第7話「観測者」
音は、まだ鳴っている。
“カッ”
近い。
“カッ”
遠い。
だが今は、違う。
ななが呟く。
「……さっきとちゃう」
ゆたかが小さく頷く。
「せやな」
一拍。
「“見られとる”だけやない」
神父が静かに言う。
「相互観測状態です」
人面犬が笑う。
「覗き合いってやつか」
“カッ”
音が鳴る。
だが今度は、わかる。
どこから来ているか。
ななが目を細める。
「……あっちや」
指をさす。
白い“線”。
接触点。
そこに、いる。
ゆたかが低く言う。
「よし」
一拍。
「“見る側”に回れ」
ななが戸惑う。
「見るって……さっき見たらあかんって……」
神父が補足する。
「“見られる”のではなく、“見る”のです」
一拍。
「主体の逆転」
人面犬が笑う。
「主導権の取り合いだな」
“カッ”
音が強くなる。
近づいてくる。
だが——
ななは目を逸らさない。
見る。
しっかりと。
白い歪みを。
その瞬間。
“カッ”
音が止まる。
ななが息を呑む。
「……止まった」
ゆたかが言う。
「固定されたな」
神父が続ける。
「観測により位置が確定しました」
一拍。
「曖昧さが消えています」
人面犬が鼻を鳴らす。
「逃げ場もな」
だが今度は違う。
逃げる必要がない。
ななが一歩踏み出す。
怖い。
それでも進む。
「……見えてる」
白いそれは、もう“曖昧”ではない。
形がある。
歪んだ人のようなもの。
下半身がない。
地面を叩くように進む。
“カッ”
だが、動かない。
止まっている。
ゆたかが言う。
「観測された状態は動けん」
神父が補足する。
「不確定性が消失しています」
人面犬が笑う。
「なるほどな」
一拍。
「見られてると速い、見られると止まる」
ななが呟く。
「……逆やったんや」
“カッ”
音が鳴る。
だが、ズレている。
リズムが崩れている。
ゆたかが言う。
「干渉しとるな」
神父が静かに言う。
「黒幕です」
その瞬間。
空気が歪む。
白い“線”が揺れる。
テケテケの形が、ぼやける。
ななが叫ぶ。
「また消える!」
ゆたかが即座に言う。
「見続けろ!!」
ななが歯を食いしばる。
視線を外さない。
怖い。
でも、逸らさない。
「……見てる」
一拍。
「ちゃんと見てる」
“カッ”
音が止まる。
完全に。
テケテケの形が固定される。
動かない。
完全に止まる。
神父が言う。
「安定しました」
人面犬が笑う。
「やればできんじゃねぇか」
ゆたかが小さく息を吐く。
「これが答えや」
一拍。
「逃げるか、無視するか、見るか」
ななが小さく言う。
「全部使い分けるんやな……」
ゆたかが頷く。
「せや」
その瞬間。
“声”がする。
頭の奥に、直接。
「それでも、届く」
空気が凍る。
テケテケの形が、わずかに揺れる。
ななが息を呑む。
「……まだ来るん……?」
神父が言う。
「干渉継続中です」
人面犬が笑う。
「簡単には終わらせてくれねぇな」
ゆたかが前を見る。
固定された“それ”を見ながら言う。
「終わらせるもんちゃう」
一拍。
「付き合い方を決めるんや」
夜はまだ続く。
だがもう、ただの恐怖ではない。
“理解”が始まっている。
■ 第12章 第7話 終




