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魔王と目覚めと膝枕(?)

 「…………か……いか……」

「ん……」


 ギャレマスは、微かに聴こえてくる必死な響きを湛えた声に気付き、目を瞑ったまま身じろぎをした。

 ……どうやら、自分は横になっているようだ。なぜだか分からないが、周りがやけに騒々しい……。

 その上……この、鼻をくすぐる焦げ臭い匂いは何だろうか? 焦げ臭いだけじゃなくて、やたらと埃っぽいような――。

 彼は目を瞑ったまま、寝起きで思考が回らない頭でぼんやりと考える。

 と――、


「……いか……陛下! 起きて下さい、陛下ぁ!」

(その声は……スウィッシュ……?)


 ようやく、さっきから必死で自分に向けて呼びかけている声の主がスウィッシュだと分かったギャレマスは、慌てて飛び起きようと――したが、後頭部に感じる柔らかな感触と温もりに気付いた途端、ピタリと動きを止めた。

 今、自分が頭が乗せている枕……その程よい弾力と、人肌の心地よい温もりは、ついさっきの夢――或いは幻――あるいは現実――で、ルコーナに膝枕してもらっていた時に感じたものと同じだ。

 ……と、いう事は……自分が頭を乗せているのは――、


(す……スウィッシュの太股か……!)


 そう確信した途端、ギャレマスの心臓の鼓動が急激に早まる。

 それに応じて、頬が熱を持つのを感じながら、彼は一度は開けようとした瞼に力を入れてギュッと閉じた上、後頭部に五感を集中させた――。


(……って、い、イカンイカンッ! な、何をしようとしておるのだ、余は!)


 思わず、心の中に潜む悪しき自分が囁いた(もう少しだけ狸寝入りをして、スウィッシュの膝枕を堪能してもいいんじゃないか?)という甘言に乗りかけたギャレマスだったが、すんでのところで理性を取り戻した。

 彼は、「う……う~ん……」とわざとらしく唸って、さも「たった今気付きました」という小芝居を打ちながら、ゆっくり目を開ける。

 ――と、次の瞬間、


「へ――陛下ぁっ!」


 上ずったスウィッシュの声が聴こえたと思うと同時に、鈍い衝撃が彼の鳩尾(みぞおち)を打った。


「ごふぅえっ!」


 無防備だった急所(みぞおち)に痛烈な一撃を食らったギャレマスは、思わずカエルが潰れたような呻き声を上げて身悶える。


「あ……へ、陛下! 大丈夫ですかっ? ど、どこか痛むところがっ?」

「いや……今のは、どう見てもお前の頭が王にクリティカルヒットした事が原因だぞ、氷牙将……」


 身体をくの字に折って悶絶するギャレマスの耳に、慌てふためくスウィッシュの声と、呆れ果てた様子のアルトゥーの声が届いた。

 それを聞いたギャレマスは、激しく咳き込みながら、涙が滲んだ目を見開く。

 そして、自分の胸に抱きついている少女の蒼髪をそっと撫でた。


「ごほ……す、スウィッシュ……案ずるな、大丈夫だ……ごほっ」

「陛下ぁ……!」


 恐る恐る顔を上げて、ギャレマスが優しく自分に微笑みかけているのを見たスウィッシュは、安堵と歓喜と含羞(がんしゅう)とで表情をぐちゃぐちゃにしながら、再び彼の胸に顔を埋める。

 彼女の身体の温もりと柔らかさを感じて、ギャレマスは思わず胸を躍らせるが――ふと奇妙な違和感に気付いた。


(……あれ? スウィッシュが余の胸に抱きついているのなら――今、余に膝枕をしているのは、一体誰なのだ?)


 そう思い当たった彼は、スウィッシュに向けていた目を徐々に上に向け、彼の後頭部を支えている人物の顔を見上げる――。


「ヒョッヒョッヒョッ! ようやく目を覚ましたか、ギャレの字!」

「ヴァ……ヴァートス殿っ? ――って! か、顔の真上で馬鹿笑いするのはやめてくれぬかッ? つ、唾が落ち……ば、ばっちいっ!」


 目を上げたすぐそこに白髯を蓄えた老エルフの顔がある事に驚く間もなく、五月雨のように降ってきた唾の直撃を受けてしまったギャレマスは、思わず悲鳴を上げた。

 そして、老エルフの唾まみれになった顔をローブの袖で慌てて拭きながら、上ずった声で疑問をぶつける。


「ヴァ、ヴァートス殿……な、何故、お主が余に膝枕を……?」

「何じゃ、ワシじゃ不満か、ギャレの字? やっぱり、若い娘のムチムチでピチピチな膝の方が良かったというんかい、このムッツリスケベめが!」

「い、い、いや! そ、そういう訳ではなくて、その……」


 ヴァートスに図星を指され、横たわったままの体勢でしどろもどろになるギャレマス。

 そんな彼の様子を見下ろしていた老エルフは、ニヤリと笑った。


「……まあ、男なら、そう考えるのは至極当然の(ことわり)じゃろうて。ワシにはよ~く解るぞ、ギャレの字。……とはいえ、ワシのコレも、案外と寝心地は悪くなかろう?」

「む……」


 老エルフの問いかけに、ギャレマスは後頭部の感触を確かめてみる。

 そして、複雑な表情を浮かべつつ、おずおずと頷いた。


「た……確かに、適度に弾力があって、温もりもほどよし……。それに……なんだ? 妙にコロコロしたものが――」

「ヒョッヒョッヒョッ! さもあろうて!」

「うわっぷ!」


 再び呵々大笑したヴァートスの口から撒き散らかされた唾が、再びギャレマスの顔を濡らす。

 そして、顔を顰めるギャレマスの事などお構いなしといった様子で、ヴァートスは上機嫌な声で言葉を続けた。


「なにせ、伝説の戦闘民族の男もハマっておったらしいからのう。なかなかのモンじゃろ、このワシの“()()()()()()()()()()()”は?」

「……は?」


 一瞬、ヴァートスが口にした単語の意味が解らず、キョトンとして目をパチクリさせるギャレマスだったが――、


「……き、ききき〇玉(キャンタマ)ああああっ?」


 脳内で変換された単語と、それまでずっと後頭部に感じていたコロコロした丸いものの感触の正体がイコールで繋がった途端、目を飛び出さんばかりに見開きながら飛び起きたのだった――。

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