第8話「共存条件」
固定された“それ”は、動かない。
白い歪みは、そこに“ある”。
ななが息を整える。
「……止まってる」
ゆたかが頷く。
「見てる限りな」
神父が静かに言う。
「観測により状態が維持されています」
人面犬が鼻を鳴らす。
「見続けるしかねぇってことか?」
ゆたかは首を振る。
「それやと終わらん」
一拍。
「見続ける=関わり続けるや」
ななが眉をひそめる。
「じゃあどうすんの」
神父が言う。
「条件を整理しましょう」
静かな声で、順に並べる。
「テケテケは——」
一つ。
「観測されないと不安定になる」
二つ。
「観測されると位置が固定される」
三つ。
「位置が固定されると、距離が成立する」
一拍。
「距離が成立すると接触の危険が発生する」
ななが呟く。
「……全部つながってるやん」
ゆたかが言う。
「せや」
一拍。
「どれか一つでもズラせばええ」
人面犬が笑う。
「全部満たさせなきゃいいってことだな」
ななが少し考える。
「見ぃひん → 無視」
「見る → 固定」
一拍。
「どっちも極端やな」
ゆたかが頷く。
「せやな」
その瞬間。
“カッ”
音がわずかに鳴る。
固定されているはずの“それ”が、微かに揺れる。
神父が言う。
「干渉が再開しています」
人面犬が舌打ちする。
「黒幕だな」
ななが呟く。
「またルール変えてくるん……?」
ゆたかが低く言う。
「変えるんちゃう」
一拍。
「“崩す”んや」
“声”が響く。
「どちらでも、届く」
空気が歪む。
固定されていたはずのテケテケが、ぼやける。
ななが叫ぶ。
「また消える!!」
神父が言う。
「観測の安定が崩れています」
人面犬が笑う。
「極端が通じねぇってことか」
ゆたかが小さく言う。
「なら——中間や」
ななが振り向く。
「中間?」
ゆたかが静かに言う。
「見るけど、追わん」
一拍。
「気づくけど、意味づけせん」
神父が補足する。
「弱い観測状態」
人面犬が笑う。
「曖昧に扱うってことか」
ななが深く息を吸う。
そして、ゆっくりと“それ”を見る。
だが、凝視しない。
ただ、“そこにある”と認識するだけ。
距離を測らない。
怖さを広げない。
「……おるな」
それだけ。
“カッ”
音が鳴る。
だが、動かない。
完全には止まらない。
完全には消えない。
中途半端に“存在する”。
神父が言う。
「安定しています」
一拍。
「干渉が成立していません」
人面犬が笑う。
「これだな」
ゆたかが小さく頷く。
「共存条件や」
ななが呟く。
「……消さんでええんや」
ゆたかが答える。
「せや」
一拍。
「消されへんもんは、付き合うしかない」
“声”が再び響く。
「それでいい」
空気が静かになる。
テケテケの歪みが、ゆっくりと後退していく。
消えない。
ただ、離れていく。
関われない位置へ。
ななが息を吐く。
「……終わり?」
神父が答える。
「収束です」
人面犬が笑う。
「消えてねぇけどな」
ゆたかが言う。
「それでええ」
一拍。
「“おるけど来れん”」
ななが小さく笑う。
「変な終わり方やな……」
ゆたかも少しだけ笑う。
「それが答えや」
夜は静かに戻る。
だがその静けさの中に、確かに“何か”は残っている。
消えないもの。
だが、恐れる必要もないもの。
■ 第12章 第8話 終




