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魔王と娘と救助手段

 「うお、おおお、おお~っ?」


 訳の分からぬまま、いきなり尻の下から突き出てきた氷筍によって吹っ飛ばされたギャレマスは、素っ頓狂な悲鳴と共に宙を舞った。

 彼の体は、薄暗い呪祭拝堂(ナーム)の中で小さな放物線を描き、鈍い衝撃音を立てて石床に着地……もとい、激突する。


「べぶじッ!」


 突然の事に、受け身を取る間もなく硬い石床に顔面から突っ込んだギャレマスは、強かに打ちつけた額と鼻を手で押さえながら、その場で悶絶した。

 一方、氷筍造成魔術(ガリガ・リーク)で彼を吹っ飛ばした張本人であるスウィッシュは、グッと拳を握ってガッツポーズをする。


「――よしっ! 計算通り!」

「い、いや、何が『よし!』なのだスウィッシュッ?」


 石床にぶつけた鼻から夥しい鼻血を流すギャレマスは、なぜか歓喜しているスウィッシュに当惑の声を上げた。


「な、なにも良くないぞっ? いきなり、一体なぜこのような事を余に――?」

「……お、父……さ……ま?」

「――っ!」


 スウィッシュに問い質そうとしたギャレマスだったが、その耳に届いた微かな声に気付くや、ハッと息を呑んだ。


「さ――」


 ギャレマスは、慌てて声のした方へ振り返る。

 その大きく見開いた金色の瞳に映ったのは――光の鎖に囚われた、赤髪の少女の姿。


「おとう……さ――」

「――サリアッ!」


 七ヶ月もの間ずっと探し求め続けたサリアと、遂に腕が届く距離まで近付けた事に気付いたギャレマスは、思わず我を忘れて、愛娘の身体を胸にかき抱いた。


「会いたかった……逢いたかったぞ、サリアッ!」

「おとう……さま……」


 感極まって声を震わせる父親に強く抱きしめられたサリアの目から、ポロポロと涙の粒が零れ落ちる。

 だが、その涙は先ほどまで流れていた哀しみの涙ではない。

 最愛の父の温もりを感じて流れた、歓喜の涙である。


「サリアも……サリアも、ずっと逢いたかった……お父様に……みんなに……」

「良かった……再び、お前と逢えて、本当に良かった……! 諦めずに可能性を信じた甲斐があった……!」

「ありがとうございます……サリアの事を諦めないでいて……くれて……」


 鼻をくすぐる父の匂いに懐かしさを覚え、口元を緩ませるサリア。

 ――だが、次の瞬間、


「あ……お、お父様……っ!」


 ある事に気付いた彼女は、慌てて父の抱擁から逃れようと身を捩らせた。

 突然の娘の反抗に、ギャレマスは戸惑いの表情を浮かべる。


「ど……どうしたのだ? い、痛かったか?」

「そ、そうじゃなくって……」

「あ、ひょ、ひょっとして、臭かったか? た……確かに、今までずっと戦い詰めで、随分と汗をかいてしまったから……あ、ひょ、ひょっとして、加齢臭的なアレか……? す、すまぬ……一応、昨日も宿で湯浴みはしたのだが……」

「い、いえ……そうでもなく……も無いけど……って! そ、そうじゃなくって!」


 ギャレマスの答えを前に、困ったように目を逸らしかけたサリアだったが、すぐに慌ててかぶりを振りながら、自分の体に絡みついた光の鎖を指し示した。


「それよりもっと大変な事が……このエッちゃんの鎖が放つ光……魔族の身体には毒なんです!」

「あぁ、そういえば……」

「は……離れて下さい!」


 サリアは、何とかして父の胸から逃れようと、必死で聖鎖が絡んだ身体を捩る。


「このままじゃ……サリアだけじゃなくって、お父様まで……!」

「断る!」


 だが、ギャレマスは、サリアを決して逃すまいと、その身体を聖鎖ごと強く抱きしめた。

 そして、鎖が放つ聖光に体を蝕ばまれながらも、サリアに向けて力強く微笑みかける。


「……大丈夫だ。この“雷王”イラ・ギャレマスの身体が、この程度でやられるものかよ!」

「お……お父様……!」

「安心せよ、サリア」


 目を丸くするサリアに、ギャレマスは優しく頷いた。


「余は死なぬ! そして、娘のお前も決して消させぬ! ――もちろん、お前の中で眠っているツカサの……()()()()()()()の人格もな!」


 そう高らかに言ってのけたギャレマスだったが――、


「……む……ぐぅっ!」


 急に顔を顰め、苦しげな呻き声を上げて蹲ってしまう。

 それを見たサリアの顔が青ざめた。


「や……やっぱり……は、早く離れて下さい、お父様! サリアの事は、もういいですか――」

「い、いや……案ずるな……」


 そう言って、声を上ずらせる娘を片手を挙げて制したギャレマスは……もう片方の手でこわごわ腰を擦る。


「い、今のは、鎖の光ではなく、その……こ、腰が……」

「え……えぇ……?」

「だ、だから大丈夫だ! ……イ、イチチ……」


 そんなに大丈夫そうじゃなさそうな顔で、それでも懸命に平静を装って胸を張ったギャレマスは、おもむろにサリアに巻きついた聖鎖をむんずと掴んだ。


「ま、待っておれよ、サリア。すぐに、この忌々しい鎖を断ち切って自由の身にしてやるからな!」

「た、断ち切るって……」


 自信満々で言い放つギャレマスに、衰弱した顔のサリアがおずおずと尋ねる。


「ど……どうするんですか?」

「ふ……そんなの、決まっておろう!」


 サリアの問いかけに、不敵な笑みを浮かべたギャレマスは――娘を拘束する聖鎖の一本を両手で掴み、思いっ切り左右に引っ張った。


「力づくで千切るのだぁ――っ!」

「「え……えぇ~……っ?」」


 ギャレマスが選んだ脳筋極まる手段に、サリアは……そして、ふたりの会話を聞いていたスウィッシュは上ずった声を上げて驚く。

 ――と、


「は――っはっはっはっ! それが当たりだぜ、クソ魔王ッ!」


 呵々大笑して大きく頷いたのは、シュータだった。


「結局、一番シンプルで確実なのは、単純な筋力だって事だ!」


 そう言いながら、彼は“ステータス確認(スニーク・ア・ピーク)”で魔王の姿を見て、大きく頷く。


「――大丈夫だ! “愛は10(ラブ・イズ・)00パーセント(オーバードライブ)”が発動中のテメエのSTR(物理攻撃力)なら、その聖鎖(くさり)くらい簡単に引き千切れる!」

「う、おおおおおお――ッ!」


 シュータの声に応えるように、ギャレマスは渾身の力を込めて、握った聖鎖を引っ張った。

 彼の腕が、モリモリと音を立てながら倍ほどに太くなり、まるで巨木に絡みつく蔓のように、血管が皮膚に浮き上がる。

 凄まじい力で引っ張られた聖鎖は、悲鳴を上げるように甲高い軋みを上げ――次の瞬間、“ビキィンッ!”という乾いた音を上げて切れ、光の粒と化して消え去った。


「――もう一本ッ!」


 ギャレマスは、聖鎖の一本が消えた事に満足せず、新たな鎖を掴む。

 そして、同じようにして、二本の聖鎖を引き千切った。

 残りの聖鎖は――あと一本!


「ぜえ……ぜえ……」


 さすがに疲労の色を隠せず、肩で息を吐きながらも、彼は最後の一本の聖鎖を掴み、最後の力を振り絞って引っ張る。


「ぐ……ぐぐ……ぐ……ぅ!」


 歯が砕けんばかりに食い縛り、こめかみに太い青筋を浮き立たせながら、鎖を掴んだ腕にありったけの力を込めるギャレマス。

 ……だが、


「ぐ……うぅ……うおぉ……んぐぐぐぐ……っ!」


 いくら力を込めて引っ張っても、最後の一本の鎖がなかなか引き千切れない……。

 そうしている間に、聖鎖が一層眩く輝いた。


「う……うぅ……あぁぁ……」


 その強烈な光を浴びた途端、サリアが一際苦悶の呻き声を上げる。


「――マズいぞ、クソ魔王! 急げ! もうマジで時間が無ぇ!」


 ギャレマスを叱咤するシュータの声にも焦燥の響きが籠っていた。

 言われずとも、ギャレマスにもそれは解っている。聖鎖を握る掌が、聖光を浴びる身体が焼けつくように熱い。魔族にとっては猛毒である聖氣を含んだ光を長時間浴び続けたせいで、意識も朦朧としている……。

 ――だが、それでも、この掌を放す訳にはいかない!

 彼は、自分の腕の中でぐったりとしているサリアを見つめ、カッと眦を決した。


「う、うううううおおおおおおおおおおお――――っ!」


 万雷が落ちるが如き咆哮を上げた彼は、最後の中の最後の力を振り絞って両脚を踏ん張り、聖鎖を引っ張る腕に力を込めた――その拍子に、


 ――“ゴギイイイイイィッ!”


 力を込める事に集中し過ぎたせいで、過剰すぎる負荷がかかった腰からこれまでとは比べ物にならない程の大きな……そして、禍々しい衝撃音が上がった。

 そして――、


「が……がががああああはははがががががが――っ!」


 瞬時に神経と脊椎を通って脳に到達した、未だかつて経験した事の無い凄まじい激痛に、ギャレマは断末魔というには生温い程の絶叫を上げる。

 そして、次の瞬間――彼の意識は、まるで焼き切れたかのようにプツリと途絶えてしまったのだった――。

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