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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
6/20

王太子とセレンティア

シャルアがお菓子を頬張る姿をブルームが大きな瞳で見つめていた。

シャルアの周りに子供がいないのと同様、ブルームの側にも子供はおらず、その活発な動きが珍しくて仕方がないらしい…

四つん這いでシャルアを追い、つかまり立ちでじっと王子を見上げる。その姿が何とも愛くるしく、フォルトの眼差しは蕩けんばかりに細くなっていた。

「欲しい?」

シャルアが尋ね、手にしていた焼き菓子を差し出すと、ブルームが小さな手でそれを掴み取る。

「...これは父の分ぞ。」

フォルトが穏やかな口調で言いながら、そっと取り上げた。

するとブルームがフォルトを見上げてべそをかき始め、声をあげて泣き始めた。

「泣かせたな!」

すかさずリュシアンが揶揄した。

「子の菓子を取り上げるなど、なんと意地悪な父親だ…」

「そうではありません!」

目を丸め、眉根を寄せて否定しながら、フォルトはブルームを抱き上げて体を揺すった。

「誤解してはならぬぞ...そなたにはまだ食べられぬ物ゆえ、取り上げたのだ…」

しどろもどろで言い聞かせるフォルトに、リュシアンはさも可笑しそうに肩を震わせた。昔から気難しい人物で有名だった伯父...それなのに、赤児の機嫌にこんなにも右往左往するとは...

「ブルーにはこれを....」

シャリナが小さな籠に収まった菓子を差し出すと、フォルトは「おお...」と救われたように唸った。

「口溶けが良いから、ブルーにも食べられるわ。」

それは馬の形をした焼き菓子だった。小さく薄く作られており、かわいい目も付いている。

「そら、お馬の形ぞ...機嫌を直せ。」

それを見たブルームはすぐに泣き止み、手を伸ばしてそれを握った。すみれ色の瞳で不思議そうに見つめる...

「僕も食べたい!」

シャルアがシャリナを見上げて言った。

「...もちろんですわ。さあどうぞ。」

シャリナが手渡すと、シャルアもじっと見つめて笑顔を浮かべた。

「良かったわね…シャルア。」

「うん!」

素直に告げる王子に、マリアナも目を細める…

…カインのお母様は本当に子供の扱いが上手…彼の子守り上手はシャリナさん譲りね…

次いで、隣に立つ見事な銀髪の夫君をチラと垣間見る…リュシアンもカインのお守りの「対象」であり、それは今でも変わらない事実なのだ…


昼下がりのひとときを談笑しながら過ごした後、リュシアンとフォルトをその場に残し、シャリナはマリアナを子供部屋へと誘った。

上階にある子供部屋には翡翠色の絨毯が敷き詰められ、描かれた花々の刺繍がとても美しい…同色のカーテン越しに花の鉢が並べられており、暖かな陽射しを浴びて鮮やかな色に輝いていた。

「まあ、なんて素敵な絵…」

壁に飾られた絵を見ながらマリアナが言った。

「生まれて間もないブルーム君、とても可愛いわ…」

「恐れ入ります…」

「本当にアノック卿は素晴らしい才をお持ちね...」

「ええ。」

シャリナは絵ではなく、王太子妃の方を見つめながら頷いて見せる。

瞳を輝かせるマリアナの横顔は美しい。理知的で聡明...気取らず、誰とでも隔りなく話をする優しい女性だ。

祖父母と両親全てが王の直系であるマリアナは、本来ならば気軽に話せる相手ではなかったはず…

…許されないと知りながら、カインは今でもこの方を愛している。

その事実をマリアナ様はどう思っていらっしゃるのだろう…

気にはなれど、シャリナにそれを窺い知ることはできなかった。リオーネは解らないと首を横に振るばかりだし、カインも何も語ろうとはしないからだ。


…いかにカインが心を寄せようと、その願いが叶うことはない。


ユーリはそのことを深く憂いていた。

たった一人の息子が心に決めた相手…そのあまりの高貴さは、稀にみるほどの「不幸」であったと…


「そういえば…」

マリアナは思い出した様に言った。

「先日、カインにお願いしたのです。シャルアとバレル君を引き合わせて欲しいと…」

「王子様とバレルを?」

「ええ、シャルアもじきに三歳を迎えるので、アノック卿に教えを戴いて、絵を習わせたいと思っているのです。バレル君と一緒なら、シャルアもきっと楽しいと思って。」

「まあ...」

「殿下も賛成してくれています。いずれはバレル君をお城に招いてシャルアの側近にすると息巻いていたけれど、それは少し先のお話...まずは仲良しにならなくてはいけませんもの。」

「...光栄です、妃殿下。」

シャリナは膝を折って頭を下げた。

「両殿下のお心遣いに深く感謝いたします。シセルとリオーネもさぞ喜ぶことでしょう。」

「リオーネさんにはもう伝えてあります。あとは子供たちを合わせるだけ...カインも快く承知してくれました。」

マリアナは屈託なく告げると、向き合って遊んでいるシャルアとブルーの方へと視線を移した。シャリナも追って二人を見遣る…

「お城を作るよ…」

「ちょちょ…?」

「舐めちゃだめだよ…」

積み木を積むシャルアはすでに「お兄さん」気取りだった。

リュシアンもそうだが、自分よりも年下の兄弟がいないため、目下のものには優越感を覚えてしまうのだろう。

「近くでお話をした方が良さそうだわ。」

マリアナは言った。

「椅子を持ってこさせましょう。」

シャリナも頷き、扉越しに控える侍女に声を掛けた。

ほどなく背の低い椅子が運び込まれ、マリアナとシャリナは子供たちを見守りながら話を始めた。シャルアが誤ってブルームに怪我を負わせてしまっては大変だ…そんなことになれば、公爵は二度と二人を合わせないに違いない。

「ブルーム君の詳しいお話を聞かせて下さい。」

マリアナの問いかけに、シャリナは恐縮しながらも説明を始めた。

母として経験豊富な知識と見解は、未熟なマリアナにとっても勉強になるものであったし、その姿勢の正しさは、リオーネやカインの姿を見れば明らかだ…

…ブルーム君が元気になれば、シャリナさんの憂いも消える…どうか私の知識が役立ちますように。

マリアナはそう願いながら、懸命にシャリナの声に耳を傾けるのだった。


「アーレスと一緒にいる者は誰だ?」

窓の外を眺めながら、リュシアンが尋ねた。

「見たことのない顔だが…」

王太子の怪訝そうな物言いに、フォルトも窓際に歩み寄る…外を覗くと、アーレスと並んで歩く少女の姿が見えた。

「あれはアーレスの養い子…幼い頃に貧しい宿屋から引き取り、シャリナに預けられていた娘です。」

「宿屋の娘?…なぜアーレスがそんなことを?」

「さあ、詳しいことは…ただ「縁を感じた」と申しておりました。」

「縁?」

リュシアンは首を傾げた。アーレスは子供の頃からひょうひょうとした性格で、何かに没頭したり、夢中になったりした印象がなかった。どことなく冷め、達観している風に見えていたが、実は違っていたのかも知れない。

「名はなんと?」

「セレンティアです。真実の名はなく、引き取ってよりシャリナが名付けたとの事…」

「ふうん…」

リュシアンの目に映る少女は極めて「気立ての良い」貴婦人だった。背に掛かる栗色の巻毛に細っそりとした四肢…顔は遠くてよく見えないものの、整った面貌であるようだ…

「今夜の晩餐で会えるか?」

「いいえ、身分の低い者ゆえ、晩餐の場の同席はさせておりません。」

「そうか…だが、召使いではないのだろう?」

「勿論です。ペリエ城ではシャリナが『養女』として傍に置き、相応の教育を授けさせていました。平民ではありますが、娘同様と考え。接しております。」

「うん、いくらシャリナの養女といえど、平民出身では当然か…とすれば、機会は今しかないな。」

「…は?」

「僕の方から出向くことにしよう。そのほうが手っ取り早かろう?」

「…なれど。」

すぐさま踵を返した王太子に対し、フォルトは事情を伝えようとした。

…声のないセレンティアが無礼と捉えられるは必然。

だがリュシアンはそれを告げる前に出て言ってしまった。追いかけるべきかと思案はしたが、リュシアンを止めることはもう不可能だ。

「上手く説明するのだぞ、アーレス…」

王太子の扱いに慣れているアーレスなら問題なかろう…とフォルトは思った。幸いここにはマリアナ妃が居る…さすがのリュシアンも暴挙に出ることはないはずだ…



アーレスは庭園をゆっくり歩きながら、セレンにここ数日間の出来事を話して聞かせていた。

メルトワという国から王子が訪れていたことや、狩りの様子、馬上槍試合に興じたこと等々…

声こそなかったが、セレンティアも興味深げに相槌を打ちながら満面の笑顔を浮かべている。

「父上も私も久しぶりに目がまわるほど忙しかった…でも、その峠は越えたし、暫くはシュベール城に留まれそうだ…」

…大変でしたね。

セレンティアが口を開いて頷く…

「…と言っても、定期的な領地の見回りはしないといけない…例えば、あの風車の様子も見に行かないと。」

セレンティアは目を見開き、わずかに口を開けた。期待に胸が躍る…あの時はとても楽しかった。

「王太子殿下は明日までのご滞在だ。明後日までに準備して、今度は各地を巡ろうと思う。」

…私も?

尋ねたかったが我慢する。今度も自分を連れて行くとは限らない…

「そうだな…とすれば馬車も選んでおかないと…さすがにもう相乗りは辛いだろう?」

…相乗り?

「4、5日は戻れないから、それなりに支度が必要だ。母上にその旨を伝えておくから、後で相談するといい。」

…そんなに長く?

同行できると知って嬉しかったが、その実、セレンティアは驚きを隠せなかった。4、5日ということは連泊になる…そんなことが許されるのだろうか…

「…心配かい?」

アーレスは尋ねた。

「それとも嫌?」

…違いますっ

セレンティアは首を横に振って否定した。

憧れのアーレスと旅をする…夢のような誘いだ。

「うん…では決まりだね。」

アーレスは口角を上げて微笑むと、ベンチにセレンティアを座らせた。その眩しさに目を眇める…細い頸が艶めき、視線を釘付けにした。

…セレンはもう幼い少女ではない。


改めてそう実感した。


…君と一緒にいられるのも、もう僅かな時間かも知れないな。


「アーレス!」

遠くで声が聞こえた。

想いに耽るアーレスが顔をあげ、後ろを返り見る…

視界の先に歩み寄るリュシアンが見えた。

「王太子殿下…」

アーレスの呟きにセレンティアが慌てて立ち上がる。すぐさまアーレスから離れ、遠く間を開けて退いた。

「そんなに恐縮するな、乙女よ!」

距離があるというのに、リュシアンの大声はよく届いた。その声の気迫に大抵の場合、叱咤でもされるのかと勘違いされてしまうほどだ。

アーレスの前まで来ると、リュシアンは彼の瑠璃色の瞳を見遣った。物言いたげに口を曲げて微笑む。

「そなたから言ってやれ。僕はあの者を見に来たんだ。ああ腰を折られては顔も見えない。」

「セレンを?」

「そうだとも。」

アーレスは困惑した。王太子がセレンティアに興味を持つ理由が解らない…

「セレン…こっちへおいで。」

アーレスが呼ぶと、セレンはおずおずと顔を上げた。それでも怖くて足が動かず、体が震えて歩けなかった。

「とって食いはせぬぞ。」

リュシアンは言うと、自ら歩いてセレンティアに近寄った。声が出ていたら悲鳴を上げていたかも知れない…怯える養い子を救うため、アーレスは先に立ってリュシアンの接近をさりげなく防いだ。

「綺麗な瞳の色だ…」

リュシアンは言った。

「それにこの顔…どこかで見た様な気が…」

…それはそうです。

心の中でアーレスが呟く。

…セレンは貴方が城を抜け出したあと、初めて泊まった宿屋の娘なのですから…

「挨拶をせぬ無礼をお許し下さい…セレンは声が出せず、会話をすることが出来ないのです。」

「声が出せない?」

「はい。ゲイツ村の宿屋で理不尽に働かされていた時は、恐らく7、8歳と思われますが、その時すでに声を失っていて…」

「…ゲイツ村⁉︎」

リュシアンが大声を張り上げた。

「少し待て…それは僕が城出をした時の話か?」

「はい。」

「確か僕が駄賃がわりに宝石をやった…あの娘だと?」

「そうです。」

「なんと…!!」

リュシアンが驚愕して声を上げる度に、セレンティアはアーレスの背後に隠れて行った。リュシアンはその真実を知らなかったが、セレンティアの方はすでに告知されている事実だったのだ。

「あのボロを着ていた痩せっぽっちの娘が…」

「セレンティアを養い子としたのは、殿下から貰った宝石を要らないと言って私に返したからです…貧しい身の上だと言うのに、セレンはその施しを断った…清く気高い志に、私は深い感銘を受けたのです。」

アーレスの眼差しがセレンティアに向けられる…大きく温かい手が背に置かれ、そっとその身を引き寄せられた。

「そうだったのか…」

リュシアンは唖然として唸り、アーレスに寄り添うセレンティアをしげしげと見つめた。

「確かに縁がある…そなたとの出会いは、後に我が妃への道につながった…僕にとっても貴重で、大切な思い出だ。」

王太子の表情が和らぐ…

セレンティアには「偉大なる方」の心の内など全く解らなかった。

それでも、「リュシアン」という人が優しいことだけは知っている。

…宝石は今も肌身離さず。

見せようとポケットを探る手をアーレスが止め、首を横に振った。

「それはもう君のもの…殿下には不要だ。」

耳元の囁きに、セレンティアが小さく頷く。

「アーレス…」

「はい、殿下。」

「公爵は訝るかも知れないが、僕の権限で申し遣わす。」

リュシアンはいつものように尊大な態度になると顎を上げた。


「今夜の晩餐にセレンティアの同席を許す。そなたが同伴し、つれて参れ。」



つづく



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