プロローグ
この深い深い森の中。私がこの静寂な小屋と共に息を潜めて永遠のような時間を過ごしているのは、一体いつの頃からだったかしら。
「ん~……良く覚えてないわね」
暖炉の火を見つめながら私はぼそりと呟いたわ。他に誰もいない森の中で声に出す必要なんて全くないのに口に出してしまうのは、永すぎるボッチ期間がもたらした一種の可愛らしい職業病かもしれないわね。
私の外見はどう見ても愛らしい十歳程度の少女。腰まで長く垂らした銀色の髪は室内のわずかな光をも反射してきらめき、大きく見開かれた碧い瞳は深海の底のように澄み切っているわ。
何よりも大事なのは顔よ!顔。
この世界における可愛さという概念を、私という存在そのものが完全に定義し尽くしていると断言できるくらい私は可愛いのよ。もはや罪深いレベルね。永遠に見続けても一切飽きることのない、自画自賛オブ・ザ・イヤーを連日開催できるほどの不朽の美しさよ。
「ええ、知っているわ。完璧すぎて怖いくらい可愛いってことを。私以上の可愛さはこの宇宙には存在しないのよ」
ただ普通の人間として違うのが私は不老不死だということね。老いもしないし死にもしないわ。
不老の身として永い時を生きているから外見と中身の年齢は大きく乖離しているわ。不死については……まあ、死んでみたことがないから多分だけどね。でもそんなことは些細な問題よ。
「何より素晴らしいのは重力が私の肌に勝てないってことね。千年経っても万年経っても今のまま。最高にプリティでキュートな私のままなのよ!」
この体がなかなか快適なのよ。可愛さが保てるだけじゃなくて寿命を気にせずダラダラ出来る生き方が許されるんだもの。なんて贅沢なの!
そんな最高の怠惰ライフで満足していたから、私はこの森から一歩も出たことがないわ。森の外がどうなっているか確信を持って何も知らない。この徹底した非接触こそが永遠で揺るぎない平穏を支えているのよ。
それに私の安住の地であるこの森は、やたらと巨大な魔獣がうろうろしている極めてデンジャラスな場所。普通の人間なら一目散に逃げると思うけれど、今の私にとっては最高の環境ね。奴らは力に従う極めて分かりやすい存在で人間よりも圧倒的に単純だもの。複雑な陰謀とか、社交辞令とか、裏切りとか、そういう面倒なものが一切ないのが素晴らしいわ。
ああ、もう一つ私には普通の人間と決定的に違う点があったわ。それは私が人知を超えた規格外の魔女だということよ。
魔獣たちはこのちっちゃくて最高に可愛い魔女に敵いようもないわ。体から溢れる魔力をもって威圧するだけで奴らは私の絶対的な強さを学習するもの。
私が微睡みながら思考に意識を奪われていると、小屋の外で新参者と思われる巨大な魔獣が「グルルルル」と唸る声が聞こえたわ。
「はぁ……。あの子たちは一体何をしてるのかしら」
深いため息をつきながら私は小屋の外に出て、体から溢れる魔力を無遠慮に解放する。
「私の平穏なティータイムの邪魔をするなら、問答無用でこの森から消し去ってあげるわよ」
シンプルな脅しはいつだって効くわ。魔獣は泡を吹きながら巨大な体躯を即座に回転させて逃げていく。平穏を保つための努力をこの私が惜しむはずがないじゃない。魔獣は放っといてこれからの予定について意識をむける。
今日の予定は昨日少し残してしまった小屋の窓ガラス磨きを終わらせること。その後はお気に入りのティーセットで極上茶葉の紅茶を淹れて一息入れる。最後に優雅なお昼寝ね。
「――って、昨日どころか一昨日も同じことやってないかしら」
永い間生きていればやりたいことは全部やり尽くしたわ。不老不死であることは気に入っているけれど、最近は終わりなき退屈との戦いなのよ。刺激の欠乏は私にとって最も恐ろしい敵となりつつあるわ。
陽の光が私の銀色の髪を眩いほどに照らしているわ。空は青い。魔獣の気配はあっても私の平穏を乱す者は誰一人としていない。最高の環境だったはずなのに……なんでかしらね。今の私は物足りなさを感じていたわ。
「ふぅ……。さてと、今日も一日窓をピカピカに磨きましょうか……と言いたいけれど」
私は小屋に戻ってカップに入った紅茶を飲み干した後、窓の外の深い緑に目を向ける。
「この森の外って、どんな景色が広がっているのかしらね」
そんな漠然とした感想を抱きながら私は窓磨きに向かったわ。
はじめての小説になります。
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