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魔王と人間族と竜巻

「ぐほぉわぁぁぁぁぁぁっ!」


 シュータが、指を組んで頭上に振り上げた両拳を、ギャレマスの無防備な鳩尾(みぞおち)に叩きつけ、強烈な一撃をまともに食らった魔王は、くるくると縦回転しながら、上空遥か彼方から真っ逆さまに墜落していく。


「くっ……!」


 灰色の地面がみるみる近付いてくるのに気付いたギャレマスは、慌てて背中の黒翼を展開した。

 そして、懸命に翼を羽ばたかせて、何とかスピードを緩めて軟着陸しようと足掻くが――、


「――ぶべっ!」


 必死の努力も空しく、魔王は顔面から地面に叩きつけられる。


「痛たたた……」


 ややあって、強かに打ちつけた鼻から垂れる鼻血をローブの袖で拭きながら、ギャレマスはよろよろと起き上がった。

 上手く着地は出来なかったものの、懸命に翼を羽ばたかせたおかげで、大分墜落の衝撃は和らげられたようだ。思ったより、負ったダメージは大きくない。

 ――と、その時、彼の耳は、自分の方へと近付いてくる甲高い風切り音を捉えた。


「むっ!」


 ギャレマスは、咄嗟に纏ったローブを翻し、その裾で接近する何かを打ち落とした。

 カラカラと乾いた音を立てて地面に転がったのは――黒い羽根の付いた数本の矢だった。


「……!」


 それを見たギャレマスは、目を鋭くさせて、矢が飛んできた方向を睨み据える。

 そこには、慌てて二の矢を弓に番えようとしている人間族(ヒューマー)の兵たちが居た。

 ――いや、それだけではない。


「ひ……! ま、魔王が、こっちを見たぞ……!」

「おおお落ち着け! 第二射を放て、早く!」

「ま、魔王といえども生物だ! 俺たちが一斉にかかれば、絶対に討ち取れるはず……多分!」

「取り囲んだぞ! もう逃がさぬ!」

「か、かかれぇい! 魔王を討ち取った者には、望む通りの褒美が出るぞ!」

「手柄を上げて、名を上げる者は誰ぞっ!」


 気付けば、めいめいに武器を携えた兵士たちが、魔王をぐるりと遠巻きに取り囲んでいた。


「……」


 ギャレマスは無言のまま、自分を包囲した人間族(ヒューマー)たちを、その金の瞳で睥睨する。

 そして、大きく息を吐いた。


「……やれやれ。この魔王イラ・ギャレマスも、随分と――」

「第二射……放てぇーっ!」

「ナメられたものだなッ!」


 魔王は、兵たちが番えた矢を自分に向かって一斉に放ったのを見ると、苛立たしげに叫んだ。

 そして、背中の黒翼をひときわ激しく羽ばたかせる。

 すると、翼の一扇ぎによって激しく攪拌された空気が猛烈な突風となって吹き荒れ、飛来する矢を全て打ち落とした。


「な――ッ!」


 豪風によって巻き上げられた土埃から顔を庇いながら、兵士たちは驚愕の叫びを上げる。

 狼狽する兵士たちを冷ややかに見下しながら、ギャレマスは呆れたといった様子で肩を竦めた。


「……まったく。勇者シュータならいざ知らず、貴様ら並みの兵士如きが、この『雷王』イラ・ギャレマスに立ち向かえると思ったのか?」

「ひっ……!」

「――愚か者どもめが。貴様らには、身の程を知らせてやる必要がありそうだな」


 そう、低い声で言ったギャレマスは、両掌を打ち合わせ、得意の雷撃呪術を発動せんとする。


「雷あ――」


 ――が、その声は途中で途切れた。


『いいか! 今後、俺と戦う時に雷出すの禁止な! ハイ決定ッ!』


 彼の脳裏に、先ほど上空でシュータから告げられた言葉が蘇る。


(――シュータ以外と戦う場合なら、雷撃呪術禁止令は解除されるのか? それとも、シュータが居るから、やっぱり有効という事なのか……?)


 先ほどの言葉をどう解釈するか……額に嫌な汗が浮くのを感じながら、ギャレマスは迷った。

 だが……彼が今立っているのは、敵の真っただ中である。いかに魔王といえど、そんなに悠長に考え込む時間は与えられない。


「……ええいっ!」


 ギャレマスは、忌々しげに叫ぶと、打ち合わせた両掌を離し、その代わりに背中に力を込めた。

 彼の背中に生えた黒翼がますます大きく展張する。


「――雷撃呪術でなければ良いのであろう、シュータよ!」


 彼は、上空に留まったまま、自分の事を見下ろしているであろうシュータに向かって叫ぶや、背中の黒翼を思い切り羽ばたかせた。


 ――ゴオオオオオオオオオォォォッッ!


 たちまち、先ほどに倍する凄まじい猛風が、ギャレマスを中心にして巻き上がった。


「ひ、ひぃぃぃっ!」

「た、退避……!」

「逃げ――!」


 まざまざと見せつけられた魔王の圧倒的な力に、兵士たちは青ざめながら、めいめいに驚愕と恐懼に満ちた悲鳴を上げる。

 そんな人間族(ヒューマー)たちの狼狽を鼻で嗤いながら、ギャレマスは大きく両手を広げた。


「安心せよ。矮小な貴様ら如きに本気は出さぬ。加減してやる故、せいぜい死なぬように気張るが良いぞ――人間!」


 魔王はそう叫ぶと、身体の前で両腕を交差させた。

 それと同時に、荒ぶる猛風が、彼の周りで渦を巻き始める。


「食らえ! 颱呪風術(ウ・ルルト・サ・ララ)――ッ!」


 と、ギャレマスは呪術名を唱しながら、両手の指をパチンと弾き鳴らす。すると、大きな竜巻と化した豪風が、甲高い音を上げながら、兵士たちの方へと真っ直ぐに進んでいく。


「ひ、ひ――ッ!」

「に、逃げ――!」


 無慈悲に迫り来る竜巻に恐れをなした兵たちが、情けない声を上げながら、背を向けて逃げ出し始める。

 だが、竜巻のスピードは速く、逃げ遅れた兵士たちのすぐ背後まで迫り、その空気の渦の中に取り込まんと牙を剥く――!


 と、その時――


「――聖光壁(ホーリー・シールド)!」

『風よ風 遍く舞い飛ぶ風の精 いざ凪ぎたまえ 鎮まりたまえ』


 唐突に、ふたつの若い女の声が、荒れ狂う風が起こす轟音を斬り裂くように響き渡った。

 同時に、まさに竜巻に呑み込まれそうになっていた兵士たちの背後に、神々しく輝く光の壁がそそり立ち、豪風を押し止め、更に、どこからか漂うように現れた無数の白い光が荒ぶる竜巻に纏わりついた。

 すると、あれだけ吹き荒んでいた竜巻の勢いが徐々に弱まり、やがて嘘のように収まってしまう。

 ――そして。


「……さあ、役立た……兵士の皆さま。あとはわらわたちに任せて、早々に退いて下さいませ。邪魔……危ないですから」

「まったく……人間族(ヒューマー)の男は、勇猛と無謀の違いも分からないのね。いいから、さっさとどいてちょうだい。足手まといよ」


 そう、兵士たちに声をかけながら、ふたつの人影がゆっくりと魔王の方に向かって歩いてくる。


「……キサマらか」


 その姿を見止めたギャレマスが、苦々しげに呟いて舌を打つ。

 そして、金色の瞳を爛々と輝かせながら、ふたつの影を睨み据え、静かにその名を呼んだ。


「“伝説の四勇士”――エラルティスとファミィ……!」

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