親友
ルディの部屋だし、一応ノックぐらいはしておこう。一真はそう思ったが、結局拳で扉を叩きつけた上で蹴破るようにして扉を開けた。最早マナーもへったくれもない。が、部屋の主は冷静になったらどうせ落ち込むのは自分だろうと、にこやかな笑顔を浮かべて友を迎えた。
「ルディ!」
「何だい、心の友よ」
「ぐ、ぬ……っ」
慈悲という言葉が似合う笑顔に呑まれ、一真の二の句は直ぐに出てこない。
「……竜帝校のパンフレットをくれ」
「ああ、それか。ちょっと待ってろ」
そう言いながらクリアファイルに閉じられたパンフレットをすぐに取り出す辺り、一真が部屋に突撃してきたことも予測していたのだろう。苛立ちが最高潮に回った所で、ようやく口が回り始めた。
「よくも伯爵まで引っ張り出しやがったな。お陰で命がいくつ在っても足りねーぞ」
「え、なに? あの音って父上が刀抜いた音だったのか?」
「……そーだよ」
そう答えた瞬間、ルディは腹を抱えて笑い出した。よっぽど可笑しいのか、高級家具の机からヒビ割れる音が響くぐらい強く叩いてた。
「あっははははははははあはははははははは! 斬られたのかよ! フィーのシュンとした姿にコロッとヤラれちまえば避けられたのに! どうせお前のことだから大人しく斬られる気は無かったんだろ? 成果から言えば超万々歳じゃないか、あっはははははははは!」
「……ぐぬぬ」
言い返せないのが悔しい。実際にそうなのだから余計にタチが悪い。
「あー……笑った笑った。それで? 受けるだろ? 受けないって手もねーもんな、クッククク……」
「そりゃあ……なぁ」
それはルディの言う通りだ。何処の馬の骨とも判らない放浪者と、竜帝校の卒業生を比べたら扱いが体長十センチのトカゲとティラノサウルスぐらい違う。ルディから借りた資料に目を通してみれば、それはより明らかだ。上手く行けば、いや、確実に市民権だって取れる。
「それもこれも、まずは入学出来てからだな」
そう、まずは入学出来なければ意味がない。最初の関門を突破するための受験勉強をしなければならないのだ。具体的にはあと二ヶ月で。
「『推薦なんて生温い。ダメ』っていう慣習のお陰でな、実際倍率が半端ねー」
「なんかフィーも一緒に受けさせるみたいな言葉が伯爵の口からポロッと出たが、あれもマジか?」
「マジも大マジだよ。父上からしてみれば受かれば儲けもん、受からなくても度胸と傾向が掴めるから損はないだろうって腹だ。フィーは俺より頭良いから、弾みで受かっても何とかなるだろ」
「よしんば全員合格できたとして、金大丈夫か? なんか見てるとやたら金が掛かってそうなんだが」
ルディは肩を竦めて、パンフレットの端を指差す。そこには竜言語で『国立』と書いてあった。
「ちゃんと国立って書いてあるだろ。お前の御国じゃ国立は国の支援受けられないのか?」
「まぁ……大方私立よりは安いな」
「そういうところはコッチだって変わらんよ。最難関の理由は安くてビックネームで人が集まるから。要は倍率が純粋に高過ぎるだけだ。コネやら地位やらが効くのは同じ点数でどうするかって時ぐらいだろうな」
一真はルディの話を軽く聞き流しつつ、ペラペラとパンフレットを捲っていく。国立とあるからには門戸は広く、貧乏人でも優秀なら授業料免除になる項目もある筈だ。勿論、優秀と名が付くからにはそれなりに大変で、具体的には総合成績上位四十名と書かれていたのだが。
「上位四十位以内に入れたら授業料免除制度……使わせて貰おうかな」
「スルーするな。つーか今だってウチは使用人七人も雇ってるのに金の心配とか今更だろ。入れたらそれもアリかもしれないが、皮算用も程々にしろよ?」
「目に見えない借金嵩んでいく感覚はルディには解んねーだろうな。俺、お前と伯爵にどんだけ貸し作ったら良いんだよ。心苦しいってレベルじゃ」
「……あ?」
ベチンッ!!
「ぬぐぉおっ!」
ルディのデコピンが一真の額にヒットした。急所でもないのに頭がクラクラする上にやたら痛い。それ以前に当たった時の音が尋常ではない。
「うーるっせーなっカネカネカネカネッ。俺等は、お前が居てくれるだけで楽しいんだよ!! あまりつまんねぇことで白けさせんな。金やら貸しやら勘定やら、もうとっくに元取れてんだよ。今更帳簿なんざいじらせねーからなっ」
「痛ぅ……悪かったよ」
「そこは『ありがとう』だろ?」
「…………ありがと」
「おう」
「俺さ、男の前で泣かないって決めてたんだ。でも今、めっちゃ泣きそうだ。主にお前の所為で」
「あー、それはウザイからお前の部屋でやれよ。野郎が慰めるのは女だけでいい」
「なにカッコイイこと言ってんだ。そういうのは未来の嫁さん相手にやっとけ」
一真は憎まれ口を叩きながら、込み上げてくる笑いを抑えなかった。
「でもさ。ホントお前達と出会えてよかったよ」
「なんだよ、藪から棒に」
「いいから聞いとけ。多分二度と言う事は無いからさ」
「……言ってみろ」
真剣な表情のルディを前に、一真は目を閉じて言葉を並べ始める。
「俺は御影一真だ。御影だけでも、一真だけでもない。二つ合わさった生き物だ」
「そうだな」
「けれど俺は、いずれ『御影』に殺される」
ピクリ、と僅かにルディが動く気配を感じた。一真は落ち着けと自分に言い聞かせながら言葉を続ける。
「『御影』が認めた善行の為ならどんな自己犠牲も厭わず、己の中身と引き換えに数多くの奇跡を行使し、自我と意志を塗りつぶしてでも達成させる決定意志。それが『御影』の在り方だ」
「……知ってるさ。それでもお前は俺達の友達だ」
「そんな伯爵家の為なら、俺は『御影』で在っても良いと思っていた。その結果、くたばっても良いとさえ思ってた。なのに伯爵家は、そんな俺の甘えを許してはくれない」
ルディから途方もない怒気を感じる。静かに、部屋を震わせる程に。
「――だから俺は『御影』を埋葬することにした」
一真は目を開く。真っ直ぐルディを見据えて。ルディは瞳を大きく見開いて、一真を見ていた。
「こっちの世界に来てから、俺は何一つ変わってない。俺自身、願い事なんて一つもなかったからな。ただ腹が減ったから飯を探して、たまに誰かの為に力を貸して、感謝されて、目に見える世界で笑顔が増えれば良いと思っていた」
それが一真の偽りない想い。
「だが、そうしてきた幾つかは俺の内にある『御影』が望んで成したことだ。俺はそれに耐えられるよう、自分を鍛えることしか出来なかった。仮にこのまま歳を重ねても、俺はいずれ力を使って誰かの為に死ぬだろう。事実と言葉だけを抜き出せば素晴らしい生き方に違いない。でも、もうそれは人じゃない。人の形だけを残した死者だ」
それが一真が見つめている現実。
「奇跡欲しさに弱者を盾にし、望みもしない子を残すことを強要し、最期はその在り方の為に死さえ肯定されてしまう。魂など何の価値もないと断ぜられ、己の意志が『御影』を超える事を許さない。それが俺の逃げてきた世界の選択だった」
それが元の世界から逃がされた理由。
「俺は我儘を貫きたい訳じゃない。守られるべきルールが破られ、たかが金の為に使い潰され、顧みられることなく捨てられた『御影』の為に、俺は人として生きたい。その為に人を腐らせる『御影』を埋葬する。『御影』の奇跡がどれだけ素晴らしい結末を齎したとしても、縋る人間に痛みが無ければ何度だって同じ過ちを繰り返す。人は誇りを失い『御影』に縋り続ける生き方しか出来なくなってしまうだろう」
誰にも告げることの出来なかった世界への批判。
「だから……その為にルディ」
勇気、という感情があるのなら。一真はありったけを振り絞ってルディに訴えていた。手は震え、息を吸うことさえ覚束ない。絶望的な対人恐怖に心を蝕まれ、こうして乞い願うことが奇跡とさえ言えるほどに。
「お前の力を、俺に貸して欲しい」
「任せろ。俺はお前の親友だ」
ルディは間髪入れずに返事を返した。
「……あり、がとう」
しゃくりあげる声は無かった。ただ、一真は静かに涙を流していた。ルディも何も言わない。慰めない。まだ何も成していない自分の言葉が、どれだけ無力なのか知っているからだ。策を並べ、小細工を弄し、親を引っ張り、四年掛けてようやく口にしてくれた友人の本音に、黙って向き合っている。だからだろうか。ルディと一真は、ようやく本当の親友になれた気がした。




