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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第一章:『角無し』の少年
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望む果ては遠く

「僕の名前はカズマ・ミカゲと申します。みなさん、どうぞよろしくお願いします」


(ぎゃははははははは! ぼ、ボクっ、僕とか言ってるぞアイツ、あはっ、あはははははははははははははははははは! ヤベェっ、苦しいっ、隠れて笑い堪えるのどんだけ大変だと思ってんだよバカバカ、しかもひ弱そうな声出してんじゃねーよっああっはははははあははははは!!)


 ――以上、ルディの心境全文。


 ともすれば悶絶死しかけるぐらいルディは苦しい想いの裡を抱えていた。冷静になれと深呼吸を心掛けていたが、口を開いた瞬間爆笑して顰蹙を買いそうだったので只々耐えるしか無い。お陰で福の神のような表情になってしまっていた。

 それもこれも『角無し』の侮蔑ネタをエレオノーラ相手に使ってしまったので、同じネタはつまらないとか一真が言い出したからだ。だからと言って、まさか猫被りの良い子ぶりっ子を演出するとはルディも予想していなかった。それだけにインパクトがあり過ぎる。確かに見た目は十六歳の少年だし、精悍という顔付きでは無かったが、いくら何でもこれは酷い。一真の本性というか、素の顔を理解しているルディにとっては拷問にも等しい時間だった。


「彼は見ての通り竜族ではない。それどころか我々が知る顕現器官をまるで持たないのだが、入試成績を考慮するにまるで苦にしていない。みんな、仲良くするように」


 竜族の男性講師が綺麗に纏めたが、どうみてもそれは遠くの地からやってきた転校生に対する紹介か、虚弱体質の子供を紹介するかのような扱いだった。一真もひ弱そうな少年を存分に演出する為、背筋を伸ばさず肩の力を抜き、いかにも頼りなさげな笑顔を作り、教室の端まで最低限聴き取れる程度の声量しか出していない。


(あーやべ~、可笑しー。絶対騙される奴が出てくるよなぁ)


 これで一真の実力を知る前に自己紹介という形で偽装されてしまった。教室に居る竜族の約四分の三は一真が『角無し』という事もあってか、入試結果が如何に高かろうと自分達が本気になれば負けることはないと思っている表情だ。残りは幸いにもエレオノーラと一真のやりとりを注意深く見ていた者達で、あまりの態度の違いに唖然としていた。今頃頭の中で『どっちが素だ?』と考えを巡らせていることだろう。



 ―― ・ ――



「彼に関する質問は各々プライベートな時間を作って友として聞き出すように。では戻りなさい」

「はい」


 一真は足音一つ立てず、静かに自分の席へ戻っていく。一真が椅子に座ったのを確認し、教諭はポケットから白い手袋を取り出した。非干渉術式の魔方陣が刻まれた特殊手袋だ。彼はそれを手に嵌め、教壇から分厚い用紙の束を取り出す。


「それでは適性検査を始める。これから私が一人一人に配るので、一番最初のページに手を当てなさい、それで結果が出る。ああ、出るまで誰にも触らせない様に。いいね? 人に見せるのは構わないが……そうだな、五分は自分だけで読むように」


 教諭はそう言い渡し、一人一人の机に手早く用紙を置いていく。一真は最初に配られた席を見て、検査用紙は一枚ではなく五枚セットで渡されていたことに少し驚いた。ルディの説明から想像していたのは簡略化された検査で、一枚の紙に曖昧な書き方がされているものだと考えていたからだ。実際はそれなりに細かい評価が下される様で、一真は納得した面持ちで自分の番を待つ。一分もしない内に用紙はクラス全員に行き渡り、各々緊張した面持ちで最初の用紙に手を当てている。ある意味当然だろう。この学校に入れたのは自身に最低限の適性があったからだが、ここから先は己の才能も直視しなければならないのだ。


(さてと、どれどれ)


 一真が手を当てた最初の検査用紙に変化が起きた。用紙の端々をぐるりと一周する文様以外の空白、その三分の二を使って黒い線画が描き込まれていく。まるで見えない画家が同じく見えないボールペンを使って絵を描いていると言った所か。徐々にそのシルエットが顕になっていく。それは人の手、それも左手だ。精緻な描き方をしているが、所々に空白がある。


(手……グローブか?)


 つまり徒手空拳。その考えに至った理由は左腕の方が強い力が出せるからだが、生憎一真は利き腕と言った概念を持ち合わせていない。生まれつきの両利きなのだ。どちらの手で書いても文字は綺麗に書けるし、箸も使える。それでも細かいコントロールが欲しい時は右手を使い、全力で殴るなら左拳を使う。だから検査用紙に左手が描かれた瞬間、一真は真っ先に素手での戦闘を想像した。


(いや、違う)


 だが続きがあった。猛烈な速度で空白の部分が加筆されていく。開かれた左手には、中指と薬指に複雑な文字が刻まれた指輪が嵌められていた。更に仕上げと言わんばかりに、手首から指先まで円環と文様が囲んでいく。


「……指輪?」


 皆が静かに用紙を見ているというのに、思わず声が出てしまった。武具の適性と聞いて、まさか指輪がやってくるとは思わなかった。いっそ素手で戦えと言われた方が「はい、分かりました」と素直に言える気がする。


(あとは適性ランクとコメントか)


 適性、それに付随するコメントの欄が残りの空白を使って書かれていく。それらは竜言語で書かれており、内容はそこそこ纏められているものだった。


・種類:指輪

・ランク:A++


(……貴方は環境や精神状態に左右されず指輪の力を全て引き出す事が出来る。それだけでなく反抗的な指輪さえ貴方に付き従うので、指輪に纏わる不利益、相殺、呪いと言った事象全てをキャンセル出来る。また万物に感謝を捧げ、何事に対しても真摯な向き合い方を好む人柄は指輪に限らず、持ち主を選ぼうとする宝物の類に好まれるだろう。故に貴方が望まずとも彼等は縁を繋ぎたがる。その手に掴んだものが指輪以外であったとしても『宝物』『財宝』の属性を有しているなら彼等は積極的に力を貸し与え、十全の能力を発揮する……か)


 随分と過分な書かれ方がしているが、一真に全く心当たりが無い訳でもない。一真の実家――つまり御影――の資産を現金化して孤児院辺りにでも寄付しようとした時、財宝の類が山程出てきた記憶があったからだ。それらは一つ一つ大切に保管されており、白い手袋を嵌めた鑑定人の爺さんにとても保存状態が良いと褒められた。中には値を付けることも出来ず、国の博物館に寄贈した逸品もある。なのに収集家にしては分類がバラバラで、不審に思って記録を調べてみれば譲り受けた物が大半、という顛末。昔からそう言った気質があったのかもしれない。


(さて残るは……軍属B++、学者C、官僚B+……神職A++)


 探求、追求心に欠けているのを一真は自覚していたので、学者に向いていないのは理解していた。それでも神職A++の結果は“しがらみ”を感じて素直に喜べない。どこをどうしたらこんな適性の高さが出てくるのだろうか。これから自分が埋葬しようとしているのはそうしたモノだろうに。と、一真は溜息を吐きたくなる。


(それでも道はある)


 神職の適性が高いということは、つまり神や癒しに対する縁が深いことを意味する。回復や解毒、解呪と言った系統の魔法の習熟が早く、より高いレベルで行使できるという事だ。御影の力を使わずとも人を助けられるであれば、それに越したことはない。一真はポジティブに思考を切り替えた。


「……カズマ、どうだった?」


 後ろの席から声が掛かる。もう五分経ったのか、ルディの言葉を皮切りに教室中がざわめき始めた。小声ながらも自分の用紙を見ながら独り言を呟く者、前後左右のクラスメイトと用紙を見せ合う者、様々だ。一真は後ろを振り返り、ルディの机に検査用紙を置いた。


「神職が予想通り……軍属B++、官僚がB+。一番低いのが学者のCだ」

「……こっちは軍属A、官僚学者C、神職がB+だ」


 軍属がAランクという言葉を聞いて、一真はルディの父親――ルオルグ伯爵が現役将校だというのを思い出した。……斬り掛かられた記憶と一緒に。神職の適性が高いのは、恐らく白竜の血を引いているからなのだろう。


「武具は?」

「サーベルだな。適性B++、二刀流と魔法剣の適性があるそうだ」

「カッコイイから良いじゃないか。大勝利だろ」

「……ほほう? カズマくん、君の結果はどうだったのかな?」


 反撃の機会を得たり。ここぞとばかりにルディは底意地の悪い笑みを浮かべた。一真は内心で舌打ちしつつ、隠すことではないと先程の絵を見せる。


「指輪だよ」

「指輪?」

「ああ。ちゃんと書いてあるだろ?」

「おお、ホントだ。えーとなになに……? ほう……ふむ……うん」


 ルディは一真の検査用紙を片手に目線を左右に動かす。ものの十数秒で読み終わり、なんとも言えない微妙な表情をしだした。


「……ランクも能力も使いようによっちゃ凄いんだろうが。まず指輪が無いと始まらない感が半端ないな」

「これって迷宮に行って財宝探して来いって暗に言ってるよな」

「だなぁ。見つけてこないと力にならないし、見つけてくるには命懸けだし」


 迷宮の怪物は凶暴だ。容赦なんて言葉は持ってないし、待ってもくれない。文字通り、殺るか殺られるかだ。


「……黄龍大会って迷宮に入り浸ってる人達が参加するんだよな?」

「ああ。それも学業との両立をキチンとこなしてるような人ばっかりだよ。みんな強い」

「俺が出場したとして、何処まで行ける? 客観的に見てだ」

「お前が幾ら常識外れと言っても、通用するのは二年生が限界だな。顕現器官を持っていないから、魔力構築はC++のまま。……準備万端で策を弄して……いいとこ四回戦敗退だな。まだまだ優勝には届かない。基本的に魔法合戦だからな、氣力(フォース)使ってガードしても反撃できなきゃいずれ破られる」


 つまり、今のままでは一真は間違いなく負ける。どうにかして力を付けないといけないということだ。


「……迷宮行くか」

「一人では行かせないつってんだろ?」

「約束は守る。大丈夫だ」

「仮に行くとして、お前の担当なんだが」

「後方支援でヒーリング担当とかどうよ」

「よし、拳で戦うんだカズマくん」

「リアルでモンクタイプ……だと。まぁやろうとすれば出来るだろう。大分鈍ってるから勘を取り戻さないとな」

「まぁお前とパーティ組めば僧兵入れなくて済むしなー。俺も覚えようとすれば高位回復使えるし」


 竜帝校の迷宮に潜る時、基本は四人一組だ。それ以上になると何かしらのアクシデントが起きた際、身動きが取り辛くなる。だがメンバーの神職適性が揃って低いと、簡易式の回復魔法しか使えなくなる。いっそ回復を諦め、火力特化型の四人で目に付いた怪物を片っ端から殲滅するか、迷宮での怪物討伐を修練として自分に課した僧侶――通称『僧兵』を金で雇い入れて火力三:回復一で進むか。どちらかを選ぶのが定石だ。一真とルディが組むなら残りは火力だけで事足りる。

 

「ねぇ」


 さてどうしよう。と、そんな折、隣の席から声を掛けられた。




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