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あまりよく寝られなかったけど、喉が痛いのと妙に眩しいので目覚めた。
目覚めて、健介は自分がどこにいるのかわからなかった。
布団が違う。
天井が違う。
窓が違う。
そして横を見て、
寝ているお母さんを見て、
健介は驚いて布団を飛び出て、ベッドから落ちそうになった。
あ、あそうか、そういえばお母さんの家にいるんだ。
心臓がばくばく打っているのを手で押さえる。
そして、喉が痛い。
一晩中エアコンをつけていたから乾燥したのだ。
それに片付けなかった鍋のにおいが充満したまま。
健介は咳をした。
父さんならこんなこと絶対しないのに。
健介はベッドを降りてテーブルの上の鍋と空き缶をシンクに持って行った。カセットコンロは箱に入れて部屋の隅に立てた。
それから歯を磨いて顔を洗って、教科書を揃えてランドセルを背負って、
それからまだ寝ているお母さんに声を掛けた。
「お母さん、学校まで行く、バス代が欲しいんだけど、」
お母さんが目を覚まさない。
「お母さん」
健介はベッドの横に立ってお母さんの肩を押した。
ううう~、と顔を顰めて顔を背けるお母さんに、健介は同じ言葉を繰り返した。
「……財布から、勝手に持っていって……」
お母さんはそれだけ言って、布団に潜りこんだ。
財布から勝手になんて、お母さんは怖いことを言う。
そう思いながら健介はその財布を探し、脱ぎ捨てられてあるコートのポケットから取り出して、往復のバス代を抜き出して部屋を出た。
外に出ると吐く息が白かった。
今日は寒いんだ。
また咳をした。
そして、お腹が鳴った。
そっか。朝ご飯、食べてないんだ。こんなの初めてだ。
そして振り返った。
車に気をつけろよ、という父の声が聞こえない。
こんなのも初めてだ。
ぶんぶんと首を振って、健介はバス停まで走り出した。