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序章『唯一』

文章力がまだまだ拙く、序章最終話あたりにならないと本題が分かりづらくなっております。最新話あたりでは、読みやすくする為、一話ごとの文字数などを調整していますので、よければお楽しみください。

サクラノトス王国、ドクホン都市の最東端に位置するこのオビノスエ町には世界が新しい時代へとページを巡ろうとする中、忌々しい時代の残火が灰を舞い散らせながらその使命を終えようとしていた。


オビノスエのメインストリートであるこのソウテン通りでは小麦の香ばしさを感じさせるパン屋から本屋、床屋、肉、魚、はたまたジャムの専門店まで、子供がお絵描きをした後の画用紙のように様々な色合いを成している。

ドクホン都市の中心には多くの背の高い建物が身を連ねるが、このソウテン通りではほとんどが平屋で良くも悪くも田舎らしさをかんじさせる。

道端に白墨で落書きをする子供達、それを柔和に見つめる老人や、やれやれと本心では怒っていないものの躾のために一応叱る青年。

受け取った紙袋から手のひらに感じる温かさと微かに感じるコロッケの匂い、家についてからと自分に言い聞かせながらも歩を進めその一つを手にしてしまう主婦。

ソウテン通りから小路を抜けた先、小さな橋がかかる小川には外観を彩るために植えられた木陰でカップルが小魚を数えている。


そのような光景をスクリーンに映し出すこの

ソウテン通りは街の中心に向かい、その先にある一つの教会へと導いていた。

オビノスエには珍しいその背の高さが、その神聖さを人の心や空間の隅々にまで染み渡らせている。


だが、今日に限っては幸せを讃えるように照らす太陽の匂いはなく、ソウテン通りを歩く一人の娘を非難するように雨で浮き彫りになる古い建物のカビの匂いが辺りに立ち込めていた。


傘は持たず、足首にかかる丈の古びた分厚いローブ、明らかに顔のサイズに合っていない大きなフードが彼女の顔を鼻頭まで隠している。少女はそれを嫌だと思う素振りは見せず、むしろその為に体に不釣り合いなソレを羽織っているようだった。

室内にいて心地よい音を奏でるような雨ではなく、一日の中で少しの不幸だと捉えるような音をその雨は運んでいる。雨粒がローブに染みを作る。埃っぽくくたびれ、明らかに購入した価格から思わせる使用期間は大きく過ぎ、洗っても取れない汚れが雨で目立たなくなっていった。

皮でできたサンダルは走っても大丈夫なようにか足首にもベルトが付けられている。

晴れの日にまで寒さを感じさせる季節ではないものの、濡れていない所がないほどの足は赤く、暖をとりたがっている。足取りは何よりも静かで、慎重に雨音で聞こえるはずのない足音をそれでも尚消すように努力していた。


ここにも手持ちで食べれるものがありそうにないなぁ。古びて腐りかけのパンでもいいから買わせて欲しい。

ほつれたフードの隙間からソウテン通りで営業される飲食店達を見る、懐から手に取った彼女の全財産では子供のおやつすら買えないだろう事が見てとれた。

ただ、彼女が仮に路面店から売りに出されている商品を買うお金を持っていたとしても、彼等彼女等はその商品を売るつもりはなかった。

何故かと聞かれればその理由を正確に話せる者はいないだろう。

その日のソウテン通りには雨の影響で人は多くなかったが、いつもなら疎に展開する人々が両脇に逸れていたため、普段よりも人が多いと感じられた。

その原因を作っているのが紛れもない彼女だった。

人々は彼女が近づくにつれ、街灯のない夜道や猟銃を持たずに歩く森、喉元にナイフを突きつけられたかのように恐怖を感じっていた。女性は男性の後ろに身を引き、それに合わせて男性は女性を庇うように手を添える。赤子は雨にも負けぬ程に泣き出すが親はそれを宥めることを他所に警戒を続ける。

教会の麓を警備していた衛兵達が異変を感じ、ガチャガチャと鎧の音を発しながら近づいてくるのが後ろから感じ取れた。

またこれか。

フードをより深く被り直すと彼女はその手を頭に残したまま、小走りで袋小路に走って行く。

こちらに向かってくると分かった老人は何故か感じ取れる恐怖から、その老体には少しばかり無理な速度でソレに道を譲るが、すれ違いざまに浮かんでいた彼女の目の涙など、知る由もなかった。


袋小路を抜け、誰もいないかと辺りを見渡すと四メートル程の幅になる小川を軽く飛び越える。形容し難い恐怖に見舞われていた事からの安堵か、ソウテン通りを支配していた静寂が次々に薄れ、衛兵に何故か自分の位置を知らせる住人達の声が次第に大きくなっていった。


全力で走るのもいいけど、人目には出来るだけつきたくないな……。

心を抉るような苦痛を今だけは無視して思考を巡らせるように努力するが、ローブで覆われた体を駆け巡る湿気からなる不快感がそれを許さない。

住民達の声を受け、真相を確かめるべく足を早めた衛兵達が袋小路に入る角を曲がろうとしている。

仕方ない。とフードを取り湿気から解放された顔が雨によって冷却されていく。

誰に見られようと全力で走り抜け、もうこの街にはやってこないでおこうと心に決め、足に力を込めた。


その時だった。


雨音の中を綺麗に掻い潜るように中性さを感じさせながら、それでも男性だとわかる声がした。


「こっちにおいで、君はなにか変わった体質をしてるんだね?」


衛兵達が袋小路の中に入り、小川の周辺まで映る彼等の視界から外れた位置で、彼女は一秒にも満たない時間が止まるように感じた。


それはおおよそ「人」には考えられない程の長い時間を旅した彼女には初めての出来事だった。

その声の主人は明らかに今まで見てきた人達とは違う反応を示している。

それはいつだったか、木々には朝露が残り、光輝く球体が夜を照らし出す時。

彼女の世界一大好きだったお母さんはそっとハグしてくれて、その先には味わう事がないかもしれないぬくもりを一生懸命伝えてくれながら、名前と愛してるの文字を音にし塵となって消えた。

「彼女達」にはそれが老衰から与えられる死というものだった。

その当時はどれだけ泣いただろう、彼女がこの世界で孤独になった日の事だったから、それはもう完璧に覚えている。

彼女の止まった一秒の間に思い出したのはそんな母親との愛ある時間ともうひとつ。

人の怖さについてだった。

人間は彼女達に恐怖や嫌悪、時には憎悪すら抱くことを彼女の母親は何度も何度も言い聞かせた。いつか可愛い我が娘を一人にしてしまう時がくる、その時にこの子は何よりも絶望し孤独を感じる。そして人間にも触れ合う機会が来るだろうからと。人は何か不安感を感じた時、それを排除しようとすると母親は言った。

当時の私はまだお母さんの腰くらいの身長しかなかったっけ?たしか編み物をしてるお母さんの邪魔をするように抱きついて。

そんな話をしていたなと懐かしむと同時に、切なさを顔に出し彼女は考え続けた。

彼女の母親は人間の脆さ、そしてだからこそ団結した時に見せる強さと狡猾さを教えた。小さな娘には酷な話だと分かっていても、彼女の同胞達がどのような被害に遭ったかを丁寧に言い聞かせた。

その中で一際彼女の印象に残ったのは、善意を餌にする人間もいる。という事だった。


「ぜんいをえさに?」


耳に馴染みのない言葉を口にしながら、幼い彼女は母親に問うた。

良い人を装って近づいて自分を信用させたところで危ないことをしてくるのよ。

編み物を横に置き、いつかの別れを頭の片隅に置きながら、何よりも愛おしそうに彼女の頭を撫でる。


「なら、人と関わらない様にしたらいいんじゃないの?」


危険があるのなら、そこから遠ざかるべきだという当然な事を幼子は親に問いかける。

それが最善だと母親も頷くが続けて、でもねと声を出す。


「私達も人も、孤独には耐えられないの。だからいつか、貴方も私がいなくなった後、きっと旅に出る」


だから、人と関わるにしても深く深く考えて行動する事。人生で一人か二人しか私達に恐怖を感じない人に出会わないから。娘は母親がいなくなる実感をまだまだ認識できないが、不安は感じ取ったらしく、口を尖らせながら、つぶらな瞳を細くさせた。

娘のその様子をみた彼女は確信から来るものではないと分かっていたが、いつかこの子が挫けそうになった時の助けとなる様に、大丈夫よ私の自慢の娘なんだからと精一杯、強く、そして柔らかく抱きしめ、瞳に謝罪と慈愛を込めながら彼女は娘の頬にキスをした。


止まった時間が終わった時、彼女の頬には一筋の雫が流れ落ち、わずかに母親の暖かな香りがした。流れ落ちた雫はやがて体を濡らす雨と混じり消え、それと同時に声がした方向を向いた。

先程飛び越えた小川と平行に立ち並ぶ民家の右側、おそらく家の裏口である扉の前にその男は立っていた。

彼女は母親の言葉を思い出し深く深く考えて行動するべきだと考えていた。

彼の瞳を見やると彼もまた彼女の瞳をしっかりと見つめていた。

信じられないのは分かっている、だからしっかり僕を見ろ。その目でそう言い終えた様に思うと何よりも理知的な笑みを浮かべた。

それは彼女の母親にもよく似た、ぬくもりを感じるものだった。

その瞬間、辺りの雨は邪魔なものから今この瞬間を飾りつける心地いい音と模様になり、彼女は目を見開いたと同時にその男の元へ全力で走っていった。

何してるんだろう私、お母さんにはあんなに念を押されたのに。酷い目に遭うかもしれないのに。

彼は彼女が辿り着く完璧なタイミングでドアをあけると、静かにねと人差し指でジェスチャーを残し扉を閉めた。



扉が閉められる衝撃と共に薄暗い室内に埃が舞う。鼻についたのは湿気で若返り、描かれた時を思い返すようにして漂う絵の具の匂いだった。床に雑多におかれた絵画達は様子から見るにコレクションではないだろう。彼女の前に佇むキャンパスに描かれたこの街の教会は竣工の瞬間を待ち侘びていた。

上下させる体と共に焦りから来ていた頭が落ち着いてくる。

だがそれと共に心臓は痛いくらい脈うっていて、その音は彼女の不安を演奏するように身体の中を駆け巡っている。


私は何てことをしてしまったんだろう。


衝動に身を委ねた結果に恐怖がよぎる。入った扉とは別の扉を探して今すぐにでも逃げてしまおう、今ならまだ取り返しがつくはずだ。


駆け巡る恐怖に縛られた体を解こうと、意を決して動こうとした時、この部屋に招いた青年が声を出した。


「危なかったねぇ…」


扉の方からこちらへと向きを変え、ホッと息を漏らしながら私を救ったと思われる青年は呟いた。

身長が175程ある私と比べると小柄なその青年は柔らかな笑みを浮かべながら体を飾る雨粒を落としていく。

先程は逃げるのに夢中で気が付かなかったが、彼はどうやら左腕に該当する部分が存在しておらず、品質の良さそうな白い長袖のシャツが肩から下にかけて、主人を見つけられずにゆらゆらと泳いでいた。


「あのっ…ゴホッ…えっと…」


声を出したのが久しぶりだという訳ではない、気が遠くなる年月を独りだった私は、いつからか自然と独り言が多くなっていた。

だけど、今この時に限っては極度の緊張と不安が相まって、喉にある声帯が、頭の中の言葉を発するために震えてくれない。


「…焦らなくていい、君の様子?性質っていうのかはたまたま見てたから、君の焦りや困惑も自然の反応だろうし」


急な状況に無理にでも対応させようと、脳が呼気を少しだけ荒くさせ、湿気じゃない水気が体を湿らせる。

言葉を紡ぐにはまだ遠く、目だけが懸命に情報を取得している。

小柄な青年は白いシャツにジーンズというシンプルな服装で、くるぶしまで包み込む革製品の茶色い靴がジーンズによって踵の少し上ほどで隠れていた。

彼女にとって何よりも目を惹いたのは、欠損した腕の存在ではなく、邪な様子を一切見つけられない程の必要以上に無邪気な笑顔だった。

初対面の彼女に限らず、熟年の友人であっても彼の魅力は何だと問われれば迷わず笑顔と答えるだろう。

彼の前髪は目を覆う程の長さで、後ろ髪は肩甲骨を隠すほどに伸びきっていた。

髪達は個性を発揮するよう右へ左へ、はたまた上へと、その魅力を各々が最大限に演出しているかのような黒髪の癖毛だった。

寒い地域の可愛らしい大型犬を思わせるモフモフの髪は彼の笑顔から来る癒しを際立たせる。


彼女はその青年の様子にある意味、見惚れていると自然に息が整っていた。


「あ、ありがとうございます」


私は恐る恐る言葉を発する。

先程までの喧しい衛兵達の鎧が擦れ合う音はどこかへ消え、雨音だけがさまざまな場所で奏でられている、だけどこの部屋には静寂だけが満ちていて私の声は耳障りな程よく響いた。


青年はフワフワな髪を揺らしながらニコリと表情を作ると口を開く。


「都市部での魔女狩りの活動は穏やかになってきてるけど、ここ見たいな田舎の辺境はまだまだ気を抜けない」


青年がいうのはこの世界の暦でいう1.7 廻天(かいてん)初頭から現在の1.8廻天半ばの今まで続く魔女狩りという現象についてだった。

1.6廻天後半から厳しい寒冷化が各地を覆い、餌場を失ったネズミが民家に居を構えると後に名付けられるペスト菌ならびペストとされる病気がノミや肺にペストを患った人の呼気から感染し多くの人々を死へと追い込んだ。

その1.6から1.7廻天にかけてサクラノトス及び近隣諸国をペストが飲み込むと当時原因不明のソレを「魔女」の仕業とし、呪いという非科学的な災厄をばら撒くと疑われた人々が王国や貴族と「多数の市民」によって訴えられ、町の至る所で子供には見せられないような酷い光景が繰り広げられた。

青年は幼く癒しを漂わせる雰囲気とは裏腹に知的な口調で言葉を続ける。


「僕にはよく分からないけれど、君のその周りから一瞥を受ける様子を見るに魔女狩りの対象になってもおかしくない」


彼はごめんね酷いことを言ってと尻尾のように振る舞う髪の毛を気持ちぐったりさせそう言う。


「いえ、それは事実で貴方が気を悪く必要はありません」


あたふたと罪悪感を感じる彼を否定するようにそういうと私はずっと奇妙に感じていた事を口にする。

そう、私にはそちらの方がずっと重要な事だ。

先にも彼が言ったように私はいるだけで悪い意味で『一瞥』をうける。

私を縛る、忌むべき特性。

私を孤独にする、憎むべき特性。

怯えを貪る、人の『天敵』である特異性。

その性質を持つ私に一瞥をくれる事なく、そこにある普遍と捉えている彼の私に対する特異性についてだ。


「貴方は…私を…その…怖いと思わないのでしょうか」


私を大衆と同じ人間と見れている人に向けた意味を持つ質問を私は恐る恐るなげかける。

孤独を必然にする私にとって初めての問いだった。


わずかな沈黙。

雨の音、キャンバスに住む絵の具の匂い、私の心の空模様は曇天。


これが、彼と私の始まり。

悲しく、愛を含んだ意味で私の心に傷を残すことができる人との出会い。


彼は私がした質問とその意図を正確に汲み取って答える。

モフモフの髪に天使のような笑み、湿った今日にはちょうどいい微かなミントの匂いを携えて。




「大丈夫だよ」




ヴァージン・エピローグ

序章 『唯一』 


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