昔語り 2
その頃、各地に派遣されている巫女たちは異変を感じていた。
魔の物たちの異常な行動。
普段、ゆったりと時を過ごしている精霊たちの落ち着きのなさに加え、雲の流れが一斉に同じ方向へと変わった。
それは、風がその中心に向かって集まっていることを示している。
「・・・時が来たのやも知れぬ。」
とある国に派遣されている巫女がそう呟いたと同時に、隠れた里からの連絡が入った。
「「先読みの巫女様が、例の計画を実行するようにとのことです。」」
その連絡は、全ての巫女に伝えられた。
「承知した。そなたは国王に、先読みの巫女様の指示通り民を非難させるよう伝えなさい。」
そして、巫女たちは一斉に風が集まる方角へと移動し始めた。
(思っていたよりも、状況は悪そうね・・・。)
それぞれの持ち場に到着した巫女は、そう感じていた。
空には渦巻く雲。
流れは速く、風も不気味に強くなってきている。
その中心では、最狂最悪な魔の物と、精霊の長たちと巫女の戦いが繰り広げられている。
巫女たちは、影響を受けない場所で、戦いの中心を囲むように配置に付き、一斉に呪文を唱え始めた。
一方、巫女と精霊の長たちの戦いは、山場に差し掛かっていた。
精霊の長たちは、それぞれの属性、または相性の良い複合属性の能力で、魔の物たちを散らしていった。
もともと、気配を消すために少数での急襲だったのか、何らかの気配を感じたから集まってきただけだったからなのか、雑多な魔の物たちは見る間に散らされていく。
巫女と精霊の長たちは、存分にその能力を発揮し、あっという間に残るはあの狂大な魔の物と、その腹心と見える6体の魔の物だけとなった。
「相手にならぬ雑多な物たちだったが、こやつらは簡単にはいかぬようだな。」
「残りの数は・・・、我らと同じか。」
「ならば、一対一での勝負といきましょう。」
「あちらもそのつもりであろう。」
「我等はあの小さなものを相手し、先に倒してしまおう。だが・・・。」
「恐らく、あれは今世で最悪の魔の物であろうな。」
そう言って、皆後ろにいる狂大な魔の物をみやった。
「そうね。でも、大丈夫よ。私はまだ全力を出してはいないから。」
巫女はそう言って、軽やかにほほ笑んだ。
「さぁ、残ったものを散らそうか。」
そんな中、光の精霊の長だけは、異変に気付いていた。
外界にいる巫女たちが放つ呪文が、途切れ途切れに聞こえてくるのだ。
だが、他の精霊の長たちは、誰も聞こえないと言っている。
(私の思い過ごし・・・?)
再び耳を澄ませてみると、やはり微かだか聞こえる。
(この呪文、伝え聞いたものによく似ている。)
光の精霊の長は、先代の長より「この呪文は、巫女たちが使う中でももっとも呪力が強いものだ」と聞いたことがあった。
そして、この呪文を使う時は、周りへの影響も多大なものとなることも教えられていた。
(もしかしたら、今、私たちは最悪の状況にいるのではないかしら・・・? だとしたら、今まで簡単にいったと思えたのは、ただの伏線?)
一瞬、光の精霊の長は、相手の呪力から背筋が凍るような悍ましさを感じた。
気になりながらも精霊の長たちは最終決戦へと突入していった。
戦況は一進一退だった。
残った6体の魔の物は、さすがに一筋縄ではいかなかった。
精霊の長の能力をもって深手を負わせても、すぐに回復されるのが一番厄介だった。
「やはり後ろにいる、あの狂大な魔の物が厄介ね。」
狂大な魔の物は、自らの眷属が負傷すれば、すぐに回復を行っている。
しかも、自らは巫女との戦いの真っ最中だというのに、この余裕は異常だった。
巫女は、全属性を複合させた力で応戦しているものの、それでも瞬時に回復され、また他の魔の物の戦況を察知出来るほど、相手は余裕のある戦い方をしている。
(本当に厄介だわ・・・。)
巫女は、このままではジリ貧になると感じていた。
相手は余裕を見せるほどで、全力を出し切ってはいないことは判っている。
(私も、出し惜しみしている場合じゃないわね・・・。)
戦いの最中ではあるが、巫女はひとまず攻撃を止め、その場で能力を開放し始めた。
巫女を取り巻く「気」が、一気に上がっていくのがわかる。
急激な「気」の変化に、精霊の長たちも、彼らと戦っている魔の物も、そして最悪最狂の魔の物も、その動向を注視した。
「解放!」
巫女を中心に、神聖な光が溢れた。
その神々しく美しい光景に精霊の長たちは戦いを忘れて魅入り、また、魔の物たちはその身を竦めた。
(やはり、魔の物にはこの「光」は有効ね・・・。)
目の前の敵、狂大な魔の物に視線をやると、今まで余裕を感じさせていたその顔が、焦りの色を滲ませている。
巫女は、ここで一気に畳みかけようと、切り札を出すことにした。
すっと右腕を上げ、その手の平に力を集約する。
「我が精霊、ここへ!」
眩い光の中に人影が現れ、光が収束していくと共に、その姿があらわとなった。
男性とも女性ともとれる美しい容姿。
穏やかな微笑みを浮かべ、巫女の横に並んだ。
「久しいの、巫女よ。相まみえるのは、契約の時以来か。」
「お久しゅうございます、精霊王様。」
巫女は精霊王に丁寧にお辞儀をした。
精霊王は、それを我が子を見るような、優しい眼差しで見つめている。
が、すぐに狂悪な魔の物へと視線を移した。
「ははっ、これはこれは、醜悪な。」
「申し訳ありません、精霊王様。少々手強い相手ですので、お力をお貸しいただければと・・・。」
「あい分かった。これは放ってはおけぬ故。」
精霊王が現れ、先ほどまで余裕を見せていた狂悪な魔の物に、焦りの色が見えた気がした。
眷属の6体の魔の物への回復も遅れ始め、次第に抵抗が弱くなってきた。
6体の魔の物たちは次第に後ずさりし、狂悪な魔の物の周りに集まってきた。
だが、肝心の凶悪な魔の物は、焦りの色は見てとれるものの、決定的なダメージを与えられてはいなかった。
「そろそろ、決着をつけたいところだな。」
闇の精霊の長が言った。
戦況は優勢に転じていると考えられる。
今ここで、これらの魔の物を散らしておかなければ、後々の災厄の元凶となる筈である。
精霊の長たちは互いに目配せをし、お互いの意思を確認しあった。
だが、光の精霊の長だけは、どこか上の空だった。
(やはり、先ほどより鮮明に聞こえる気がする。)
光の精霊の長にだけ聞こえていた呪文は、戦況が落ち着きつつある今、集中するとよりハッキリと聞こえるようになっていた。
しかも、その声の輪がだんだんと狭まってきているように感じる。
「あなたは、心ここにあらずね。今は目の前の魔の物を散らすことに集中しなければならないのよ。」
火の精霊の長が、落ち着かない光の精霊の長に声を掛けた。
「ここが正念場です。しっかり魔の物と向き合わないと。」
巫女は魔の物から目を逸らさぬまま、敵を散らすべく皆の歩調を合わせようとする。
「ですが、確かに聞こえるのです。伝え聞いた、最も呪力が強いと言われる呪文の言の端が。」
そう訴えかけるが、他の精霊の長には、やはり何も聞こえないようであった。
「ここは慎重に行動した方が良いのではないかと思われます。」
光の精霊の長は何度も訴えかけるが、他の精霊の長たちには全く取り合ってもらえず、巫女に至っては、「まだ全力を出し切っていない。」と豪語し、早急に魔の物を散らすために更に集中していく。
精霊王も巫女と共に、「敵を散らしてしまえば、問題あるまい。」と、聞く耳を持ってはくれなかった。
(あれだけ狂大な魔の物なのに、これだけの力しか無いなんて・・・。まさか、あの魔の物、何かを隠し、出し惜しみをしている・・・?)
光の精霊の長は、魔の物を見上げた。
遠くに居るから分かりづらいが、巫女が精霊の長たちを自分の周りに集め始めた時、うっすらと笑みを浮かべたように見えた。
途端、光の精霊の長は背筋が凍る感覚を覚えた。
最狂の魔の物が、この状況で笑みを浮かべる。それだけで「畏怖」を覚えたのだ。
「巫女よ、やはり事を急ぎすぎるのは危険です。あの魔の物は、次なる一手を打つ機会を伺っているようにも見えます。」
「光の精霊の長よ、なにをそんなに怯えているの?」
光の精霊の長は、自分でも気付かないくらい、緊張と恐れで額に汗が滲んでいる。
その汗が滴り、地面に吸い込まれているのに、拭う余裕すらないほどの緊張感を持っていた。
よく見てみると、他の精霊の長たちからも汗が滴り落ちており、本来ならその跡が大地に残るのだが、何事も無かったように地面に吸い込まれてく。
そのことに誰も気付いていなかった。
狂大な魔の物は巫女と精霊王が抑え、側近とみられる6体の魔の物は、徐々に狂大な魔の物の近くへ精霊の長たちが追い詰めているようにみえる。
戦況は、巫女たちが優位に戦いを進めているように伺えた。
だが、魔の物を散らせるための決定打がなかなか無く、戦いは長期戦になるかと思われた。
(そろそろ決着を着ける頃合いね・・・。)
疲れが見え始めた巫女は、この戦いに終止符をうつべく、最後で最強の切り札を仕掛けることにした。
「皆に疲れの色も出始めています。そろそろ決着をつける時かと。」
前方で盾となって戦ってくれている精霊王に、巫女は声を掛けた。
「ふむ、そうだの。」
巫女は深く頷いた。
「あれを散らすには、それしか方法はあるまい。」
精霊王は巫女の元に歩み寄り、差し出したその手をとろうとした。
「お待ちください!!」
だが、ここでも光の精霊の長は二人の間に割って入った。
「お前か。我に指図するとは、偉くなったものだ。」
光の精霊の長は精霊王を前にして、本当は声を発することもはばかられるほどだった。
だが、とてつもない危険を察知したのだ。
「このままお二人が能力を開放することは、大変危険・・・。」
「あの程度の魔の物に屈するような心持ちであれば、そこで黙って見ていよ!」
精霊王は、静かに、だが力強く光の精霊の長を一喝した。
人の身には何気ないことなのかもしれないが、光の精霊の長からすれば、自分たちの王であるものが怒りを含みながら自分に向けて投げつけた言動にただただ委縮してしまい、膝から崩れ落ちそうになった。
しかし、光の精霊の長はそれに耐えつつ、黙ってはいなかった。
「いいえ、引きません!私には、その『慢心』こそが恐ろしく感じます。」
光の精霊の長は、緊張で声を震わせながらも、言葉を続けた。いつもの穏やかな佇まいとは違い、精霊王を前に頭を垂れたままの光の精霊の長には焦りが見えていた。
「確かに、精霊王様と今世最強の巫女が揃えば、散らせぬ魔の物など無いのかもしれません。ですが、我々はこの様な戦いをしたことがないのです。巫女と共に里に隠れ、世界の不穏を知りながらも、見て見ぬふりをしてきた我らと、かたや常に戦いを好み、争いにその身を浸してきた魔の物どもは、明らかに我等よりも戦い慣れています。今までだって、多くの人や巫女も犠牲になっているのです。このまますんなりと散らせる訳がありません。それに・・・。」
光の精霊の長は、少し言葉を濁した。
ここから先を言っていいものか、躊躇しているように伺える。
精霊王は、自分より下位である精霊の長にたしなめられ、苛立っていた。
「それに・・・、何だと言うのだ? 我らにあの魔の物を散らせぬとでも言いたいのか。」
光の精霊の長は、躊躇いがちに声を震わせながらも言葉を続けた。
「先ほどから私にだけ聞こえてくる呪文は、我が一族に伝わる最も強力なもの。これを使う時は、周りへの影響も多大なものとなることも教えられています。」
精霊王は、目を吊り上がらせながら、無言で話を聞いている。
「私には精霊王様と契約した巫女だけが使える能力が発動するのを、あの狂悪な魔の物は待ち構えているように感じるのです。」
光の精霊の長は頭を上げ、精霊王の目を直視しながら訴えた。
精霊王の表情はただただ怒りをあらわにし、光の精霊の長の話に耳を傾けることすらしなかった。
「お前は、光の精霊の長であろう? 長たる者、臆してどうする。」
「臆している訳ではありません。ここは慎重になるべきところでは?と申し上げているのです。」
「この戦いが長引けば、悪影響を及ぼすことは承知であろう? ならば早々に決着を着け、平常を取り戻すことが先決ではないのか?」
「お気付きではないのですか? 今の精霊王様は、ご自身を制御出来ていません。」
「な・・・んだと?!」
「そのように、感情が表に現れるほどの怒りを隠そうともされておりません。ご自身を制御し、見極めることがこの局面では最重要となるのです。制御し、冷静に判断してこそ長たる者・・・。」
「もうよい!!」
精霊王は、光の精霊の長の言葉を遮るように、その場を制した。その後方では、これから決着を着けようと意気込み、魔の物を散らす自信に満ちていた巫女も光の精霊の長に邪魔をされたことにより、表情が険しくなっているのが見て取れた。
「我らは感情のコントロール出来ぬ赤子ではない! そこまで臆するというのなら、お前はこの場に必要ない。遠くでこの戦いの成り行きを見ていよ!」
「お待ち下さ・・・。」
光の精霊の長の言葉を聞き届けぬまま、精霊王は右腕を払った。途端に光の精霊の長は、猛烈な風と共に吹き飛ばされてしまった。
二人のやり取りを見ていた他の精霊の長たちも戦いを遮った光の精霊の長に対し、怒りを覚えているようだった。
「巫女よ、これでこの決戦の邪魔をするものはいなくなった。さぁ、心置きなく皆であやつらを散らそうぞ。」
精霊王の差し出した手に、巫女は微笑みながら近づいて行った。
他の精霊の長たちも、この戦いの終局に向け、意気揚々と能力を解放していく。
その様子を見て、魔の物はうっすらと凶悪な笑みを浮かべていた。
その事に気付いた者は、その場に誰一人居なかった。。
※次回、残酷なシーンが含まれます(長くなるので、次回となりました)
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