明らかに
炎嘉は、居間に戻って驚いた。
志心が、聡子と共に庭に居て、何やら聡子に慰められているようだったからだ。
炎嘉が声を掛けるのも遠慮して見ていると、あちらが炎嘉に気付いてこちらへと歩いて来た。
聡子は、炎嘉の前まで来て、頭を下げた。
「…なんぞ、どうした?何かあったか。」
炎嘉が言うのに、志心が答えた。
「我がこれまで長く疑問に思うていたことの答えをこれがくれたので。」志心は、晴れやかな顔で言った。「何やらスッキリと生まれ変わったような心地なのだ。」
炎嘉は、怪訝な顔をした。
「いくら聡子でも…そんなにいろいろ心情を知っておるのか?物語とやらには、そんなことまで書いておったと?」
聡子は、答えた。
「見えておることを全て書いておったのではないので、知っていてもはしょった事は多くあります。早く先を書きたいと思って、いろいろすっ飛ばして書いたりもしておりましたし。なので、物語を読んでおったもの達よりは、より深く多くを知ってはおりますね。」
志心は、頷いた。
「いろいろとの。我もあったものなので。だが、何やら己を騙すのはもうやめようと思うたわ。主はどうか?維月を愛しておるか。」
炎嘉は、驚いた顔をした。
胸の内に沈めて考えないようにしているのに。
「…そんなことまで聡子には分かるのか。」
炎嘉がムスッとして言うと、聡子は頷いた。
「はい。読んでおったので。それでも…ご本人が望まぬのなら何も申しませぬ。」
炎嘉は、フンと言った。
「試しに申せ。」
当たっておるのか見てやろう、という意地のようなものを見て、聡子は苦笑した。
「志心様がいらっしゃるのに良いのですか?」
炎嘉は、志心を見た。
「なんぞ。主は未だに維月か。」
志心は、笑って首を振った。
「いいや。我はとうに愛してなどいなかった。というか、実は一度も愛していなかったのだ。ただ良いなとは思うたし、維心があれほどに執着しておるのでそうしておくのが楽だった。己が誰も愛しておらず、また愛されていない事実を知るのは嫌だった。避けていたのだ。だがの、我はこのままではならぬわ。己から愛する神を見つけねば。虚しいだけなのだ。」
炎嘉は、驚いた顔をした。
志心が、あっさりそんなことを打ち明けてしまうからだ。
炎嘉は、聡子を見た。
「主…いったい、何を知っておる。言うてみよ。」
聡子は顔をしかめたが、しかし志心も炎嘉も答えを待っているので、仕方なく言った。
「…炎嘉様には、確かに維月を愛しておられましたわ。ですが、今は違う。どちらかというと維心様の方が愛していらっしゃる。肉欲など超越した事で、でありますが。」
炎嘉は、目を丸くした。
維月より維心をか。
言われてみたら、前ほど維月と維心がべったりしていても、腹も立たなくなった。
維月というより維心の方が、やはり気になるのは確かなのだ。
だが、これが愛情と。
「維心の事はそんな風に思うておらぬぞ。」
聡子は、フフと笑った。
「はい。ですから娶りたいとかそんな愛情ではありませぬわ。ただ愛していらっしゃるのです。同じように維心様もあなた様を愛しておられます。もちろん、そちらも肉欲などない純粋な愛情でありますわ。我にはその方が崇高に思えますけれどね。お互いに何の見返りも求めておられないので。なので誰を他に愛しても、嫉妬などないのです。己だけに縛ろうとさえしていないのですから。ただ相手の幸福を願う愛情ですわ。親子にも近いかもしれませぬわね。また違うのですけれど…説明が難しいですわ。ただ何かあれば、お互いに命を懸けて守ろうとする深さもございます。羨ましいほど良いご関係ですわ。」
炎嘉は、顔をしかめた。
真っ直ぐに心を言い当てられてしまったからだ。
確かに自分は、維月を愛していた。
だが、今はそうではないのは何となくわかっていたのだ。
下手に年に二度会っていた時より、炎月を産んでもらってもうこれ以上はと距離を置いた今の方が、何より楽だし執着もない。
聡子は、続けた。
「…炎月が誕生して、その後少しして心境は変化して行きました。維月が炎月を生んだ事実よりも、維心様がそれを許してまであなた様を留めたいと考えた事実が、何より重かったのですよ。その時に、維月よりも維心様への感情が増しました。そこから楽になられたのではありませんか?」
炎嘉は、ますます眉を寄せた。
わかっていたが、本当に聡子は全てを知っているのだ。
「…困ったものよ。主は母のようだと感じていたが、それ以上よな。だが、何でも隠しても無駄だと思うと楽になったわ。主は全てを知っておる。その通りよ、我は維月にはもう、そこまで執着などない。志心が言うように、そうしておいた方が楽だからそうしておった。維心を煩わせたくなかったし、あれが我を大切に思うておるのは分かっておるから。だが、我は両刀使いではないからの。維心とどうのなど思うておらぬ。」
聡子は、表情を変えずに頷いた。
「はい。」
そのあっさりとした返事に、志心が言った。
「気になるの。これより先、維心と炎嘉はそのような仲になることがあるのか?」
炎嘉が、驚いた顔をする。
聡子は、志心を見た。
「先の事まで我は申しませぬ。変わる事もございます。情欲がどうのは、神世の動きに大きく影響はいたしませぬから。影響があることもありますが、事、維心様と炎嘉様はそうなろうとなるまいと共に協力して神世を平穏にして参るのは変わりませぬ。現に、我が見た事よりもいろいろ変わっておることもあるので。そも、我は我が詠んだ未来には皆様とこれ程多く接しなかった。それだけでも変わっておるですから。」
確かにそうかもしれない。
二人は思ったが、先を知りたいという欲は抑えて、聡子が去って行くのを見送ったのだった。
それから数週間、恵麻は早々に塔矢の待つ宮へと赤子を連れて戻って行ったが、聡子は鳥の宮に客として留め置かれていた。
表向きは行儀見習いだったが、聡子は完璧に礼儀を弁えていて、その必要はない。
話すのは炎嘉と時々訪ねて来る志心くらいで、その他の神は王族ですら聡子からは遠ざけられていた。
そこまでしなくても、聡子自身は絶対に何か漏らす事はなかったが、それでも何かあってはならないので、維心すらその存在を知らないまま、聡子はひっそりと生きていた。
臣下達は、王が娶るおつもりなのではと噂していたが、炎嘉は何も言わなかった。
まだ聡子の後を決められておらず、全てが収まってからと決めているので、言える事もなかったのだ。
もう長月になる。
高瑞は上手くやっていて、陸の宮は落ち着き、陸自身も起き上がれない状態だったが意識は取り戻していた。
もはや、流れは変わったのかと炎嘉が思うほどだった。
それでも、炎嘉から報告を聞いた聡子は険しい顔をした。
まだ、懸念は去らないのだろうか。
だが、よくよく考えてみると、聡子は定成を共に黄泉にという事を望んだだけで、真実どうなることを望んで降りたのか話してはいない。
聡子にとって、もしやこれは望んで以内状況なのではないか。
炎嘉は、言った。
「…そういえば、主はどうなると我らに教えてはいたが、どうしようとして降りたのかは話しておらぬな。定成を連れ帰りたいとは言うておったが。何を望んでこちらへ来たのだ。」
聡子は、ハッと顔を上げた。
そして、言いたくなさげな顔をした。
だが、炎嘉は険しい顔で待っている。
聡子は、ため息をついて言った。
「…申し上げましたわね。我は定成を黄泉に連れ帰るしか記憶をどうにかする方法が無いと知っていることを。」
炎嘉は、頷く。
「聞いておる。それで?」
聡子は、渋い顔をしながら続けた。
「…我は、流れを元のまま、違えぬようにと降りて参りました。あの命が定成という体に入った事を知った今では、陸の宮が滅び、定満が譲位して定弥が定成を殺す未来。それを望んでおりました。」
炎嘉は、目を見開いた。
ならば、今は真逆の動き。
聡子は、下を向いて考え込んでいた。




