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PSYCHIC CLUB  作者:
第三章:新たな生活を壊す者
9/20

3-3

 翌朝はまるで葬式のような静けさだった。

 優月は起きてこなかった。綺羅も星南と共に様子を見に行ったが、ぐったりとして授業を受けられそうになかった。

 そして、何よりいつも朝から多少テンションは低いものの他よりは遙かに元気な光翔が黙り込んでいるのが一番の原因だろう。

 元気な二人を欠いては低血圧と無口しか残らない。何より光翔が一言も発さない状況では誰も口を開けなかった。


 結局、光翔は流を伴って先に出て行き、綺羅は星南と叶多と共に校舎へ向かっていた。

 サイキッククラブの人間が二人以上いれば何か良からぬことが起きるという噂も一部ではあある。

 特にこの二人は危うく、いずれ《魔女狩り》が起きても不思議ではない空気だ。

 動物を従えている姿が何度も目撃されているらしい星南と突然授業中に眠ったかと思えば発狂したように叫んで立ち上がるらしい叶多は特に不気味がられている。

 だが、そんなことは綺羅には一切関係ない。


「光翔と何かあった……?」


 星南が控え目に問いかけてくる。ずっと気にしていることはわかっていた。

 彼女は一人では生きていけないのかもしれない。けれど、一番仲間という言葉に固執し、依存しているのは光翔だろう。


「あいつは傷心なんだよ。潤って奴のことで」


 傷心などという軽いものではないのかもしれない。自分が笑っていいことではないのかもしれない。

 それでも、綺羅には二人の絆がどんなものであったか、想像も付かない。


「潤先輩と会ったんだ?」


 叶多は興味津々のようだ。

 会ったからには何かあったと思っているのだろう。見たくもないことを見て苦しんでいるくせに、彼は詮索好きなところがある。


「うん、まあ、その件は傍観決め込むから光翔に聞いてよ。あたしから言うとあいつ嫌がりそうだし」


 面倒なことは避けたい。それが綺羅の第一の考えだ。

 叶多や星南から光翔に伝わった時にまた厄介なことになる。それが光翔と潤の問題だと言うならば、彼の口から話すべきことだ。


「バッドなことだってのはみんな察してますよ」

「バッドなんだろね」


 綺羅にとっては他人事、関係のないことだ。潤と話したことは関与ではない。たとえ、相手がそう思ってくれないとしても。


「お互いお人好しなんですよねー。自己犠牲大好きっていうか」


 なぜ、潤が離れて行ったか暗示しているかのようだった。綺羅に何かを感付かせて動かそうという意思が窺える。


「あたしに情報流したって何にもならないよ」


 これは自分の問題ではないと綺羅は言い聞かせる。


「お人好しだと思うんですけどね、三人とも」


 綺羅もそうだと言いたいのか。

 違う、心の中で否定しても、認めたくないだけなのかもしれないとどこかで思っている。

 苦々しい思いにふと視線を落とした時、肌を刺されるような感覚があった。覚えのあるものだ。

 パッと顔を上げれば、上履きを取ろうとする星南の頭上に危うげに揺れる物体がまず目に入る。


「危ない!」


 綺羅は星南の腕を引く。倒れ込んでくる星南の背を掠めるようにして何かが落ちる。

 これだけではいけない気がして、綺羅は強く星南を引き寄せる。

 砕けて飛び散る破片、土、本来そこにあるはずのない鉢植えは仕掛けられたものだろう。


「綺羅先輩! 星南先輩!」


 音を聞きつけたのか叶多が駆けてくる。その向こうに悪意はいた。

 その視線を知っている。あの時と同じだった。野次馬の向こうで笑みを浮かべている。ただ一人悪意を振りまいている。

 そして、くるりと踵を返す。

 綺羅はそれを追おうとした。けれど、できなかった。怯えた星南がしがみついてきたからだ。

 それでも綺羅は引き剥がす。抱き締めて安心させてやることはできない。


「ごめん、任せた」


 尚自分に縋ろうとする星南を綺羅は強引に叶多に押し付け、走り出す。


「わわっ、何てことするんですか!」


 困惑しきった叶多の声が聞こえても綺羅は廊下を走った。



 悪意を追って、人気のない特別教室がある棟まで来て、その姿は見当たらない。

 どこかの教室に入り込まれたか、そう思った時に窓が鳴る。まるで地震が起きたかのようだが、建物自体は揺れていない。その正体はもうわかっている。

 振動させてガラスを割るつもりではないのだろう。それは主張だ。自分はここにいると。


「僕をお探しですか?」


 彼はクスクスと笑って化学室から出てきた。窓はもう鳴りやんだが、きっといつでもできるのだろう。

 取り立てて特徴はない。目立つわけでもなく、どこにでもいる大人しそうな少年だ。

 だが、今はその目に狂気を宿している。


「君は目障りですね」


 言葉は丁寧だが、敵意が滲んでいる。


「でも、あんたはあたしを狙ってるわけじゃない」


 彼が他で同じことをしてきたかは知らない。けれど、目の前で起きた二件はどちらも違う誰かを狙っていた。


「結果的には君を狙ってると思いませんか?」


 二度、綺羅は他人を庇った。そうなることを予期していたとでも言うのだろうか。


「何のために?」

「たとえば、君を試すため」

「何で、あたしを試す必要があるの? 一般人狙って申し訳ないと思わない?」


 人助けができるかどうかでも見ていたと言うのか。

 しかしながら、彼からは不穏なオーラが漂っているようである。


「笑えますね」

「笑えないよ、全然。あんたとは話が合わなそう」


 何が笑えるのか、綺羅にはわからない。彼の意図など読み取りたくもない。そもそも、なぜ、自分はここまでしているのかさえわからない。


「潤をそそのかしたの、あんた?」


 綺羅は質問を変えることにしたが、問う前から確信していた。


「彼は同志です。お互い自分の意思です。君が思うようなことを吹き込んでなんかいませんよ」


 お見通しと言わんばかりの彼はエスパー気取りに思えた。

 だが、彼が真実だけを口にしているとは信じられない。


「一応、何考えてるか聞いてあげようか?」

「君なら正義のヒーローになれますよ。僕らが企む度に君は駆け付ける」

「なりたくもない」


 正義もヒーローも綺羅の嫌いな言葉だ。だが、それは憎悪と同義ではない。救われないとわかっているだけで、恨みはない。ただ諦めているだけだ。


「なら、なぜ、僕を追ってきたんです?」

「気付いちゃったから? いいや、違う。あんたが追いかけてほしそうだったから」

「笑わせてくれますね。君のそのお人好しは身を滅ぼしますよ」


 言われるほどのお人好しではないと綺羅は思っていた。


「あんたは星南に恨みでもあるの?」

「君を引きずり出すための生贄でしかありません。尤も、敵ではあります。僕らは生温い理念には賛同できない」


 やはり追いかけてほしかったくせに、おびき寄せたかったくせに素直ではない男だ。

 そして、彼はサイキッククラブを敵視している。アンチサイキッククラブとでも定義すればいいのだろうか。問えば悲惨なセンスの組織名が飛び出してきそうで口にはしなかった。


「あんたの理想だって、崇高なものじゃないと思うな」


 彼は何かに酔って溺れているだけだ。潤とはまた違うように感じられる。心底誰かを崇拝している。


「残念ですね、実に残念だ。神藤綺羅、君はたった数日で生温い思想に染まりましたね」

「元々なんじゃないかな。あんたが思うようなあたしじゃないってだけ。たったそれだけのことだよ」


 《魔女狩り》に遭った日々の中でさえ、綺羅は仕返しを企てようとはしなかった。そうすれば、また倍になって自分に返ってくることはわかっていた。そんな労力を惜しんだ。

 どうせ、他人に悪意を持つ人間はまた別の誰かに悪意を抱かせ、遅かれ早かれ自滅するのだ。だから、綺羅は他人に対して無感情だった。自分に関われば同類と見なされ、断罪される。だから、突き放した。


「なぜ、君の憎しみは死んだんですか」

「何を憎んだらいいかわからない。世界の全て? そんなの馬鹿馬鹿しいよ。ぼーっと生きてるだけで疲れるってのにさ。あたし、そんなに暇でもないよ」


 全く憎しみがないと言えば嘘になる。唯一、父親にはそういった情を抱いている。父と言うのもおぞましい存在だ。感謝もある。殴り方を教えてくれた。だから、いつか再会した時に思いっきり殴ることができる。

 不意に彼は距離を詰め、綺羅の目を覗き込む。微笑を讃えているが、好意は感じられない。


「そんなに綺麗な目をしているのに」

「それって嫌みでしょ?」


 紫の目、綺羅にとっての烙印だ。だが、彼の場合、別の意味を含ませていることに綺羅は気付いていた。


「あの人と同じ色なのに、中身はあまりにも残念だ」

「あの人って?」


 本当は聞きたくもないことだった。聞いてしまえば、くすぶっていた炎が一気に燃え上がることはわかっていた。

 けれども、彼はそれを言いたがっているのだ。自らの神の名を口にしたがっている。


「僕達を導く人、神藤明臣(あきおみ)


 予想通り最も聞きたくない名だった。


「ああ……神藤だから、ってそういう意味か」


 綺羅の目は父明臣譲りであり、同じ目の神藤だからこそ潤は誘いをかけてきたのだろう。

 全く思い至らなかったわけではないが、所在不明の父親がサイキックを洗脳して、悪意を持って他のサイキックを攻撃しようとしていることなど知りたくもなかった。

 もし、今回の転校と関係があるのなら、全くの偶然でないのなら尚質が悪い。


「何やってんだか」

「世界に復讐を、共に悪の道を行きませんか? 僕達の正義を」


 盲信、陶酔、そんな言葉が彼には似合う。特定の単語を口にする時、愛しい人の名を呼ぶようにしている。


「だったら、あたしはその道をぶっ壊す」


 それは正義ではない。英雄になりたくもない。

 単純に、そこに父親がいるのなら、殴りに行くだけだ。何もかも否定してやりたいという復讐心だ。


「残念です。本当に、残念でならない」


 芝居がかった口調に綺羅はそろそろ苛立ちの限界を感じていた。

 気が長いわけでもない。面倒事は回避するのが基本なのだが、随分と長く付き合ってしまったものだ。


「サイキッククラブに手を出すのはやめておきな」

「彼らに仲間意識を持つなんて、非常に残念だ」


 今度は綺羅が笑う番だった。


「そんなんじゃないよ。単にあいつら面倒臭い仲間意識持ってるからさ、なめてかかってると痛い目に遭う。まあ、そん時は笑いに行ってあげるよ、あんたみたいにさ」


 背景に明臣がいるならば、綺羅は綺羅で彼らを追う。だが、それはサイキッククラブと協力することとは違う。


鳥海聖(とりかいさとし)です。気が変わったらいつでも言ってください。早いに越したことはありませんけどね」


 それは忠告だったのかもしれないが、意味のないことだった。

 気は変わらない。父と呼ぶもおぞましい男を殴る。それは果たされるまで一生変わらないものだ。

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