第一章 きらめく理想
表参道の一等地にある高級パティスリー「シェ・ルミエール」のショーケースには、まるで宝石のように美しいケーキが並んでいた。佐倉萌は白いエプロンを身に着けて、その前に立ちながらスマートフォンで写真を撮っていた。
「今日も美しいスイーツたちと一緒に♪ #パティシエの卵 #夢への第一歩 #シェルミエール」
投稿ボタンを押すと、すぐにいいねの通知が鳴り始める。フォロワーは三千人を超えた。まだまだ理想の一万人には遠いけれど、着実に階段を上っている実感があった。
「萌ちゃん、またインスタ?お疲れさま」
声をかけてきたのは、同じ見習いパティシエの田中美咲だった。萌より二歳年上で、技術も経験も上だが、地味な性格でSNSなどには一切興味を示さない。
「美咲さん、お疲れさまです。今日のモンブランも素敵に撮れました」
「へえ、そうなの。私はただ作るだけで精一杯だけど」
美咲は苦笑いを浮かべながら、手際よく作業台を片づけ始めた。萌は少しムッとした。美咲は技術は確かだが、「魅せる」ということを理解していない。今の時代、美味しいだけでは足りないのだ。
午後七時、仕事を終えた萌は急いでメイクを直し、ワンピースに着替えた。今日は藤堂雅人とのデートの日だった。
「お疲れさま、萌」
六本木ヒルズの入り口で待っていた雅人は、まさに萌が理想とする男性だった。高身長でスラリとした体型、整った顔立ち、そして何より「ブランド」があった。料理研究家として各種メディアに露出し、インスタグラムのフォロワーは十万人を超えている。
「雅人さん、お疲れさまでした」
「今夜は特別な店を予約したんだ。君にぴったりだと思う」
連れて行かれたのは、予約の取れない高級フレンチレストランだった。萌は胸を躍らせながら、料理の写真を次々とインスタグラムにアップした。雅人との写真も何枚か撮った。二人で写る写真の「いいね」はいつも多い。
「君のフォロワー、また増えたね」
「おかげさまで。でも、まだまだです」
「そうだね。パティシエとして成功するには、技術だけじゃダメだ。ブランド力が必要なんだ。僕がプロデュースしてあげるよ」
雅人の言葉に、萌の心は躍った。彼となら、きっと理想の未来を掴めるはずだった。