第一話 未練を抱きし既往
原案:ゆきげしょう オリジナルTRPG
「されど胸の灯火は消えずに歩ませて ~幻獣ハバキネスの件~」
執筆:ザイン=エル
「すごい砂嵐だったねぇ。このまま島に降りられないかと思ったよ……」
ぼやきながら船を降りる、眼鏡の青年。
首元に青い竜のバッジが輝いている。
数人が同様にぼやきながらぞろぞろと降りてくる。
全員の首元に同じ青いバッジが光っているのを見ると、全員が同じ組織の所属だろう。
その中で一際気配を殺した、黒い影のような革装束を身に纏った青年がいた。
一歩一歩油断がなく、痩せていて手足が長い。
そして、黒い刀を下げている。
銀色の髪が潮風になびいていた。
「……やっと、来たよ。姉さんのいる、この島に……」
誰にも聞こえない、囁きのような声。
ラベンダー色の瞳には、深い憎悪の色。
どれほどこの時を待ったことか──
青年ノクト・レヴァンスは、因縁をもつこの島を睨み据えていた。
◆
時は遡り、三年前。
「けほ、けほ……」
今日も、咳がとまらない。銀色の髪の少年──ノクトはベッドの上で咳き込んでいた。
こうなってしまうと、続きが気になる本も、一切手につかなくなってしまう。
「ノクティ、大丈夫?お水飲む?」
淡いきらきらする金髪の女性が、ノクトを心配してベッド脇まで駆け寄った。
「だ、だいじょう、ぶ……」
「もう、大丈夫な人はそんな風にならないのよ。ほら」
金髪の女性は、年が離れている姉、アイリーン。彼女は痩せた弟の体を優しく起こすと、ガラスでできた器を唇につけてやる。
「少しだけでいいから、飲もうね」
「……」
ノクトは大人しく従う。
喉が湿ると、咳は少しマシになる。
「ありがとう、姉さん……いつも、ごめん」
「またそうやって謝る~。姉さんはね、ノクティがいるから頑張れるの。わかった?」
そう言って、彼女はいつものように、優しくほっぺを擦り合わせた。
アイリーンはいつもそうやって愛情表現をしてくれる。
ノクトは、そうされると、ここにいていいんだという安心感を得る反面、照れくさく感じていた。
発作が落ち着いて、少し元気を取り戻した彼は、口をへの字に曲げた。
「あとさあ……そのノクティっていうあだ名、もうやめてよ。子供じゃないんだし……」
「ええ~?可愛いじゃない」
「オレ、もうすぐ十四歳だよ……。人前では絶対にやめてよね」
「じゃあ、人前じゃなきゃいいよね」
アイリーンはにこにことした笑顔でそう答える。
年の離れた姉は物柔らかな雰囲気なのだが、意外と譲らないところがある。
ノクトは、ベッドの上で膝を抱え、その上に頬を乗せ、アイリーンを不満そうに見上げた。
彼女はその不満をさらりと流して、
「でも、今日はすぐに落ち着いてよかったね。何読んでたの?」
「今日は東方の侍の話!」
ノクトはラベンダー色の目をきらきらと輝かせて言う。
自分で年齢がどうのこうの言っていた割に、子供のようにはしゃいで言った。
「侍は仇討ちの旅をしてるんだけど、旅の途中で子供を助けるんだよ。
で、そのせいで仇を逃がしちゃうんだけど、子供に優しいんだ。
強くて優しいの、すごいかっこいいよね!」
「そうなんだ。かっこいい人には憧れちゃうよね」
アイリーンは、心からにこにこしながらその話を聞いている。
「あとね、その前は剣術書を読んでたんだ。
好きだからくまなく読んでるけど、力がいらない護身術とかもあるんだよ。
もしかして、これならオレでもできるかなって」
「いいけど……ノクティ、無理しないでね?無理すると熱出ちゃうんだから」
「出ない範囲でやるもん」
また、ブーと不満を表す。
それを見てアイリーンは愛しげに微笑んだ。
「もう遅くなってきたから、寝なさいね。
また発作が出たら来るから。
おやすみ、ノクティ」
「はーい。おやすみ、姉さん」
静かで、とても穏やかな夜が横たわった。
◆
暖かい朝日が登った。
今日は少しノクトの体調が良いようで、アイリーンは日が穏やかなうちに一緒に買い出しにいこうと言った。
ごく近くを歩くだけだったが、ノクトは病弱であまり外出自体ができないので、それをとても喜んだ。
淡い金髪のアイリーン、銀色の髪のノクト。
陽の光の元で二人が並んで歩くと、絵のように美しく、髪色が違い年が離れていようと姉弟であることが一目でわかるほど顔貌がよく似ていた。
大輪の花のように美しく健康的なアイリーンに対して、ノクトは色白で翳りのある雰囲気ではあったが──
野菜屋や青果店、パン屋が並ぶごく近所での買い物だったので、ノクトにもそれほどの負担はなかったし、店主たちとは顔見知りだった。
パン屋の主のミラは、特にノクトと会えたことを喜んでくれていた。恰幅のいい大柄な女性だ。
「あら~ノクトじゃないの!久しぶりに見かけたねぇ。体調は大丈夫なの?」
「ありがとう、ミラ。今日は少しいいよ」
ノクトは、はにかみながら答える。
「パンは喉にイガイガ引っかかることがあるから、気をつけな。
あんたが食べるなら、スープに浸すほうがいいよ。
まっ、アイリーンがいるから大丈夫だろうけどねぇ」
「そりゃもう。ノクトの管理運営は完璧よ」
「姉さん……」
謎にドヤるアイリーンに、ちょっと呆れるノクトだった。
青果店、野菜屋、どこへいっても親しげに話しかけてもらって、普段はベッド暮らしのノクトは嬉しそうだった。
こういう日が、毎日続くといいのにな……
ノクトはそっと祈っていた。
最後に行った雑貨屋では、少しきな臭い話を聞いた。
雑貨屋の品揃えが少なく、アイリーンは櫛が欲しかったのだが売っていない。
店主に尋ねると、
「困ったもんでさぁ。うちのエリオス王国はまあいいんだけどねえ……ほら、東のアストーアと西のテンクルジヴァーはずーっと戦争してるじゃないの」
「もう十年以上になりますね……」
アイリーンはうなずく。店主は不満そうに続ける。
「アストーアのほうに大きな森林があるんだけど、戦争に木材を占有されたり、敵に森を焼かれちゃったりしてるみたいで……木製の雑貨が全然入ってこないのよ」
「ええ……そうなんですか。それは本当に困りますね……」
「まあ多分、仕入先を変えたりできたらもう少し品揃えは良くなると思うのよね。
ごめんなさいね、アイリーン。櫛はもう少し待ってね」
「わかりました。大丈夫です、少し櫛が折れてしまってるだけなので、まだまだ使えます」
アイリーンが笑顔で言い、二人は店主に別れを告げて雑貨屋を出た。
アイリーンは大きな紙袋を抱えて、ノクトは小さな紙袋を持っていた。
そうして二人は自分の家まで戻ってきた。
家の裏手の、少しだけ小高くなっていて見晴らしのいい丘に立つ。
今日は青空が美しく晴れ渡っていて、エリオス王国の果てまでも見えそうだ。
小鳥が飛び立ち、心地よい風が吹く。
アイリーンは立ち止まる。
美しいすみれ色の目が細められ、吸い込まれるようにその景色を見つめている。
ノクトは、景色ではなく、姉のその様子を見ていた。
アイリーンは美しい景色が大好きだ。
そうやって、思わず足を止めて風景に見入る姿を、何度見てきたことだろう。
そして、その度に愛しく思い、この人を守りたいと──たとえ今は無力でもいつか──そう、強く思っていた。
「そういえば」
アイリーンは景色からノクトのほうに目を移す。
アイリーンをみつめていたノクトはばちっと目が合ってしまい、急いでふいとそっぽを向く。
「もうすぐノクティの誕生日だね!
何作ってほしい?
お姉ちゃんおいしいもの沢山つくるよ~!」
「ええ、別に……
もう子供じゃないんだし、誕生会なんていいよ……」
「良くないでしょ!大事な十四歳の誕生日じゃないの。
ノクティは体が弱いから、大きくなれないんじゃないかってずっと心配してたんだから。
すごくおめでたいんだよ!」
「そう……?」
「そうだよ!
だからね、楽しみにしてて。
お誕生日の前に、お仕事でちょっと出張があって……
ノクティと離れなきゃいけないのがすごく心配だけど、
パン屋のミラさんに一日に二回、あなたの様子を見てもらうように頼んであるから。
戻ってきたら、盛大にパーティやりましょうね!」
「もう……大丈夫だよ。
いつもみたいに、数日の出張でしょう?
ミラさんに面倒かけるの嫌だな……」
アイリーンの迷惑になるのだって嫌なのに。
とノクトは自分の体を不満に思う。
しかし、仕事のことだし、行かないでほしいと言うほうが迷惑だと思うと、何も言えなくなる。
「ごめんね、ノクティ。
最近出張が増えてて……あーあ、もっとノクティと一緒にいられるような、別の仕事にしようかなあ。
お給料はいいんだけど……」
「そんなの……!
絶対やめてよ。
調査団の試験、ものすごく大変だったのに……
オレのために、何かを諦めるのは……やめてよ……」
ぐっと、胸が詰まる。
自分なんか、いなければ……アイリーンは自由に……
押し込めていた負の感情が胸から湧き上がってくる。
根深く色濃い悲しみと共に、呼吸が浅くなり、胸が痛みを訴えてくる。
アイリーンはすぐに察して、ノクトの背中を優しく押して歩かせる。
「ごめん、ノクティ。違うのよ……そうじゃないの。
私のほうが、あなたともっと一緒にいたいだけ。
私のわがままなの……あなたのために何か諦めるとか、そうじゃないの……
さ、おうちに入ろう。
今日はいっぱい歩いたから、体に障ったら大変でしょ」
ノクトは肩で息をしながら、激流のような自己否定と胸の痛みに耐えていた。
◆
アイリーンは、《幻獣調査団クライメシス》の一員だ。
この世界には、偉大な神にも比類する《幻獣》という存在が確認されている。
それは様々な奇跡を起こし、超常の力をあやつる。
その研究機関のメンバーとしてアイリーンは働いている。
幻獣調査団は幻獣の研究自体も行うし、実地調査や魔物たちとの戦闘、国民の保護や依頼なども引き受ける。
また、研究結果によって、科学技術の発展にも大いに寄与し、日々の生活の様々な事柄に役立てられていた。
「はい、これで完璧」
アイリーンは幻獣調査団の《メイジ》の制服を着用する。
彼女は魔力を操り、火力と支援を担うクラスだ。
青い竜を模したバッジが、堂々と首元で輝いていた。
「じゃあ、お姉ちゃん、いってくるからね」
凛々しい姿のアイリーンは、ノクトに言う。
ノクトは、アイリーンが幻獣調査団に所属していることを心から誇りに思っていた。
「うん。待ってるよ」
「帰ってきたらお誕生会、するぞー!」
アイリーンのその勢いに、思わずノクトは笑顔になった。
彼女は愛情をこめて、ノクトの頬と自分の頬をあわせた。
それが、最後。
アイリーンは、二度とこの家に戻ることはなかった。




