを持ったヴァートスによって遮られてしまった。

 禿げ頭のてっぺんまで真っ赤にした老エルフは、ギャレマスの持つ空のグラスに気付くと、顔を顰める。


「おいおい! お前さん、この宴の主役のクセにグラスが空いとるじゃあないか! いかんのう! ほれほれ、このワシ自らが注いで進ぜようぞぉ!」


 と、呂律が回らない声で言いながら、空のグラスにボトルの口を突っ込もうとした。

 それに対し、ギャレマスは慌てて自分のグラスを手で塞いで、首を左右に振る。


「い、いや、ヴァートス殿。せっかくのお誘いだが、酒は充分に頂いたから、もう結構……」

「にゃにをぉ~っ? ワシの注ぐ酒が飲めんと言うのかぁ、えぇっ?」

「け、決してそういう訳ではないのだが……って、や、やめロガバゴゴバっ!」


 断ろうとしたギャレマスの声は、途中で泡を吹くような音に変わった。

 ヴァートスが、彼の口へ無理矢理ボトルの口を捻じ込み、中の発泡酒(バル)を一気に流し込んだからだ。


「ひょひょひょ~! ほれほれ、遠慮せずにたんと飲め! なにせ、お前さん家(魔王城)の酒じゃからな! どうじゃ、ワシが注いでやった酒は美味かろう~! しかも無料(タダ)!」

「ご、ゴボボボ、ゴゴボ、ゴゴボボッ(こ、これは注いだとは言わぬし、そもそも魔王城の酒なんだから、余にとってはタダではないぞっ)……!」


 炭酸に喉をシュワシュワ刺激されたせいで涙目になりながら抗議の声を上げるギャレマスだったが、口中に満ちた苦い発泡酒(バル)のせいで声にならない。

 それどころか、流し込まれ続ける発泡酒(バル)のせいで、あわや窒息しかけるギャレマスだったが、


「ちょ! ヴァ、ヴァートス様! もう、その辺でやめてやれ! 魔王の顔が土気色に……」

「やれやれ……御老体、少し飲み過ぎだぞ。危うく、一度中止になった“大喪の儀”を再開しなければならないところだったぞ……」


 ギャレマスの異変に気付いたファミィとアルトゥーが、暴走している老エルフを慌てて制止した事で、危ういところで命拾いするのだった……。

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