訪問
志心は、早速周辺の見回りを兼ねて、ついでにという風を装って、定満の宮を訪れた。
宮の到着口へと降り立つと、大騒ぎになったが元々先触れも出していなかったので、志心は黙って辛抱強く待った。
ここは上から三番目の宮だったが、それなりに落ち着いた佇まいであり、乱れた様子はない。
だが、奥の事はここで見ているだけでは分からなかった。
しばらく立っていると、急いで奥から王の定満と、筆頭重臣の常盤が駆け出して来るのが見えた。
志心が黙って立っているのを見て、土下座せんばかりの様子で定満は頭を下げた。
「志心殿!お待たせしてしまい、申し訳ありませぬ!あの、急なお越しで、驚きましてございます。」
志心は、頷く。
「ちょっと見回りのついでに気になっての。主はどうしておるかと。何しろ最近、譲位譲位と煩う言うておるであろう?どんな様子か、維心も炎嘉も気になるようであってな。ならば見て参ろうと思うたのよ。」と、奥から同じように出て来た、部屋着姿の定弥を見た。「…第一皇子か。」
定満は、頷いた。
「は。前に会合に連れて参りました。定弥でございます。」
志心は、ふーんと頭を下げる定弥の顔を見つめた。
「…第二皇子は?確か定成と申したな。ここへ呼べ。」
定満は、頷く。
「あ、はい、ではすぐに。」と、常盤を見た。「常盤、応接間にすぐに連れて参れ。」
常盤は頷いて、奥へと駆け出して行った。
定満は、志心を見て言った。
「どうぞ。立ち話もなんですので、応接間に。」
志心はすぐ帰るつもりなのだが、と思いながらも、それについて歩いて行った。
案内された応接間は、この宮の中では一番良い場所だろうと思われた。
他にもあるだろうが、ここが貴賓室のような扱いなのは、調度が他の部屋と違うので分かる。
志心が上座に案内されて座っていると、定成が駆け込んで来ておずおずと頭を下げた。
「お呼びでしょうか。」
志心は、チラと定成を見た。
…特に変わった様子はないが、相変わらず何やら陰気な。
だが、定成は訪問着に着替えていた。
定満が、待ってましたと頷いた。
「定成。志心殿が来られたのだ。」
定成は、志心を見てまた頭を下げた。
「志心様。」
志心は、頷いた。
「定成。」と、チラと定弥を見た。「…主の宮では、まだ譲位もしておらぬのに皇子はそれぞれ格付けしておるのか。」
定満が、え、と顔を上げる。
志心は、定成の着物を指した。
「これ。明らかにそちらの定弥とは違う布であろうが。宮と申すもの、兄弟仲が悪いと後の宮の運営に関わって参るゆえ、どちらが就くか分からぬのに王座に就く前からこのような格差はつけるものではないのだ。此度の再編成でも言うておるがの、面倒を起こす宮など要らぬのよ。それが後であっても同じこと。もしや、と思うが、主の所の皇子二人は、仲違いなどしておらぬだろうの。」
知っていたが、定満が知っていて放置しているのかどうかが問題なのだ。
志心が思ってそう言うと、定満は困惑した顔をした。
「いえ…確かに母が違うので、幼い頃から同じ対では育っておりませぬが、我はいつも共に教育しておりましたし。宮が割れるほど仲が悪いなど、宮の存続に関わる大事であるのでそのような事は許すはずもありませぬ。」
志心は、そう言う定満の顔をじっと見つめた。
どうやら、知らぬようだの。
志心は、心の中でため息をついて、頷いた。
「よう分かっておるな、定満。主の皇子はこの二人だけか。」
定満は、首を振った。
「いえ…実は成子が産んだ子がもう一人。ただ、体が弱いので妃の実家に預けておりまして。」
志心は、片方の眉を上げた。
知らなかったのだ。
「ほう?それは誠か。見てみたいものよ。」定満が、驚いた顔をする。志心は、真顔になって、定満を見据えて言った。「定満。我ら、宮の中の事まで基本的に口を出す事は無い。だがの、此度は再編成の大事な時ぞ。三番目の宮が下位に、下位が三番目に上がる重要な時ぞ。同じように二番目が三番目に下がるやもしれぬ。そんな時に譲位だなんだと言うておる主の宮の、現状が滞りないか我らが気にせぬと思うておるのか。次の王が誠にこの宮の王として間違いがないのか、それともそれがまずいのなら他には居らぬのか、それを確かめて然る後に序列を決める。主の評価は良い。なので主ならば今この時間違いのない序列であると言えるが、その後のことぞ。見たところ、定弥の礼儀がなっておらぬ。言わなんだが我の前に出るのに何ぞ、その恰好は。維心なら無礼だと顔を見た瞬間に切り捨てたやもしれぬぞ。いくら己の宮の中でも、最低限訪問着ぐらいは着るのが礼儀ぞ。そんな事も知らぬのか。」
言われて見ると、定成は訪問着を着ているが、定弥は部屋着だ。
定満は、自分自身は訪問着に着替えて出て来たので、定弥の姿に恥ずかし気に頭を下げた。
「申し訳ありませぬ!これは…正妃が甘やかせて育てたもので、このように。」
志心は、わざと大きなため息をついて見せた。
「栄子か。加栄に申しておかねばならぬの。良い歳をして息子も躾けられぬとはどのような育ちであるのだ。このような大きな形で。もう300にはなるのではないか?そうよなあ…どうしてもこれを跡目にと申すなら、どこかに教育に出す方が良い。そうであるな、維心に頼むか。維明や維斗と共にあの宮に居れば、すぐに矯正されようぞ。何よりあの宮は、粗相をすれば首が飛ぶからの。我から頼んでやろう。そうせよ。」
定弥は、龍の宮と聞いて、小刻みに震えている。
志心でも、あの宮に行儀見習いなど絶対嫌だった。
志心は、すっくと立ちあがった。
「よし、あい分かった。では、そのように皆には報告するわ。そうやって皇子を教育すれば、主も早う譲位してようなるぞ。良かったの、定満。まあ、一年ほど龍の宮に預けてみて、命を落とさねば定弥を跡目にしたら良い。死んだら、まだ第二皇子が居るではないか。それで行こう。己で皇子を育てられぬのだから、我らが手分けして手伝ってやらねば、主もなかなか王座を降りられぬものなあ。案じるでない。我が頼んでやるゆえ。」
乱暴な話ではあるが、このままでは宮がまずいのだから仕方がない。
定満が、しっかり皇子を育てるまでは譲位はできないと思い留まるのが重要だった。
宮を失うよりは、皇子一人を失うぐらいの方が、まだマシだろう。
定満は、慌てて志心の足元へと駆け寄った。
「お待ちを!あの、定弥はこちらで何とか教育を…。それまでは、我も譲位など考えてはおりませぬ。ただ、希望を口にしておっただけで、真実譲位をとは考えておらなんだのです。」
志心は、にんまりと心の中で笑った。
「ほう?誠か。主があまりにも譲位と煩う言うゆえ、もう今にもかと皆で話しておったのよ。何度も申すが、何しろ今は、再編成しておるから。一つ一つの宮が気にかかるし、皆で見張っておる。義心があちこちウロウロしておるのを知っておるか?維心が調べさせておるのだ。ま、そう申すならしばらく様子を見るか。だが、今の定弥では余りにもの。定成も何やら陰気であるし、まるで嫌がらせでも受けておるような様であるが…主、何かあるなら父王に申して、この際であるからハッキリさせよ。小さなことでも、後に宮が無くなる危機に陥ることがあるのだからの。分かったな。」
定成は、震えながらもコクコクと頷いて同意した後に、深々と頭を下げた。
志心はため息をついて、そうしてガタガタと震えている定弥と、フルフルと小刻みに震えている定成を置いて、定満の宮を後にしたのだった。
これだけ脅せば、しばらくは譲位も無いし宮は存続するだろうて。
志心は、そう思いながら白虎の宮へと引き揚げて行ったのだった。




