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PSYCHIC CLUB  作者:
第三章:新たな生活を壊す者
11/20

3-5

 ふと、控え目なノックに綺羅の意識は引き戻される。返事をしないでいるとまたノックされる。はいよー、と適当な返事をすれば「私です」と流の声がした。

 彼の訪問は正直なところ嬉しくはなかったが、綺羅はドアを開けた。


「今、大丈夫ですか?」


 申し訳なさそうに流は問う。綺羅は廊下を確認してみたが、彼一人だった。

 もし、そこに光翔がいたなら拒むつもりだった。彼と話すのはあまりに面倒だ。

 だが、流も同じことだ。ただ少し話がわかるかどうかという程度だが、まだ彼とはこの件で衝突していない。


「何か面倒な話?」

「ええ、部屋に入れてくださると助かります」


 皆の前で話せることならばこうして訪ねてくることもなかっただろう。仕方なく、綺羅は招き入れる事にした。


「座っても?」


 椅子を指さして、流は言う。

 この話は長くなりそうだ。そう判断して、綺羅は答える代わりにベッドの上で胡座をかいた。


「ご活躍のようですね」


 今日事件の起きた二つの現場に綺羅は居合わせた。二つ目は駆け付けたと言った方がいいだろう。


「嘘発見器のデリバリーは頼んでないよ、受け取りは拒否する」


 先に皮肉を言ったのは彼の方だ。悪気はなかったのかもしれないが、綺羅は牽制の意味を込めた。

 どうせ、彼はいい話をしないだろう。


「心当たりは?」

「あるよ。今日の二件、朝のはこの前の図書室と同一犯。その名も鳥海聖、昼のは潤だね」


 とぼけるのも面倒だった。けれど、聖と接触したことを事細かに話す気もない。


「あなたの予知については?」

「笑わせないでよ。いや、あんたは真剣なんだろうけど、あたしにとってはリアルじゃない。単に危機感知能力が他人より発達しただけ。誰にだってある経験じゃないの? そうなるのがわかったみたいな」


 綺羅自身、なぜ昼に走っていたのかよくわからない。それを予知だなどとは思わない。

 否、三度の事件の内、二度は本当にその場にいて気付いただけだ。予知などという言葉が出てくる方が不自然だ。彼らが偶然として片付けたくないよりも何かがあるように思えて綺羅は口元で笑った。


「そっちこそ、本当は心当たりがあったりして」


 流は何かを聞き出そうとしているかもしれないが、綺羅にその気はない。しかしながら、逆に流から情報を引き出す気はある。


「最初に言っておきます。気を悪くしないでください。これから言うのは誉め言葉です」


 彼は肝心なところで嘘を吐けない男のようだ。嘘を吐くことを自分に堅く禁じているように馬鹿正直だ。


「その目が綺麗で嘘を吐けなくなります。触れずとも見透かされているようで」

「いいよ。お世辞なんて。あたしはもうこの目のこと、乗り越えてる」


 ただ目の色が違うというだけで、綺羅は遠ざけられ続けてきた。今はサイキックの彼らの影に隠れているが、今更何があろうと構わない。

 綺麗だなどと言われるよりは罵倒される方が慣れているし、気が楽だ。いくらでも雑音として聞き流せる。

 綺羅にとってそれはただの目だ。特別な力で嘘を見抜けるわけでもなく、誘惑できるわけでもない。他人が言うようなことは何もない。あるはずがないと思っていた。彼らに出会うまでは。だが、出会ったからと言って自分にできると思うわけでもない。


「本当ですか?」

「それ、心当たりがあるから確認するの?」


 乗り越えているのは口先だけの強がりだと思っているのか。それとも、そこに隠された真実を乗り越えられるか、とでも問うのか。


「言っておくけど、あたしは全く根拠がないわけじゃないんだ。潤はあたしが神藤だからって誘いをかけてきた。その意味、あんたなら知ってるかも、って思う」


 聖のことをまだ持ち出すつもりはない。彼らの背後に神藤明臣がいることもそうだ。それらは切り札だ。彼にはまだ喋らせる必要がある。


「この界隈で全く聞かないわけではないんですよ。神藤という名前」


 やはり、彼は知っているのだろう。蛇の道は蛇、笑える話だと綺羅は思う。自分の父親についての記憶は少ない。気味の悪い男だとは思っていても超能力者だと思ったことはない。

 ただ、綺羅が知る中で最も強い男だというのは間違いない。


「神藤さん違いでしょ。あんたより珍しくないだろうよ」


 それが神藤とも限らないじゃないかと綺羅は思う。漢字は他にもあるし、雨霧などという名字を聞いたのは初めてだった。


「彼は予知能力者でした。紫の瞳の予言者、神藤明臣」


 同姓同名の別人だと言うにはピースがはまりすぎている。

 否、既に彼らの話の中に父親の存在を感じている。父親というには遺伝子上と憎悪でしか繋がっていないような希薄な関係だが、感じるものがある。


「本当は、鳥海聖から聞いたって言ったらどうする?」

「探っているのはお互い様ということでしょう」


 流もわかっていたということだろう。しかしながら、綺羅は嘘を吐ける。


「嘘だよ。聖はそこまで言わなかった。でも、あんたの話と合わせれば、辻褄が合う」


 彼らが自分にもその力があると思っているらしいこそ、そして、流も同じことを疑っているらしいのはよくわかった。


「言われる前に言っておく。協力するつもりはない」

「彼らの目的は私達でしょう。そして、あなたも」


 彼らの狙いはサイキッククラブ、実に単純なことだ。

 たとえ、一般生徒を狙ったとしても、それは大きな効果を持つ。力に怯える人間を多く味方に付ければ、それだけ煽りは大きくなる。自分達の手を汚さず、彼らに《魔女狩り》をさせることができる。

 そうなってしまえば、綺羅も巻き込まれるだろう。どんなに弁解しても既に材料は用意されてしまった。


「あんた達は潤を取り戻したい」

「光翔はそう言うでしょう」


 彼らはできることなら戦うだろう。だけど、避けられないことだと光翔は煽るだろう。潤を取り戻すことが戦いだと主張するだろう。


「鳥海聖も保護したい。捕獲じゃなくて」

「光翔ならそうでしょうね」


 鳥海聖は二度危害を加えようとして綺羅に阻止された。それが彼の目的であることは口にしない。

 彼に悪意があることは明らかであるのに、同じように保護されるべきだと光翔は言うだろう。彼でさえ運命に翻弄された被害者だと体を寄せ合って、互いの傷を舐め合おうとするのだろう。

 それが全て正しいことだと信じている。相手が望まなくとも。


「敵意を持っているのに?」

「光翔はそれが消えると思っている」


 仲間同士集まれば何でも解決すると思っているのだろう。だが、流は今何一つ自分の意見を言っていない。


「光翔光翔ってあんたはどうなの?」

「光翔の意思が私達の意思です」


 光翔はサイキッククラブの中心だ。だが、その光翔を支えているように思われているのは流だ。彼を土台と言うべきなのかもしれない。

 だが、二人は、この二人でさえ同じ志をもっているわけではない。


「それでいいの?」

「あなたならわかるでしょう? あの人も同じですよ」


 自分の意見を挟む隙間などあるはずもないと言いたげだった。


「伯父さんのことを言ってるつもりなの?」

「そうです」

「ここを作ってくれたとか言っておいて、不満があるわけだ」


 綺羅を入学させたのもこの寮を作ったのも伯父の力だ。何を考えているかは知らない。


「あんたさ、秘密を持ってる」

「そんなものは誰でも」


 綺羅にも秘密はある。現に自分が有利であるために情報を隠し持っている。

 だが、流はある秘密についてのヒントをちらつかせているようであるのだ。


「あんたはあたしにそれを暴いてほしいの?」

「そう見えるんですか?」


 見えるから言っているのだと綺羅は視線に込める。


「でも、あなたは暴きたくない」

「面倒臭い男は嫌いだよ」


 彼と話すことが間違いに思えてくるほどだ。

 それでも、彼は綺羅に言わせるのだろう。言わせるまで部屋を出て行かないかもしれない。どちらにしても、面倒だ。


「あんた、誘いを受けたことがあるんでしょ?」


 沈黙は肯定、あるいは正解ということなのだろう。


「それは、神藤明臣から?」


 綺羅は神藤明臣がバックにいるということまでは言っていない。だが、彼はきっと知っている。

 その沈黙もまたその通りだと言うことなのだろう。

 そして、更にその先を綺羅に言わせたいのだ。その悩みを、のしかかる問題を綺羅に斬らせたいのかもしれない。


「あんたは伯父さんや光翔に百パーセント賛同できないくせに、あいつらにも百パーセント賛同できるわけじゃない。だから、悩んでるってわけ?」

「あなたにしか相談できないと思っていました」


 その答えは全てを認めるということなのだろう。

 まったく、迷惑な男だ。

 この件で光翔は暴走するように綺羅は思う。予知ではなく、ただの予想だ。潤のことは彼の視界を塞ぐ。コンタクトを落とした時のように何も見えなくなるだろう。

 それを止めなければならないのはきっと流であるというのに、この男は迷っている。


「他人の悩み相談なんてごめんだよ。あたしは自分のことで忙しいんだ」


 また流は黙り込む。核心に触れてほしいのだろうか。

 あるいは、気付いていないとでも言うのだろうか。気付かせてほしいのか、傷付けてほしいのか。


「たとえば……まあ、たとえばだから絶対に言わないけど、あたしが一緒に行こうって言ったってあんたは行かない。じゃあ、サイキッククラブとして迎え撃とうかって言っても迷う。本当は何もしたくないんだよ、あんたは」

「そう、かもしれませんね」


 光翔が正しいと思われている内はまだいいのだ。彼もズルをできる。けれど、潤のことで光翔が冷静さを欠いているからこそ、流は綺羅を引き込もうとするのだ。


「気付きなよ。あんたが望む平穏なんてどこにもない。作るしかない。何もしないあんたと理想ばっかの光翔じゃ、みんなを守ることなんかできない」

「だからこその現実主義者だと思いませんか」


 思わない、と綺羅は即座に答えた。その現実主義者が自分を指すことがわかっていて、同時に馬鹿げた言葉だと思っている。理想など度を超えれば何の救いにもならないただの妄想だ。


「あたしはクソ親父を追う。それだけ」

「敵方の黒幕が彼なのだとしたら、あなたにしか止められないでしょう」

「そんなこと言ったって、あたしは協力しようなんて言わないよ」


 ボスへのお膳立ては要らない。

 綺羅にとって父がサイキックを煽って流達を攻撃していようと関係のないことだ。綺羅が殴りたいのは敵のボスではない。母親と自分を捨てた父親という存在に過ぎない。親子喧嘩に他人が入る余地はない。


「考えておいてください」

「考えない」


 綺羅は即答したが、流は考えるとでも思っているのだろうか。期待に応えるつもりなどなかった。

 だが、彼は満足したようだった。


「夜分に失礼しました。おやすみなさい」


 嫌みの一つ二つさえ出てこないほど面倒だった。


 綺羅はベッドにゴロリと転がる。

 サイキッククラブはいずれ崩壊するように思えた。光翔と流の間に確かに存在する溝が埋まらない限り、聖達の望み通りになるだろう。

 そして、それを埋めるのは自分ではないと綺羅は思う。結局のところ、彼らは寄り添っているようで閉じこもっている。自分を守ることで精一杯なのだ。自分を守ることのできる光翔だけが空回りしている。それが実態だ。

 彼だけが自分の足で立ち上がることができる。一人きりで歩いて行くことができる。

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