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伯爵対応

「また来るよ、フィー」


 最後に一言だけ添えて、一真はフィーの部屋の入り口を閉める。と、同時に溜息にも似た息が口から溢れた。気を取り直すために額を中指で何回か叩く。扉の前で棒立ちしていても不審がられるだけなので、客室に戻るルートを進みながら思考を巡らせる。


(……ルディの奴、だから俺に言わなかったな?)


 『だから』の部分を説明するには、先程の話で何が嘘で何が本当なのか整理する必要がある。まず『フィーが盗み聞きした』という点が嘘である、と一真は考えた。フィーはルディの家族なのだから、ルディが全寮制の国立学校を受験するという話を知っていても可笑しくはない。爵位を持つ人間が入学、卒業することが一種のステータスであるなら、ルディの成績が上の中である事実を考慮すればむしろ真っ先に想定する筈だからだ。もし一真が伯爵の立場なら、フィーにキチンと伝えた上で「プレッシャーをかけるな」と言い渡す。その流れの方がより自然に思えた。

 逆に本当の部分は何処なのか。それは『フィーがルディを心配している』という点だろう。自身の体験談は無く、情報は常に他者から齎される。厳しい、辛い、大変という言葉が当然のように付いて回れば、如何にルディの成績が優秀であろうと不安な気持ちは拭えない。

 この二つを並べた上で一真は『本当の事を強調するために嘘を混ぜた』と結論付けた。偶然こんな話を聞いてしまって、不安が一杯なのだと、そう強調するために。では何故、そんな事をする必要があったのか。その『目的』の部分が『だから』にあたる。


(誘導、揺さぶりと、牽制……。要するに『出ていくな』と言うことか)


 あと二年で一真がこの屋敷を離れるのは半ば決定事項だ。それは伯爵やルディにも伝えてある。だからルディは「力になってやりたい」という一真の保護欲を掻き立てて、どうにか離れたがらない理由を作ろうとしたのだ。一真としてはフィーを利用しているのが感心出来なかったが、淀みない会話から察するにフィーも賛同した上での協力行為だったのだろう。 


(でもそれは伯爵次第だよ。ルディ、フィー)


 オルガイア家当主であり、領主でもあるルオルグ伯爵の意向は無視できない。してはならない。もし一真を客分として遇することが伯爵の不利益になるのなら、一真は今日にでも屋敷を出ていくし、外に出てどうにか受けた以上の恩を返そうとするだろう。その覚悟はこの屋敷に来た日から変わらない。伯爵には一真から一切の虚飾を排した真意を伝えている。どう受け取るか、どう決めるか、それは伯爵次第だ。


「……ん?」


 一真から見て廊下の向こう側から、黒に近い濃い紺色のストライプスーツと同色のコートに身を包んだ偉丈夫がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。刈り揃えられた白の頭髪、顎の輪郭に合わせて揉上から半周する威厳ある髭、大小あわせて四本の白巻角。コートの両肩には控えめながら金色の肩章が付いている。一真は廊下の端に寄り、偉丈夫との距離が目測でおよそ5メートルに縮まってから恭しく一礼する。


「お帰りなさいませ、伯爵」


 この偉丈夫こそルディ、フィーの父親であり、この屋敷の主――竜伯爵、ルオルグ=オルガイアだ。音から察するに、館内だというのに帯刀もしている。仕事帰りでそのままこちらへ来たのだろうが、それにしては何時もより二時間は早いと一真は思った。


「うむ」


 ルオルグは低い声で返事し、ちらりと一真の方へ視線を投げた。


「カズマ。(おもて)を上げよ」

「はい」


 一真はルオルグの瞳のやや下、頬に向けて目線を向ける。冷静沈着であまり表情を表に出さない、威厳のある顔つきにも思えたが、今日は笑みのようなモノが薄っすらと浮かんでいるのが伺えた。


「オルガイア伯爵として、お前に命ず」

「はい」

「全力だ」


 主語の抜けた言葉の意図が読めず、一真の目線が思わず胸元まで下がった。問いかけようと、再びルオルグの顔に目線が登った時――考えるよりも速く、総身が臨戦態勢に移行する。


「全力で対応しろ。よいな?」


 鯉口を切る音を拾った瞬間、間髪入れず膝の高さまで身を屈めたことが功を奏した。右手を起点に両足と全身のバネを最大限利用し、ルオルグがやってきた方向へ跳ぶ。


「――っはぁ、ッ」


 一真の息継ぎと同時に、一真が先程まで居た壁が斜めに大きく裂けた。壁の素材が元々頑丈な為か剣線の跡が見えるだけで崩れ落ちたりしないが、剣の横幅よりも遥かに広い範囲が吹き飛んでいる。あの一撃を被弾した場合――そこで一真は愚考を打ち切る。


「ふむ」


 ルオルグは斬撃の跡地を一瞥すると、片刃の剣を肩に担ぐ格好で一真の方へ振り返る。一真はゆっくりと息を吸い込み、長い時間を掛けて息を吐き出した。既に次の斬撃とそれに付随する追撃に備え、幾つか回避するルートを模索し終えている。


「あ奴の言った通りであったか」


 ルオルグは一人納得したように軽く頷くと、剣を鞘に仕舞い両手を後ろに回した。一見、敵意のない事を示しているようにみえるがブラフの可能性もある。一真は警戒を解かなかった。


「もうよい。先ので仕舞いだ」


 そこまで聞いて、ようやく一真は全身の力を抜いた。溜息混じりになりそうな息を無理矢理飲み込み、背筋を伸ばしてルオルグと向き合う。


「あの」

「なんだ」

「……俺、殺されかけるほど悪いことをしましたか?」


 思わず一真は素の口調になりかけたが、このぐらいは言っても罰は当たるまい。その言葉を聞いた瞬間、ルオルグは豪笑した。


「殺す気があるならわざわざ声など掛けたりせぬわ。うわっははははははは!」


『ヘイジョニー、ドラゴンジョークってのはキツイものがあるな』

『おいおいマイケル、サムライの国出身のカズマが捌けない筈がないじゃないか』 

『おおっと、それもそうだ。こいつは一本取られぜジョニー』

『『HAHAHA!』』


 ――などとヤンキー風脳内漫才が通り過ぎる頃にはルオルグの笑いも鳴りをひそめ。


「ま、試験のようなものだ」

「お眼鏡に適いましたか」

「うむ、文句なしに合格よ」

「……一応、科目をお聞きしてもよろしいですか?」

「我が家の執事――と言いたい所だが、決めるにはまだ早かろう」


 確かに二年と数ヶ月あるが、伯爵の決断なら早めに聞いたほうが良いと一真は思っていた。


「だから竜帝校の受験資格とした」

「……?」


 ぷっつりと、一真の思考の糸が切れた。頭の中が真っ白になるとか、何も考えられなくなるとか、声が出ないとか、そういった経験を一真はしたことが無かった。それだけ伯爵の言葉は衝撃的であり、口を僅かに開いた一真の顔からも見て取れる。伯爵は一真の顔を見て満足そうに笑みを浮かべ、


「なーに、他国からの留学生も入る。角がないのはお主だけではないから安心せい」

「なっ、えっ?」


 なんとか出てきた言葉も言葉になっていない。思考が追い付かない。


「来年はフィーリアも受験させるからのぅ。いや、あいつは出来が良いから飛び級させて一緒に受験させるか」

「は、え、ちょっ、伯爵……!?」

「まさか断ったり、受ける前から諦めたりしておらんだろうな。公爵閣下の判を貰うのに苦労したのだぞ?」

「――」


 僅かに滲み出る殺気のようなモノを感じて、ようやく思考が一つに纏まっていく。


「あ……、と、いえ、伯爵」

「うむ?」


 ここまで言われては是非も無し。一真は膝を折り、深々と一礼するが――心なしか、声が震えていた。


「過分なご配慮、感謝の念に堪えません。……謹んでお受けいたします」

「うむ。今宵より雑務一切の受注を禁じ、各使用人にもそう伝える。精進せい」

「全力を尽くします」


 ルオルグは大きく笑みを浮かべると一真に立つよう促し、それを受けて一真は立ち上がった。その頬にわずかな赤みを帯びているのは、気分が高揚しているが為か。


「カズマよ」

「はい」

「竜帝校には一年に一度、祭りがある。中身は知っておるか?」

「いいえ」

「黄龍大会――個人競技だが、コレに優勝すれば国王陛下より宝を賜るしきたりでな。中には願いを叶える宝石もあるという」


 願いを叶える宝石。その存在を告げたのは、ルオルグが御影の『在り方』を知っているからに他ならない。


「もしお主が変わりたいと願うなら戦え。勝って掴みとるがよい」

「……ありがとうございます」


 言い切り終わった時、一真は舌を噛まずに答えられた自分を褒めてやりたい気分だった。だがそれ以上に急務がある。


(ルディの野郎……俺の命を縮める気か)


 ルオルグが『あ奴』などと称するのはルディぐらいのものだ。とっちめてやらねば気が済まない。隠しきれない笑みを無理矢理堪えながら、一真はルディの部屋へ向かうのであった。





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