↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/118

人間の感覚では、それを「気高い」と言う。

「我々姉妹の関係性は、人間にとってはかなり歪に映るだろう」

 エウリュアレは囁くように言った。屋敷には轟音が鳴り響いているのに、その声はちゃんと耳に届いた。


「先ほど珍しく姉妹喧嘩をしてね。私は少(・)々(・)癇(・)癪(・)を(・)起(・)こ(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)。そのせいで、三女の怒りを買ってしまったようだ」


 エントランスに躍り出たのは、怒りの目を見開き、欲望の唾液を滴らせ、憎悪の牙を剥いた蟒蛇(うわばみ)だった。


 シャントルイユ姉妹が悲鳴をあげる。


「メデューサ・ゴーゴンの使役する蛇か?!」

 テオは瓦礫の雨が届かないところまで離れる。


「いいや、メデューサ本体だ」

 レオンはくたびれたローブのポケットを漁りながら言う。中からは古い指輪をひとつ取り出した。「魔力の中心があの大蛇だ。しかしこれまで彼女が発していた魔力とはまた様子が違う。あれは……」


 そのとき、大蛇はぶるんと大きく身震いし、狙いをつけるように目を細める。そしてエウリュアレを視界に確認すると、太い胴体をうねらせて突進した。


 大きく口を開けて、メデューサはエウリュアレに襲いかかる。


 大蛇はエウリュアレの身体の半分を食いちぎった。その勢いのままそれはステンドグラスに衝突し、地獄のようなを音を立てる。ガラスがそこら中に飛び散り、その惨状とは非対称に、美しく光輝く。


「姉妹喧嘩ってレベルじゃねえな。どうなってんだ?」

 ゾウの戦士シュラムがその大きな耳の裏を掻く。


「人間と共に過ごした時間の長さの違い、ですね」スズが興味深そうに言う。「エウリュアレの先ほどの話は、その中身もその語り口調も、はなはだ魔族らしくありませんでした。同世界転生を行ったことでフォルトゥナがもしかしたら腹を立てていたのではないかなどと、魔族が想像を巡らせること自体が驚愕です」


 エウリュアレの身体の失われた箇所からは大量の蜘蛛が吹き出している。


「不死身の魔女よ。気に食わないかもしれないが、きみは魔族に似ている。人間の死生観がそのまま当てはまらないという意味で」


「大変面白い意見ですが、同意はしかねますね。エウリュアレ」


 エウリュアレは口元で笑う。「これでも感謝しているんだ、スズ・ラングハイム。きみはね、私はなにを望み、そのためにどうすべきか、それを考えるきっかけになってくれたんだよ。でも皮肉なことに、それが見つかったときにはもう、私は魔族として中途半端な存在になっていた」


 大蛇はガラスの破片を振り払い、鎌首をもたげ、再度エウリュアレに狙いを定めた。


「その望みは、叶っていたのでは?」とスズは言う。


「自分本位に考えればね。でもなにもできなかったよ。蜘蛛のように細い糸で巣をこしらえ、獲物がかかるのを待っているうちに、生を終えてしまったような気分だ。せめて、一矢報いたかったが」


 エウリュアレは蜘蛛の群れをまとめ上げ、一体の大きな蜘蛛を生み出した。鋭い牙をかち鳴らし、大蛇に向かって威嚇する。しかし大蛇に対しては大きさが足りず、牽制としてはそう長く持ちそうになかった。


「きみは普通の人間になりたいと望んでいると聞いた。老いて死ぬことができる、普通の人間に」エウリュアレは言う。「私の見立てでは、それは叶う。この屋敷の地下には祭壇がある。『不死身殺し』と大召喚術師がいる。必要なものは揃っているよ。きみはたどり着いたんだ」


 スズは目を丸くした。


 エウリュアレ・ゴーゴン。

 彼女の望みは、とうに叶っている。

 その結末は決して幸福なものではない。だがそれでも彼女は、そういう選択をした。


 人間の感覚では、それを「気高い」と言う。


 スズは唐突に、それを無性に彼女に伝えたくなって、エウリュアレに微笑み返した。


「そういう死に方はあまり魔族らしくないですよ。まるで人間みたいです」


 大蛇はすでに蜘蛛食い散らかし、エウリュアレを射程距離に収めた。


 少し驚いたような顔をしてから、彼女は笑った。

「ありがとう」


 大蛇はエウリュアレを噛み砕き、咀嚼し、そして飲み込んだ。

 少しの叫び声も上げず、逃げるわけでもなく、彼女はそれを受け入れた。


「ラングハイム中尉。彼女は死に方に悩んでいたという点では、きみに似ていた」


 テオは魔導銃に魔力を込める。


「死に方に悩むということは、生き方に悩むということ。それを言ってしまえば、みんな似ていますよ」スズは軽く首を鳴らし、指輪のいくつかに触れて構えなおす。「クライマックスです。あの蛇野郎をなんとかしますよ。マルタ、ジル。あの蛇がこのまま暴れれば屋敷が持ちません。退路の確保を。ザイフリート少佐、シュラム。足止めしてください」


「しかしどうしてオレがここにいるのかわかんなくなってきたな」

 シュラムがぼやきつつも、二本のファルシオンを大蛇に向かって掲げた。


「ラングハイム。返戻術の準備を進めているが、懸念が二つある」

 レオンが蒼白な顔で言う。


「ひとつは、大魔族を相手に返戻術を実行するのは私も初めてだ。全力を尽くすが、正直成功率は二、三十パーセントと言ったところだろう。そしてもう一つの懸念……こっちのほうがより深刻なのだが」


「使役権か……」テオが続きを受けた。


「ああ。メデューサがエウリュアレを殺した今、魔族の使役権はメデューサに移っている。もし仮に、エウリュアレがこれまでメデューサの暴走を止めるブレーキのような役割を果たしていたとしたら」


 ――魔族たちの侵攻は早まり、首都は落ちる。


「あの蛇が魔族たちをまとめて操るってことですか?!」

 マルタがジルとともに、退路となる正門を開け放つ。


「指示を出せるようなナリには見えないがな。今はメデューサから提案された『ゲーム』とやらで、一時的に魔族の動きが止まっていたはずだ。もし今から魔族が再度侵攻を始めるとなれば、明け方には首都に到達する」


 テオの見積もりにスズも頷く。

「アーベントロート大佐が多少時間を稼いでくれるかもしれませんが、夜明けがリミットですね」


 すると突然、大蛇が屋敷の天井に向かって咆哮した。


「おいやべえぞ! 今のがそうじゃねえのか? 『お前らやっちまえ!』ってオレには聞こえた!」

「適当言わないでくださいシュラム。さて、下ごしらえしていきますよ」


 スズは自分の右手の甲こうを噛み切り、エントランスの床に塗りつけるようにして手を置く。その周りが一瞬だけ光り輝き、すぐ消える。


「下ごしらえって、あ(・)の(・)物(・)騒(・)な(・)魚(・)か――さて、銃の兄ちゃん。オレたち時間稼ぎ要員同士、仲よくしようじゃねえか」

「時間稼ぎ要員? なに言ってる。仕留める気でかかるぞ」


 シュラムとテオは、鎌首を低くし狙いを定めている大蛇に向きなおり、それぞれの得物を向ける。


 テオはじゅうぶんに魔力を込めた魔導銃「ノヴァ」を放った。強い輝きを放つ閃光がまっすぐに大蛇の胴に突き刺さり、貫通する。メデューサは唸り声を上げるが、貫通した箇所はすぐに再生され、元どおりになる。


 シュラムがその巨体からは想像できないほど軽やかに跳躍し、大蛇の尻尾の先を両断する。しかしそこもトカゲの尻尾よろしく、瞬時に再生されていく。


「どいつもこいつも生命力高すぎだろ! 不死身の設定にしときゃいいと思ってよ!」

「多少は削っていると思うが、ダメージらしいダメージにはなっていないようだな」テオは目を細める。「やはり頭か――どこかに必ず再生が遅かったり、修復されない部位があるはずだが……」


「なるほどな! おっかねえ口にいかにも毒がありそうな牙のついたあの顔か。狙いやすくて助かるぜおい!」


 しかし、何度繰り返しテオの魔導銃を頭に撃ち込んでみても、大蛇の身体はすぐに修復してしまう。両目を撃ち抜いたときでさえ、修復までにかかる時間はほとんど誤差程度しかなかった。


 大蛇が吹き飛ばした瓦礫がぶつかり、テオのひたいからは血が流れた。

 勢いよくはらわれた尻尾がシュラムにまともにヒットし、サイの戦士はガラスの破片の山に突っ込んだ。


「生命力が高すぎる」テオはひた命を拭う。魔導銃のグリップ部分が真っ赤になる。

「頭から内臓、胴体から尾に至るまですべての部位の細胞を同時に死滅させる必要がありそうだ」レオン言う。「オルフ大戦では結局それができなかったため、やむを得ず封印という手段をとった」

「無茶言うぜ」シュラムがぜいぜい声で唸る。


 そのとき大地が大きく揺れ、エントランスの床に亀裂が入り始めた。地面の奥底からなにかがものすごい速さで昇ってくる。


「少佐、シュラム、タイミングを合わせます」と、スズが叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。