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まるで彫刻のように、遠くの空を見つめて微動だにしない。

 フーゴ・アーベントロートは空を見ていた。夕日の橙色と宵闇の紺が混じり合った、幻想的な空だった。まるで祝福しているような光が首都に降り注ぎ、彼の立っている中央司令部のバルコニーを照らしていた。


 こんな時でなければ、バルコニーにイーゼルとカンバスを出して絵でも描きたいものだな――彼はぼんやりとそう思った。


「大佐、ご報告です」


 ヴァネッサ・レヒナー中佐が現れ、軽く頭を下げた。「前線で魔族討伐に赴いていたヴァルター・キューパー魔導銃連隊長以下魔導銃部隊二十五名が、大型の魔族の襲撃により戦死しました」


「――そうですか」アーベントロート大佐は目をつむる。


「魔導部隊、そして我々召喚術部隊でも損耗が激しい状況です。詳細は追って報告があるでしょう」


「ザイフリート少佐の部隊から、なにか報告は上がっていますか?」


 レヒナーは今しがた受け取った報告――メデューサから言い渡された条件について、大佐に報告した。


 首都では今、いたるところで叫び声が上がっている。


「明日の正午。それまでに両軍がまた血みどろの戦いを再開すればこの惨状を止めてやるということですね」


 司令部からはマルシュタットの中央通りが一望できる。

 そこではメデューサの術にかかった市民たちが、皆まるで泥酔しているように、目的なく徘徊していた。


「別件で、大佐のお考えを裏付けるかもしれない事象が」


 レヒナー中佐の報告を聞いた大佐は、昨晩行われた会議のことを思い起こしていた。


 会議では、今回の作戦についての最終確認がなされた。リオベルグの一時停戦(歴史的な停戦である)、ソルブデン軍によるリオベルグの占領――というフェイク、結界を破りオルフ台地に侵攻した魔族を迎え撃つ連合軍、そしてイオニクに乗り込み、メデューサ討伐を目指すザイフリート班とラングハイム班。


 論点は特に、現実問題としてメデューサを討ち滅ぼすことが可能なのかという部分に向けられた。ザイフリート少佐の魔導銃「ノヴァ」はおそらく有効だろうという見立てだし(オルフ大戦では、ノヴァに匹敵する火力は存在していなかった)、討伐が不可能だとわかった場合は、大召喚術師レオンの「返戻術(へんれいじゅつ)」も期待されている。


 だが、アーベントロート大佐はまったくべつの、ある「疑問」について関心があった。メデューサは、イオニクに住まう魔族たちをこちらに侵攻させるという。現にそれは始まっている。


 そこに疑問がある。

 メデューサは、自身が召喚したわけではない魔族たちをどうやって使役しているのだろうか。


 召喚獣は、召喚した(あるじ)でなければ、基本的に操ることができない。それどころか、例えば大召喚術師レオンとザイフリート少佐の関係のように、そこに主従関係が必ずしも存在しないケースすらある。


 オルフ大戦時――その発端となるイオニクの内戦において、魔族が大量に召喚された。今この国を脅かしているのは、ほとんどがそのときの生き残りである。


 魔族を使役できるとすれば、少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この疑問を、大佐は会議の場で展開し、考察を進めるべきだと主張した。しかし一定の理解は示されたものの、議論の中心になることはなかった。いずれにせよ、魔族のリーダー格であるメデューサを討伐することが最重要事項だという判断だった。


 また反論として、魔族たちはオルフ大戦において、人間に使役され、人間同士の争いに火力として使われたその「恨み」がある。それが魔族たちの「自発的な」統率に一役買っている――との意見があった。


 だがそれは違った。


 今回のレヒナー中佐の報告によると、魔導銃部隊を襲ったオーガーの群れは複数体で連携し、正面で(おと)りになる役と、スナイパーを背後から襲う役とに分かれていた。それは、魔族たちの動きが明らかに組織的、戦略的であることを示している。


 魔族たち自身がそれを行うのは無理だ。あまりに高度すぎる。

 アーベントロート大佐は確信した。


 術師がいる。


「レヒナー中佐、伝令を頼めますか」

「なんなりと」

「前線のザイフリート少佐とラングハイム中尉へ、(くだん)の仮説について伝えてほしいのです」


 中佐は軽く頭を下げてから、制服のポケットからなにか黒いものを取り出した。それは古い首飾りだった。黒く艶やかな鉤爪に、古い麻ひもがくくりつけてある。

 彼女は囁くように唱える。とても短い言葉だった。


 するとバルコニーの手すりに、なにか大きな生き物が姿を現した。


 それは大きな鳥だった。

 羽も目もくちばしも、夜の闇のように黒い。まるで彫刻のように、遠くの空を見つめて微動だにしない。どこからか飛んできたわけでもなく、最初からそこに備え付けられているかのようにそれは現れた。


 そしてその怪鳥――レヒナー中佐の使役する召喚獣には、脚が三つ生えている。うち二つで手すりをつかんでおり、のこりのひとつには、その身体と同じように黒い宝玉が握られていた。


 レヒナー中佐はその召喚獣のそばにより、膝をついてこうべを垂れる。ほんの数秒、そのまま静寂が続く。やがて召喚獣は、溶けるようにしてその場から消えてしまった。


「ほどなくして、前線の者たちに伝わるでしょう」


 アーベントロート大佐は小さく頷く。


「さて、こちらも仕事です。中央広場へ急ぎましょう」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「前方に魔族です!」


 突如として黒い物体が行手を阻み、マルタが叫んだ。


 それは羽を広げれば二メートルはありそうな、巨大な鳥だった。地面を這う太い根の盛り上がったところに、それは止まっている。黒々とした羽で覆われている。


「大丈夫ですマルタ、伝令ですよ」とスズは言い、その鳥に近づいた。「八咫烏(やたがらす)――隠密に、そして瞬時に思考を伝えられる神の使い。召喚術部隊の副連隊長、ヴァネッサ・レヒナー中佐です」


 八咫烏はただ空中の一点を興味深そうに見つめており、置物のように動かない。


「話には聞いていましたが――なんだか不気味ですね」

 マルタは構えていた槍を下ろす。


 スズは八咫烏に向かって軽く頭を下げ、マルタとジルにも同じように促す。


 やがて、アーベントロート大佐の思考が三人に舞い降りる。

 唐突に、あたかも最初からその思考を理解していたかのように、大佐の召喚術師としての考えが着地する。


 いつのまにか八咫烏は消えていた。


 マルタが大きく息を吐いた。

「ラングハイム中尉、アーベントロート大佐の推理がもし本当だとすると」


「ええ。現在魔族たちを統率している召喚術師がいる。妥当な仮説です。そしてこの規模の魔族を統率できる術師となると、私の知るかぎりではひとりしかいません」


 スズは冷や汗を感じていた。

 ザイフリート少佐の聞いたところによると、マリアが五年前に()を看取ったはずだった。それは満ち足りた死であり、再度転生することなく、この世を去ったと思われていた。


 エウリュアレの言った言葉を思い出した。


〈責任が、始まる〉


 そうか――そういう意味だったのか。


 ()は続けているのだ。イオニクの内乱を。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 同じ頃、テオたちのところにも八咫烏が現れ、()の伝令を伝えていた。


「ザイフリート君の抱く『メデューサの目的』についての違和感も、つまるところこの伝令の内容に収束するだろう――しかし、恐ろしいことだ」


 レオンが後頭部を掻き回した。「結果的に、マリアはずっと騙されていたことになる。そしてメデューサは必ずしも自分の意志だけで行動していない。彼女すら、使役されている」


 急ごう――テオは言う。心拍数が上がるのを感じる。


「フォルトゥナ・ファウルダースは生きている」

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