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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
19/20

ソランの手紙を読み終えたシャリナは、口を結んで俯いているセレンティアを見つめて言った。

「ソラン・ファルコンはいい子よ...気持ちは明るいし、何より、誠実で賢い騎士だわ。」

セレンティアが無言で小さく頷いて見せる...納得している様子から観て、アーレスとの旅の間に、きっと交流を深めたのだろう…

戸惑ってはいるものの、セレンティアも好意的に思っているとシャリナは感じた。ソランの気遣いと優しさが、セレンティアにも伝わっている何よりの証拠だ。

「婚約したいとソランは言っているけれど、セレンはどう思う?」

シャリナは穏やかな口調で尋ねた。

「遠慮せず、正直に言って。」

…ソラン様はお優しい方です。

セレンティアは答えた。

…一緒にいると楽しくて、心がとても温かくなりました。お父上のリラン様にもお会いしましたが、本当の父の様に、暖かく接して下さいました。

「そうだったの...」

シャリナは目を細めて微笑んだ。

「リランもそれは立派な騎士なのよ。温厚な彼だからこそ、あなたのことが気に入ったのでしょう...ソランが積極的なのは、きっとリランのお墨付きがあったからだわ。」

ユーリとペリエ城で暮らしていた頃、シャリナはリランに何度か会ったことがあった。気さくな性格で、ユーリとは友と呼び合う合う仲だったのだ…

…結婚相手には申し分ないけれど...

周囲に呼びかけはしているものの、わずかな数だ。ソランの気持ちを無下にはできない…

「実は、アーレスの婚約話を陛下に告げられる以前から、あなたの結婚を考えていたの。」

…私の…結婚?

「婚約を前提に、良いお相手がいればと思ってね。」

セレンティアは目を見開き、次いでゆっくりと俯いた。貴族の婚約は親が決める。結婚と聞いて瞳を輝かすことは稀で、大抵は複雑な気持ちに陥るのが一般的だった。

「ファルコ城には女主人が不在で、召使いも新しい者ばかりなのは幸いよ。お父様とお兄様が亡くなって私がペリエ城の相続人になった時、仕えていた召使い達は素直に働こうとしなかった...城主の娘だからと言って、無力な小娘に誰も従いたくなかったのでしょうね。」

…シャリナ様

「現実は厳しいわ…城主の妻は召使い達の上に立たなくてはならない...だからこそ、ソランが強く望む事は、貴女の絶対的な後押しになるのよ。」

…出会いは必然だったけれど、ユーリとの結婚はとても幸せなものだった。

「でもねセレン、思い違いをしないで欲しいの...答えを急がせている訳ではないわ…結婚は人生を決める大切なもの...慎重に考えなくてはいけないわ...」

シャリナはセレンティアを抱きしめた。

…何も知らずにユーリの妻になった...全てを理解するには時間が必要だった…

「アーレスの誕生祝いにソランを招待しましょう。」

シャリナは告げた。

「私もソランに会いたいわ。」

セレンティアが頷く...シャリナは心の中で謝った。

アーレスに対するセレンの想いは知っている…けれど、どうしてあげることもできない。

「急いで新しいドレスを仕立てなくては…」

シャリナは笑顔を浮かべると、セレンを連れて部屋を出た。

フォルトにその許しを請わねばならなかった。



「招待状?」

小姓から手紙を受け取ったリオーネは口角を上げた。パルティアーノ家からの手紙...差出人の名はフォルトだった。

「アーレスの誕生日を祝う宴...か。」

これはアーレスの婚約披露も兼ねているのだろうなとリオーネは思った。

噂が広がってはいるものの、未だ正式な発表はなく、すでに二ヶ月の月日が流れている...カインからの便りには、アーレスが宮廷にさっぱり姿を見せず、公爵もその件に触れると不機嫌になるので、周囲が祝辞を述べられずにいるのだという...

「..それでも駒は進んでいる。メルトワの姫のお輿入れだもの、いつまでも無視はできないよね...」

リオーネは複雑な気持ちになった。

アーレスが恋愛に興味が無いのは知っている...穏やかで気品に満ちた公爵家の貴公子だが、その心に深い傷を抱えているからだ。

「本当に大丈夫?」

リオーネは問いかけた。いまさら何ができる訳でもないが、幼馴染であるからこそ力になれるかもしれない...

「お酒は飲めないけど、直接会って愚痴を聞いてあげなきゃ...ね。」

乗馬は無理でも馬車で行けば問題はない...問題なのは心配性な夫を説き伏せられるかどうかの方だった。


その晩、リオーネは居間でバレルの遊びに付き合っているシセルの様子を見つめながら、招待状の話をいつ切り出そうかと機会を伺った。

二人は輪投げをしていて、今は勝負の真っ最中...息子の健闘を讃えつつ真剣に競っているシセルは、まるでかつての父を見ている様だった。

「お父様もよく遊んでくれたっけ...」

リオーネは目を眇め、優しかったユーリを想った。優しく寛容だった父...幼い頃は一緒に寝る権利をめぐって、カインと毎夜争っていた。あまり喧嘩をするので、大きなベッドを作れと職人に命じて作らせたほどだった。

「あの穏やかな声に包まれると、寒く怖い夜も安心して眠れたのよね...」

生まれ育ったペリエの城はもちろん、グスターニュ城にはユーリの軌跡が随所に残されている...今いる居間もその一つであり、リオーネとカイン、そしてアーレスが集い遊んでもらった思い出の場所なのだった。

「会いたいな...お父様に。」

身籠っているせいか涙もろくなっているらしい...

滲んだ涙を指で拭き取り、リオーネは再び、勝利の行く末を見守った。

「やったー10点だよ!」

バレルが声を上げる。

「おお凄いな...」

シセルが顔を綻ばせた。

「わっかはあと3個だよ...ちちうえ」

「うん、ギリギリだな...」

「ははうえ、ぼくは今何点?」

「23点ね...」

「では、父さんも10点を狙うぞ。」

「むずかしいんだよー」

バレルは得意げに顎を上げて見せた。

シセルは口角を上げ、リオーネをチラリと見やると輪を掴んだ。

…本気出す?

考える間もなく輪が投げられる...バレルの得点は偶然でも、シセルにかかれば雑作もない。

「えー」

バレルが嘆きの声を漏らした。

輪は10点の場所に入り、軸をクルクルと回転ながら収まったのだった。

…さっすが!

「バルド戦役の英雄」は騎士の鏡...

シセルは「加減」していた...それでこそ、尊敬に値する父親なのだった。

「まだ勝負はわからないぞ。」

「絶対負けないよー」

父と子は勝負を続けた。

リオーネはお腹を撫でながら「勇ましいお兄ちゃんだね...」と目を細めるのだった。


「アーレス様の誕生日祝い会?」

「そうなの。婚約の発表も兼ねているらしいし、出席したいなぁってい思って...」

足元で絵本を読んでいたバレルが目を離してリオーネの顔を見上げる...父の顔をじっと見つめた。

「出席と言っても、君は身重だ。」

案の定、シセルは眉を寄せた。

「王都までは馬車で2日...体に負担がかかる。」

「平坦な道のりよ...ゆっくり行けば大丈夫。」

「私は賛成できない。」

「シセル...」

「ひとりなら早駆けで1日だ...私が出席するから君はじっとしていなさい。」

「じっとしてと言っても、お仕事があるから、さして変わりません。」.

リオーネは口を尖らせて反論した。

「お腹が大きくなったら本当に動けなくなっちゃう...今のうちにお母様に会っておきたいの...冬が来る前にね。」

「リオーネ...」

「お願いです教官...決して無理はしないと誓いますから。」

リオーネの菫色の瞳がシセルを見つめる...12歳で出会ったあの頃と変わらない魅力的な瞳だ。

シセルは唸り、答えに困った。

…安全とは限らない...だが...

「...どうしてもというのか?」

ため息混じりに言った。

「確かに冬を迎えてからでは身動きできない。先だってシャリナ様も君に会いたがっておられた...行くとしたら今のうちだろう。」

「シセル...」

「ただし、それには準備が必要だ。乗り心地の良い馬車を手配しなくてはならない。」

「...ぼくはお留守番?」

バレルが不安そうにシセルに尋ねた。

シセルは小さな頭に手をそっと乗せ、首を横に振って微笑んでみせた。

「皆んなで行こう。」



パルティアーノ公爵は、嫡子アーレスが25歳を迎えるにあたり、誕生祝賀会の招待状を各地の諸侯に送った。

国王の取り決めによってメルトワの王女とアーレスの婚約が成立し、その披露を兼ねて祝賀の会を開くと布告したのである。


王太子妃マリアナがバルドから輿入れして来て以来の大事であることから、この婚約はルポワド貴族にとって最も高い関心事だった。マルセルの実妹、クロウディアの娘であるエレネーゼは「美姫」として名高く、祝賀会でその姿絵が公開されるため、期待が更に高まっているのだった。


「義父上の時よりも貴婦人の数が多い気がするな。」

カインが窓の外を眺めながら言った。

上質な上着を身につけたブランピエール公爵のマントが風に揺れる...眼下に見える光景に感心しながら、すぐ脇に立っている今日の主役を揶揄した。

「君がずっと引きこもりを続けている間、どんなに婦人方が嘆いていたことか...婚約が正式になれば不用意に近寄れなくなるから、皆、今のうちだと狙っていたのに...」

「それが故だよ。」

アーレスがため息を吐いた。

「ご婦人方の嘆きや愚痴なんて聞きたくないからね...」

華美な装飾の服を身につけたアーレスは、カインから見ても相当な「男前」だった。ひとたびこの“引きこもり”をやめれば、途端に貴婦人の総攻撃に遭うに違いない。

「立場が立場だからなぁ...」

カインは視線をアーレスに戻して苦笑した。

「いつまでもここにいる訳にはいかないし...観念する事だ。」

「いっそこのまま結婚してしまったほうが気が楽だ...これ以上作り笑いをしなくて済むからね。」

「いやいや...結婚相手は隣国の王女だ...この先もっと必要になる。」

「王女に対しては話が別だよ。」

アーレスはため息を吐きながら言った。

「妻となる女性に、そんなことはできないさ。」

「肖像画はもう見たのか?」

「いや...まだだ。」

「はぁ、何故見ない?」

「容貌には興味がない...間違った印象を受け取りがちだからね。」

「それにしたって...」

「本人を見て知れば良いことさ...私にとっては外見はあまり重要じゃないんだ。」

「アーレス...」

「私の肖像画もメルトワに渡った。王女が私を見てどう感じるか.,,大切なのはそこの部分じゃないかな。」

「まるで他人事だな...」

「そうだろうか...」

カインは頭を掻いた。やはりアーレスは変っている...この期に及んで、それを痛感せざるを得なかった。

「申し上げます。バージニアス子爵がご到着なさいました。」

扉を叩いた小姓が告げる...アーレスはようやく笑みを浮かべた。リオーネの来訪は、とても嬉しいことだった。


「おたんじょうび、おめでとうございます。おじうえ。」

部屋に通されたバージニアス一家に対面すると、バレルが祝福の言葉を言った。小さな花束を差し出し、明るい笑顔でアーレスを見上げる...

「ありがとうバレル、来てくれて嬉しいよ。」

アーレスは姿勢を下げて甥っ子の頭を何度も撫でた。先日の滞在で「仲良し」になった二人は、すっかり気兼ねのない関係なのだった。

「おめでとう、アーレス。」

リオーネも微笑みを浮かべながら両腕を広げる..アーレスも応じ、二人は抱き合った。

「身体の方は大丈夫かい?」

「問題無し、日頃から鍛えているもの。」

アーレスは安堵した。見た目にはまだ分からないものの、リオーネには新しい命が宿っている...ルポワド王家にとって大切な命だ。

「ダンスだって踊れるわよ...一曲踊って頂けるかしら?」

「ええ⁉︎」

「長い行列ができる前に、予約を入れてよろしい?」

「おい、リオン...」

困惑しつつ、アーレスはシセルの方を見やった。シセルは無言で立っており、少し眉を寄せている。

「小さい頃からのよしみでしょ?私達のダンスはちょっとした珍事...周囲が驚くと思うわよ。」

「珍事って...」

アーレスは思わず吹き出した。

リオーネの悪戯好きは相変わらず...本当に面白い存在だ。

「妻君はこう言ってるけど...どうかな?」

シセルに承諾を乞うと、彼は「よしなに。」と短く答えた。その話は道すがら、すでに擦り合わせてせいたのかもしれなかった。


「リオーネが来たようね...」

支度を終えたセレンティアを見つめながらシャリナは言った。

真新しいドレスに身を包んだ少女が頬を染めている...純白の生地に瞳と同色のレースで縁取られたこの美しいドレスは、.出生の分からないセレンティアの誕生日をアーレスと同じ日にしたフォルトからの贈り物だった。

「ファルコンが望むなら二人を結婚させるが良かろう。」

フォルトは屈託なく言った。

「ソランの父親は北の海を守護する重要拠点の長官だ。爵位こそないものの、ファルコンの家柄は古くから国王の深い信頼を得ている...爵位を拝領するのも、そう遠い話ではないだろう。」

北の領地を管理するファルコン、セレンティアがソランに嫁ぐことは、封土を手にするのと同じ事なのだ。

…フォルトが「良縁」と考えたからにはセレンの結婚が早まるかも知れない...アーレスはどう思うかしら..,

婚約を前に、アーレスを混乱させまいと、シャリナはソランの件をアーレスには伏せていた。事実を知るにしても、今日を過ぎてからのほうが良いと思ったからだ。

…ドレスはフォルトの結婚祝い...セレンも...アーレスも知らない事実...

「さあ、行きましょう...セレン。」

シャリナは華奢な背を押した。

奏者の奏でる音楽が聞こえる...


「宴」の始まりを告げるに相応しい、優美で華やかな曲だった───



つづく






















































































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