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狙撃兵には普通護衛がつく。

 真冬の雨は突き刺すように冷たい。防水、防寒の装備をいかに整えても、それは戦闘員の体力を少しずつ削り、確実に彼らの動きを鈍らせていった。


 いっぽうで、魔族たちはのほとんどは気候による不利益をほとんど被っていないように思えた。目の前で大きな斧を――いったいどこからそんな得物を調達してきたのか、見当もつかない――振り回しているオーガーは、ほとんど何も身につけていないのに、冷たい雨などものともせずに突進してくる。周囲の木々や廃屋を薙ぎ倒して、雄叫びをあげていた。


「シャルクホルツ大佐の魔法は諸刃の剣ね。彼女が暴れると、前線は必ず悪天候になる」


 フィルツ大尉が言った。彼女は廃墟の陰に身を隠し、狙撃用の魔導銃「SR-26」をローレディ・ポジションで構えている。バルテル少尉、それにアルトマン准尉と共に、巨人型魔族の討伐に当たっていた。


「キツくても、あの〝お堀〟は助かりますよ。ずぶ濡れになる価値はある」と、アルトマン准尉が言う。


 イレーネ・シャルクホルツ大佐の率いる魔導連隊の作戦によって、見込まれていた通り約三割強の魔族たちが殲滅された。そのおかげで今彼らはいわゆる「大物」の討伐に集中することができている。


「くるぞ!」と、バルテル少尉が叫んだ。


 オーガーの巨大な斧が風を切り、彼ら目掛けて水平に振り抜かれた。三人とも十分に距離を取って避ける。ひどく大ぶりなお陰で、オーガーの攻撃はそう簡単に受けることはないが、かといって持久戦に持ち込むわけにもいかなかった。バルテル少尉の魔導銃が閃光を放つ。オーガーの皮膚はそれをいとも簡単に跳ね返す。


「火力不足か。魔導銃ってのはつくづく巨人の前では役立たずだ――だが」


 三人を追い、オーガーは廃墟を抜けて、大きく開けた敷地に躍り出た。


「引け!」


 少尉が叫んだ直後。

 無数の閃光が四方から弧を描き、巨人を襲った。

 閃光のほとんどは頭部を正確に射抜き、オーガーは鈍いうめきをあげる。黒々とした血が吹き出し、その場でしばらくのたうち回っていたが、その身体はやがて動かなくなった。


「よーし三体目! 狙撃部隊の連中、腕を上げたな!」

 バルテル少尉が拳を握り、歓声を上げた。


「狙撃型の魔導銃は、一発により集中して、高い濃度の魔力を込められる。さらに複数の狙撃兵で急所を狙えば、相手が巨人型魔族でも致命的なダメージを与えられる――オシュトローでの戦歴が生きましたね」

 アルトマン准尉が言う。


 魔導銃部隊はこの戦いで、巨人型魔族の誘導、討伐の任務に就いていた。


フィルツ大尉が頷く。「ええ。でもこちらもかなり疲弊しているわ。あとどのくらいやれるか――」


 そのとき、三人のそばに軍人がひとり、軽やかな身のこなしで着地した。ゆるいウェーブの赤毛に、アサルトライフル型の魔導銃。魔導銃連隊の副官、ツェツィーリエ・ハス中佐だった。


「撤退の命令。三人とも急いで」と、彼女は周囲を警戒しながら言う。


 バルテル少尉が目を剥いた。

「中佐、冗談を! まだこれからじゃねえか――」

 言いかけたところで、少尉口をつぐんだ。

 中佐は肩で息をし、髪が乱れ、唇はなにかで切ったらしく血が出ている。


「襲撃があった」重苦しい声色で、中佐は言う。「誘導作戦がばれて、狙撃部隊が背後からやられたの。今三体目を撃った班も撤退している」


 アルトマン准尉が顔を伏せて、歯ぎしりをした。


「しかし、ハス中佐」フィルツ大尉が言う。「ここで引いては、さらに東への進行を許してしまいます。巨人型魔族の移動速度だと、夜には首都に到達します」


「――ええ」


「そうすれば今の比じゃない量の犠牲が出ます。なんとしても我々がここで――」


「そんなこと分かってる! 指揮権は私にあるの! 従って!」


 中佐は鋭い声で叫んだ。


 三人は呆然と彼女を見て、彼女の言ったことを解釈しようとした。魔導銃部隊の総指揮は、大佐であるヴァルター・キューパーであった。今現在だってそうであるはずだ。


 彼がなにかの理由で指揮を取れる状態でない限りは。


「狙撃兵には普通護衛がつく」中佐は呟くように言った。「今回もそのはずだったし、大佐は当然そのように配置しようとした。でも相手の戦力を考えると、狙撃にもできるだけ人員が必要だった。護衛を削減して、狙撃にまわすよう提言したのは私だった。狙撃兵たちは背後がガラ空きになって、襲撃に対処できなかった」


 ずっと遠くのほうで、オーガーと思われる魔族の雄叫びが聞こえた。


「大佐は、私のせいで死んだ。ほかにも仲間がたくさん、私のせいで死んだ。私のせいで。でも私は指揮を取らなければいけない。大佐が死んだから。これ以上の犠牲は最小限に食い止めないといけないから」


 三人は息を呑み、顔を見合わせた。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 フロイントにもまた、魔導銃の放つ閃光が飛び交っていた。


「待て! じゅうぶん引きつけてからだ!」


 デニスが部下たちに指示を飛ばす。街の入り口付近に現れたのは二体のコカトリスだった。毒々しい色のくちばしをかち鳴らし、ぬめりけのある尾で地面を擦り上げている。


「体液に触れるな! 死ぬよりもっとひどい結末が待ってるぞ!」


 魔族の襲撃に驚き、魔導銃を撃ち始めてしまった軍の兵士のひとりは、すでにコカトリスの脚の下敷きになっていた。粘液に触れ、その身体の末端から石化し始めている。


 デニスは舌打ちをした。この魔族のことについては、事前にテオから聞いている。脚を封じ動けなくさえしてしまえば、こちらの生存率は飛躍的に上がる。


 一体は、その足で踏みつけた兵士を今にもついばもうとしていた。もう一体は少し離れたところを徘徊し、まだ襲ってくる気配はない。まずは近くの一体――しかし脚を狙うにも、ここからでは兵士に当たる危険性がある――


 そのとき閃光がすぐ脇を横切り、コカトリスの脚に命中した。そのまま二発、三発――合計五発ヒットし、コカトリスはバランスを崩して地面に倒れた。痛みでもがき、奇抜な色の羽があたりに飛び散る。


兵士(あれ)を生かすのはもう無理でしょう。今は我々が生き残るための最善を――()()


 魔導銃への魔圧を緩めながら、ゲイラーは言った。

 踏みつけられていた兵士はみるみる石化が進行し、もう叫び声もあげられなくなっていた。


「大佐はやめてくれ、オットー。このざまだ」


 デニスの目に、もう一体のコカトリスがなにかを見つけて移動しているのが映った。そのなにかは民家の陰に隠れて見えない。コカトリスは姿勢を低くし、目を細め、獲物に標準を合わせているようだった。


 胸がざわめいた。同時に、デニスは魔導銃を持って駆け出す。


「どうしてまだ民間人が!」と、兵士のひとりが叫んだ。


 逃げ遅れたのが、村の住民がコカトリスに襲われそうになっている。


 しかもそれは、小さな女の子だった。顔面蒼白になり、コカトリスのくちばしからほんの五メートルほどの距離のところで、辛うじて後退りしていた。手には小さなナイフを持っているが、目の前の怪鳥に対してはほとんど無意味だった。


 コカトリスが地面を蹴る。女の子がナイフを取り落とす。

 デニスは込められるだけの魔力を込め、魔導銃を放った。鋭く赤い閃光はコカトリスの首を擦り、二発目は外れ、三発目は脚の付け根を貫く。


「くたばりやがれ!」


 ゲイラーや他の兵士たちも応戦する。閃光が飛び交い、コカトリスは痛みで甲高い叫び声を上げた。


「近くの建物の中へ隠れろ!」


 デニスは女の子とコカトリスのあいだに入り、後ろ手に彼女を庇う。皆の集中砲火もあり、コカトリスは次第に弱り始め、よろめきながら地面に倒れた。


「コカトリス、二体とも行動不能を確認しました」


 ゲイラーが額の汗を拭う。物資の損壊もなく、二体の大型魔族を迎撃することに成功した。デニスも大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。


 突然、腰に鈍い痛みを感じた。

 激しい運動で負荷がかかったのだろう――歳だなおれも――そんなことを思い手を当てようとした。


 そこにはごく短い棒状のものが突き刺さっている。

 最初は状況がうまく掴めなかった。


「大佐!」ゲイラーが駆け寄ってくるのが見える。


 それは、女の子が持っていたナイフだった。

 取り落としたそれを彼女はもう一度拾い上げた。


 そして、デニスを背後から突き刺したのだった。

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