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アンケート  作者: 菊池まりな


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第79話 橘誠二の影

静まり返った旧病院の廊下に、足音だけが反響する。


 さっきの通話の余韻がまだ胸を締めつけ、美佳は深く息を吸った。




 「橘誠二……聞いたことがあるのか?」


玲が純に視線を向ける。


 純は短く唸り、目を伏せた。


 「名前は、知ってる。だが……ここで話すべきことじゃない」




 その一言で、場の空気は一層張り詰める。玲は不満げに眉をひそめ、翔はただ無言で壁の落書きを見つめていた。




 「純くん、知ってるなら教えてよ」


美佳は堪えきれず問い詰める。


 だが彼は首を横に振った。


 「下手に口にすれば、俺たちの動きが読まれる。あいつは、そういう男だ」




 「……やっぱり知ってるんだね」


美佳の声はかすれた。


 彩音の残した鍵を握る手に、汗がにじむ。




 沈黙を破ったのは翔だった。


 「“橘”って名は、藍都学園都市じゃ珍しくねぇ。だが、誠二……それは、都市設計局の中枢にいた技師の名前だ」


 「都市設計局……?」


美佳が繰り返す。


 「この街を造った連中さ。藍都学苑も、LAPISの本部ビルも……全部、あの局が手掛けた。十数年前に事故で姿を消したって聞いてたが」




 「消えた人間が、今さら何を?」


玲の声には苛立ちが滲んでいた。




 純はしばらく沈黙した後、低く告げた。


 「……誠二は生きてる。俺は、直接会ったことがある」




 全員の視線が純に集中する。


 「いつ……どこで?」


美佳が震える声で問う。


 「三年前だ。LAPISの研修で。彼は“表の記録”では存在していないはずだった。けど──確かにそこにいた」




 息を呑む音が重なった。




 「つまり、その女の声が言ったことは本当……?」


美佳の心臓は早鐘を打つ。


 純は目を閉じ、短く頷いた。


 「だからこそ危険なんだ。あいつは、藍都学園都市の“根幹”に触れてる」




 その言葉に、玲も翔も言葉を失った。




 闇に包まれた旧病院の奥から、風が吹き抜ける。錆びた窓枠がきしみ、まるで誰かが近くで聞き耳を立てているようだった。




 美佳は胸の奥に重く沈む予感を覚えた。


 ──彩音が託した鍵。


 ──電話の向こうの女性の声。


 ──そして、橘誠二。




 全てが一本の線で繋がり始めている。だがその先に何が待つのか、まだ誰にも分からなかった。



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