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アンケート  作者: 菊池まりな


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第60話 再構築の始まり

箱の中から取り出されたキーが、美佳の掌で淡く光った瞬間、まるで都市全体が息を呑んだように感じられた。


静寂の中、彼女の選択が、確かにこの世界に波紋を起こし始めていた。




「よかったな」


と、隣に立つ純が小さく言った。




「うん……怖かったけど。でも、もう大丈夫。彩音の気持ちも、私の気持ちも、この中にあるから」




美佳はキーを胸に当てて目を閉じた。


記憶の世界に侵食していたあの奇妙な歪み──過去の改ざん、意図的な忘却、そして意識を失わせる「ノイズ」──その中心が、いま彼女の手の中にある。




彼女の選択は、「すべてを壊すこと」でも「過去を抹消すること」でもなかった。




それは──「記憶と向き合い、再構築すること」。




そのとき、空間がかすかに震えた。


都市の中枢、記憶ネットワークの深部に接続する鍵が回ったことによる反応だ。


目の前の白い空間が徐々にひび割れ、崩れはじめる。視界に現れたのは──




かつての教室。藍都学園都市の中心部、旧校舎の風景。




窓の外には変わらない校庭、掲示板、懐かしいクラスメイトの笑い声……そして、そこにいた。




「彩音……!」




七海彩音が、黒板の前でこちらを見ていた。


以前と変わらぬ制服姿。けれどその瞳には、もう悲しみの影はなかった。




「ようやく……届いたんだね。私たちの気持ちが」




彼女の声は、確かに届いた。幻ではない。




「彩音……」




美佳は駆け寄ると、彩音は静かに微笑み、首を横に振った。




「これは、私の最後の“記憶”だよ。私はもう、この場所にはいない。だけど……美佳の中に、みんなの中に、私が生きていた“記憶”が残っていれば、それでいいの」




純も、そっと後ろに立った。




「お前の気持ち、ちゃんと伝わったよ」




彩音は頷き、そして懐かしむように教室を見回した。




「ここで過ごした日々、私にとって何よりも大切だった。だから……ありがとう、美佳。選んでくれて」




「私こそ……ごめんね。気づくのが遅すぎた」




「遅くなんてないよ。気づいてくれただけで、嬉しい」




そして、彩音の姿は徐々に光へと変わっていく。




「それじゃあ、お願いね──未来の記憶は、あなたたちに託す」




その言葉とともに、彩音は完全に光となって消えた。だが、その微笑みは、美佳と純の心に焼きついていた。








──その日から、都市は変わり始めた。




LAPISは制御ネットワークの全面的な再編を発表。


「記憶を操作する」という機能は撤廃され、代わりに「記録と透明性」が重視されるようになった。




改ざんされていた過去の記録は復元され、失われていた記憶は、人々の手で丁寧に拾い上げられた。




藍都学園都市では、「記憶の図書館」というプロジェクトが立ち上げられた。


個人の記憶を保管し、許可を得た範囲で後世に伝える。彩音の遺志が、静かに、だが確実に都市に根付き始めていた。




そして、美佳は──




都市の片隅にある古びたベンチに腰掛けて、ノートを開いていた。




ページには、今日までの出来事が綴られていた。あの日のアンケートから始まり、出会いと別れ、そして選択の記録。




純が隣に座る。




「なあ、美佳。これからどうする?」




美佳は一瞬空を見上げ、柔らかく微笑んだ。




「……今度は、自分で未来を選びたい。誰かの問いに答えるんじゃなくて、私自身が問いかける側になりたいんだ」




「それ、けっこう面倒くさいぞ?」




「いいの。だって、それが“生きる”ってことなんでしょ?」




二人は笑い合った。




そして、美佳のペン先が再びノートに触れる──


次の章へと続く、彼女自身の物語が始まろうとしていた。



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