第0話 奇縁
見渡す限りの黒一色。
地面に足がついているのか、それとも浮いているのか。
それすら分からないような異空間に、少年は立ち尽くしていた。
名は朧叶夜
少し変わった名である事以外は、体型も生い立ちも一般的な高校一年生。
彼がどの様な理由で日常とはかけ離れた光景の中に居るのか?
それはまだ語るべき時ではない。
だがこの日この時に出会ったのだ。
―運命に
いま彼の目に映っているのは、吸い込まれてしまいそうな黒の世界ではない。
その先に不自然にある、見渡す限りの桜。
風も吹いていないのに散りゆく桃色の花びらが一面に広がる中、座り込んで盃を傾けている女を見ていた。
金細工を疑うほどの輝きを放つ腰まで届くストレートヘアー。
女性であったとしても振り向いてしまうだろう程の顔立ち。
病気を疑ってしまいそうな肌の白さ。
どう切り取っても美しさが際立ってしまうような、絶世の美女。
一目見て絶句してしまっている叶夜。
だが彼の理性が精一杯の警告を鳴らす。
「逃げろ」と
彼女の背後に揺らめく、髪と同じ金毛の尻尾が九つ。
そして盃を傾ける度に嬉しそうに動く狐耳。
これだけ見ても、彼女が普通ではない事は一目瞭然だろう。
叶夜は動けない。
逃げろと言う理性と、進めと言う直観が膠着している結果だった。
だがそんな彼を見かねてか、それとも単に自分が飽きただけなのか。
女は盃を持ったまま、手招きをした。
ただそれだけで、叶夜の理性は瞬く間に消え去る。
まるで魔法にでも掛かったかのように女の元に歩いていく叶夜。
この世界は何なのか?
正体は何者なのか?
疑問が頭の隅で渦巻いているが、近づく程にどうでもいいような事に思えてくる。
やがて手を伸ばせば届く位置で来ると、最初から決められていたかのように足が止まった。
間近で見る魔性な美貌に息が詰まりそうになる叶夜とは対照的に、女は盃を片手に悠然と微笑む。
数分か数時間か、それとも数秒か。
ただお互いを見ていた時間が続いていたが、ついに女が盃を置いて立ち上がる。
平均的な叶夜より少しだけ低い身長。
だが発する只者ではない気配のせいか、実際よりも女を大きく見せた。
「名は?」
「……え?」
突然聞かれ思わず聞き返す叶夜。
女は少しだけ不機嫌そうにしながら、もう一度問いかける。
「じゃからお主の名前じゃ。まさか無い訳では無いじゃろ?」
「お、朧叶夜……です」
「ほう? 月夜を連想させる良き名じゃな。我は気に入ったぞ叶夜」
「は、はあ」
叶夜は一転して笑みを浮かべる女に、曖昧な返事をする事しか出来なかった。
その隙を縫うように、女は一気に叶夜との距離を詰めた。
あまりに近づいているので、着ている崩した巫女服から零れそうな胸が軽く当たる。
動揺して距離を取ろうとする叶夜を、尻尾を使って緩く包み込み耳元で囁く。
「名乗り返すのが礼儀というものじゃな。我の名は玉藻。玉藻前とも呼ばれとるらしいが、好きな方で呼ぶといい」
まるで菩薩のような笑みで玉藻を名乗る魔性の女。
片や呆然してしまう男子高校生。
―この日この時この瞬間、二人は運命と出会った
皆さん初めまして、蒼色ノ狐と申します。
今回カクヨムにて出していた「怪機―九尾妖華伝―」を小説家になろうに掲載する運びになりました。
妖怪×ロボットという題材での中で、面白く描けたと思いますので是非これからも見てくださいね!




