昔語り 1
「魔の物」と化した人は、更にありとあらゆる生物に「邪」の種を植え付けていった。
「義」が通らない世界、己の欲望のみで生きる世界を目指し、それらは「人間」だけにとどまらず、動植物にまで至った。
やがて、増大した「魔の物」の中に、更なる「邪」に毒された生物が現れた。
それらは、更なる強大な力を欲し、己らの手で最強なる「邪」生み出そうと研究を重ねた。
「何? これ。。。」
そして、あらゆる研究を重ねた結果、一つの答えが導き出された。
「ちょっと、待ってよ。。。」
それは。。。
「嘘でしょ。。。?」
“清浄無垢な乙女を喰らうこと“
欄間には、その残虐なシーンが描かれていた。
清浄無垢な乙女は、心身ともに清らかで汚れを持たない。
ある時、「魔の物」がその乙女を喰らうことで、乙女の中に強い「邪」が生まれるということが判明した。
そこから「魔の物」達は乙女をさらい、喰らうことを最優先とした。
中でも、特殊な「能力」を持つ「巫女」は恰好の標的となった。
とりわけ、強い能力を持つ「巫女」は、吸収するとそれだけ高い能力を持つ「魔の物」へと生まれ変わることが出来るのだ。
その事を知った「巫女」達は、魔の物を強大化させないため、またその被害から逃れるため、姿を隠した。
その場所は、他の人間も知らず、誰もが簡単に訪れることが出来ない場所であったという。
清浄無垢な巫女が世間に姿を見せなくなったことで各国に混乱が起きるかと思われたが、適齢期を過ぎ、婚姻し、子を成した巫女が各国に1名派遣され、王宮にて大切に匿われていたので、「魔の物」も容易く手を出すことも出来ず、比較的落ち着いた状況が続いていた。
しかし、「魔の物」の邪念は揺ぎ無く、力の強い者同士が交わることで、今以上に強い個体を生み出そうとし、また「巫女」でなくとも無垢な乙女を喰らい、少しずつその力を蓄えようとしていた。
そうして、清浄無垢な乙女が姿を隠し、「魔の物」の動きが低迷し始めたころ、隠された里の乙女の中で、最も高い能力を持つ巫女が世界に興味を持ち始めた。
世界の歴史や社会を勉強していくうちに、次代の巫女たちが生活している閉ざされた世界だけでなく、もっと広い世界を見てみたい欲望を持ってしまったのだ。
「自分は他の誰よりも、持っている能力が優れている。強いから、絶対に大丈夫。」
そんな自信もあったからなのだろう。
(今は「魔の物」の姿も少なく、落ち着いているみたいだから、少しくらい様子を見に行ってもいいよね?)
好奇心旺盛なその巫女は誰にも気付かれないよう、閉ざされた世界から外の世界へと向かった。
隠された里には、「魔の物」にその場所を察知されないよう結界が張られている。
結界内であれば自由に行動しても「魔の物」に気付かれる心配も無いのだが、その外に一歩でも出てしまうと、たちまち襲われてしまうと教えられていた。
実際、過去には指先、足先をほんの少し出しただけで、能力を持つ巫女たちはその気配を察知されてしまっていたと教訓として残っている。
だから、外の世界に出ないよう散々教え込まれ、皆その約束を守ってきた。
その巫女もそう教えられていたので、慎重に、恐る恐る結界の外へと手を出してみてのだが、全く「魔の物」の気配は感じられなかった。
(やっぱりただの言い伝えなんだ。。。)
「怯えた心で生活していたのだから、少しの事でも怖くなってしまうものね。」
結界から少し離れてみても、やはり「魔の物」の気配は感じられない。
巫女は気が大きくなり、どんどんと隠された里から離れていってしまった。
浮かれ気分でいた巫女は、息を潜めて様子を伺っている気配に、全く気が付かなかった。
隠された里から続く森の中を少し歩くと、生い茂った木々が途切れ、開けた場所に出た。
「・・・これが。・・『海』というものなのね。。。」
広がる砂浜。
寄せては返す波。
そして、何処までも広がる地平線に繋がる、抜けるように綺麗な空の青さ。
「きれい。。。」
乙女のその美しく、純粋な心でも洗われるような感じがして、その場に留まり、その雄大さを感じていた。
やがて、魅かれるように波打ち際まで足を進め、そのままその足を海水に浸してみる。
周りには何処かから運ばれてきたと思われる貝殻や、海藻が見られ、それらにそっと触れてみる。
その手元を、波が優しく洗い、戻っていった。
そして、波に洗われた手の香りを確認し、少し舐めてみる。
「・・・しょっぱい・・。」
巫女は子供っぽく、微笑んだ。
「生きている」 って感じがした。
そして、これが「喜び」なんだと思えた。
「世界って、こんなにも素敵なものが溢れ、満ちているのね。」
嬉しかった。
ただただ嬉しくて、自然と涙が溢れてきた。
今まで見たことがない、美しい世界を見たからかもしれない。
今まで感じたことのない、新しい世界を感じることが出来たからかもしれない。
乙女の清浄な心が、今まで感じたことのない喜びに溢れていた。
海面を優雅に漂っていた水鳥たちが、慌ただしく飛び立った。
水しぶきを上げながら飛び立つ水鳥の姿に魅入り、その姿をどこまでも目で追った。
「さぁ、そろそろ戻らないと、抜けだしたことがバレて怒られちゃうわね。」
この景色をずっと見ていたかったが、結界の外は魔の物が現れる危険性が高い。
自分は今世の巫女の中でも、その能力は一番高いと自負しているが、それでも長時間外界に居ることは叶わないことも知っている。
「必ずまたくるわ。」
美しい世界を見、体感し、清浄無垢な心が更に清められたように感じられる。
この感覚を忘れたくはなかった。
何度でも感じたと思えた。
そうして後ろ髪をひかれながらも、ゆっくりと踵を返した。
(((ドクン!!)))
そろそろ帰ろうと振り返る途中、異様な「邪気」を感じた。
それは、今まで感じたことがないほど、強大な「邪」だった。
気配を感じるだけで、体中が震え始める。
巫女は「邪気」が感じられる方角へ、その視線を恐る恐る、ゆっくりと向けた。
「「ひっ!!」」
思わず声が出てしまうほど、狂悪な風貌の「魔の物」が居た。
巫女がその姿に怯み、一瞬の隙を見せたのだが、それでも微動だにせず、その邪悪で狂悪な視線は巫女に向けたまま、不気味に「ニヤリ」と笑っている。
闇よりも不気味で真っ黒な瘴気を纏った巨大な体は、ゆっくりと立ち上がった。
巫女は今の今まで、その「魔の物」の気配を察知出来なかった。
美しい風景に心を奪われていたからかもしれない。
結界の外に出た時に、「魔の物」の気配を感じられなかったという油断もあった。
だが、その「魔の物」にしてみれば、巫女に悟られぬようその気配を消していただけに過ぎなかった。
周りに他の「魔の物」の姿が見られなかったのは、目の前の「魔の物」が今世最狂で最邪であるがゆえに他の「魔の物」たちは息を潜め、その動向を注視しているに過ぎなかったためだ。
静かに、ゆっくりと立ち上がったその姿は、更に闇よりも深い黒い翼を広げ、より狂大な姿となった。
巫女はその姿に畏れ、ただ見ているしか出来なかった。
体が震え、呼吸も出来ないほどだった。
恐怖に支配され、足がすくんでしまっていた。
巫女が微動だに出来ずにいる間にも、その狂悪な身体から延びる手が、乙女を捉えようと蠢いている。
だが、その動き出した手を留めるように、眩い光がその場に現れた。
よく見ると、その光の中に精霊が居る。
「畏れるでない。」
「・・・、光の精霊の長・・・。」
そう語り掛け、正気を戻させようとしたのは、光の精霊の長であった。
「魔の物」は、光の精霊を見ると、少し怯んだように見えた。
「見よ。我の姿を見ただけで、相手は怯んでいる。元来、魔の物は光の精霊である我らに弱い。」
「その通りだ。」
その横で、闇の精霊の長が頷いている。
そして、周りには「風」、「土」、「水」、「火」、それぞれの精霊の長達も続いて現れた。
巫女にとって、外の世界を体験するのは、この日が初めてであった。
よって、「魔の物」についても伝え語りで聞いたくらいで、実物を見たことなどなかった。
これほど巨大で狂悪な存在など、伝え語りでも聞いた事がなかったので、驚きのあまり体が固まってしまっていたのだ。
「皆、すまない。とっさの事で驚いてしまったようね。」
精霊の長の言葉に、乙女は落ち着きを取り戻した。
「我らはそなたの味方ゆえ。」
「いかにも。臆することなどない。」
「この程度の魔の物など、我らの敵ではありませぬ。」
精霊の長の周りには、それぞれの属性の精霊たちが集まってきている。
「雑多な魔の物たちの侵攻は、同じ属性の我らに任せるがよい。」
闇の精霊の長が、そう言って雑多な魔の物を散らし始めた。
「そうね、こんな魔の物を野放しにしておく訳にいかないもの。」
巫女の周りに精霊たちが集まり、乙女はそれらの能力を増幅させ、周りに被害が及ばぬよう、強大な結界を張った。
「今日、私がこの場に来たことは、この世界の導きによるものだったのかもしれないわね。この魔の物たちを倒せという・・・。」
巫女は深呼吸をし、精霊の長たちと視線を合わせ、互いの意思を確認した。
引くことの出来ない戦いが始まろうとしていた。
「私は、今世最強の巫女! ここでお前たちを散らし、この世を光溢れる世界へと導いてみせる。」
後に世界の根幹を揺るがすこととなる、戦いの火蓋が切って落とされた




