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魔王と懇願と返答

 「あぁん? 台本を変える……だと?」


 ギャレマスの申し出を聞いたシュータは、怪訝な表情を浮かべながら首を捻った。

 そんな彼に向かって、コクコクと首を振りながら、ギャレマスは言葉を継ぐ。


「そ……そうなのだ。頼む……」

「何でだよッ? てめ、俺の考えた渾身のシナリオが気に入らねえって言うのか、アァンッ?」

「あ、いや……そうでは……なくもな……くもない!」


 思わず首を縦に振りかけたギャレマスは、すんでのところで我に返り、慌てて横振りにスイッチする。


「べ、別に、あのシナリオにケチをつけるつもりは無……い。だが……今回だけは、もう少し……その……」

「――“もう少し”って、何だよ! 魔王なら魔王らしく、ハッキリとものを言いやがれっ!」

「あ、ハイッ! その……スマン」


 シュータの一喝に、ギャレマスは慌てて背筋を伸ばし、そして、おずおずと言葉を続けた。


「……あの台本では、余がお前たちに一方的にやられて、『覚えておれ~!』と捨て台詞を残して逃走する流れだったであろう? ――そこを、変えてくれぬかと……」

「――具体的には、どうしてほしいってんだよ?」


 てっきり、問答無用で却下されるものと思い込んでいたギャレマスは、意外にも、こちらの要求を聞こうとする素振りを見せたシュータの反応に驚く。


(もしや、これはイケるか?)


 手応えを感じたギャレマスは、逸る心を落ち着けながら、シュータに向けて言った。


「その……。お前に勝たせてくれとまでは言わぬが、善戦の末に両者譲らず痛み分けという感じの結末にして、余にも見せ場を作ってほしい的な……」

「……」

「で……出来れば、余の攻撃を受けて、お前が苦戦したり、ピンチに陥るような場面も作ってほしいなぁと――」

「何で?」

「……はい?」


 自分の言葉を遮って発せられたシュータの問いかけの中に、純粋な疑問の響きが込められているのを感じ、ギャレマスは思わず訊き返す。

 そんな彼に対し、シュータは不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら言った。


「――いつも、俺の指示通りに動いてるじゃん。何で今日に限って、そんな注文を付けてくるんだよ?」

「それは――」


 ――『自分の娘(サリア)が、自分の戦いっぷりを見ているから』と答えようとしたギャレマスだったが、その言葉を口に出す寸前のところで、慌てて口を塞いだ。


(だ……ダメだ。この男が、余の娘が観戦している事を知ったりしたら、絶対にいつもの三倍増しくらいに痛めつけてくるに違いない……)


 これまでの数度の戦い(茶番)を経て、ギャレマスはシュータの性格を把握しつつあった。

 この男は、間違いなくギャレマスが一番嫌がる事を進んでやろうとするに違いない。

 絶対に、シュータにはこちらの事情――いや、サリアが近くに居る事自体を知られてはならない。ギャレマスは、そう瞬時に判断した。

 ――ならば、と、ギャレマスは目を泳がせながら、シュータに告げても差し支えの無さそうな、尤もらしい理由を探す。


「ええと……み、見ておるからだ。その……丘の麓で、余の部下たちが――」

「……部下ぁ?」


 ギャレマスのひり出した理由を聞いたシュータは、口の端を歪めながら、地上へと目を落とし、丘の周囲に展開している魔王軍の陣を見た。


(よ……よし、何とか、怪しまれずに信じさせられたようだ)


 眼下の光景を見下ろすシュータの横顔を凝視しながら、ギャレマスは秘かに胸を撫で下ろす。

 と、シュータは鼻で嗤った。


「ハンッ! 見たまえ、魔族がゴミのようだぜ!」

「……は?」

「……チッ! 分かんねえか、このネタ」


 キョトンとした表情を浮かべるギャレマスに向けて、憎々し気に舌打ちしながら、シュータは吐き捨てるように言った。

 そして、顎に指を当てて、考え込むそぶりを見せる。


「なるほどねぇ……。可愛い部下たちに呆れられないように、いいカッコを見せておきたい――ってか」

「う……ウム! そ、そうなのだ!」


 シュータの呟きに、得たりとばかりに大きく頷くギャレマス。


(む! この反応は……もしかすると、もしかするかもしれぬ!)


 さしもの性悪勇者シュータといえども、魔王としての自分の立場を慮るくらいの分別と情を持ち合わせていたらしい……。

 ――と、一瞬希望を抱いたギャレマスだったが、


「――だが、断る!」

「な、ナニッ!」


 その期待は、すぐに打ち砕かれる。

 一方のシュータは、してやったりとばかりにいやらしい笑いを浮かべながら、驚愕する魔王に向けて言った。


「このシュータ・ナカムラの最も好きな事のひとつは、心の底から頼み込んでくる奴に『NO』と断ってやる事だ! ……って、このネタも知らねえか。まぁいいけどさ」

「……き」


 何が可笑しいのか、ニヤニヤと薄笑んでいるシュータの顔を凝視しながら、ギャレマスは握った拳をブルブルと震わせる。

 そして、その金色の瞳をギラギラと光らせ、鋭い牙を剥き出しながら叫んだ。


「キサマァッ! 余がここまで頼み込んでおるのに、そんなにあっさり全却下するとは、どこまで根性が腐っておるのだ! この……傲慢極まる痴れ者めがッ!」

「傲慢……?」


 魔王の罵声を耳にしたシュータの眉が、ピクリと跳ねた。

 そして、更に口の端を吊り上げ、獰猛な笑みを見せながら、静かな声で言う。


「――違うな」

「――ッ!」


 ギャレマスは、驚愕で目を見開いた。

 向かって立っていたシュータの姿が、忽然と消えたからだ。

 と――次の刹那、


「グフゥッ!」


 突如、凄まじい衝撃が、ギャレマスの脳を激しく揺らした。

 ――目にも止まらぬ速さで接近したシュータが放ったアッパーカットが、彼の顎を撥ね上げたからだ。

 その衝撃で、空中でエビ反りになったギャレマスの耳に、シュータの嘲笑交じりの囁きが届く。


「……これは、“矜持”というモンだ!」

「ガ――ッ!」


 その声と同時にシュータが放った一撃が、ギャレマスの無防備な胸板を強かに打ち据えた――!

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