知らせ
十六夜が来てから聡子とまた同じ事を話して、炎嘉は志心に事の次第を話そうと白虎の宮へと飛んだ。
十六夜は、あちらへ戻って聡子から聞いた事実を碧黎に話し、対応を考えてくれるようだ。
だが、恐らくこちらへ丸投げになるだろうし、碧黎はそもそも、何でもかんでも詳しい事は指示したりしない。
こちらが決めたことに、それではこうだ、とか、それならこうした方がいい、とか、そんな事はしない方が良い、とか、そんな大まかなことしか言わない。
言えないと言う方が正しいだろう。
なので、こちらである程度は具体的に決めておかねばならないと思っていた。
維心は、炎嘉が言った通り二番目の覚、英、加栄の三人を見ているようで、そちらに義心が移動していた。
一応、十六夜から聞いた未来の記憶は取れないようになっている事実が分かった、という事を知らせておいたので、もう定成を捕えて来たところでどうにもならない事は維心も分かっていた。
維心はそもそも、定満の宮の軍神の一人だと思っていて、それが定成だとはまだ知らない。
だが、顔が分かれば義心には分かるので、見る機会があれば直にそれは伝わるだろうと思われた。
白虎の宮へと到着すると、志心は炎嘉をむっつりと迎えた。
炎嘉が来たら面倒が来たと思っているようで、志心の気持ちは分かった。
だが、言わぬわけにはいかないので、炎嘉は言った。
「…そんな顔をするでないわ。というか、進展があったので来た。それを知った上でこの後の対応をどうしたものかと思うて。」
志心は、もう諦めて頷いた。
「聞こうぞ。参れ。」
そうして、居間へと向かった。
前と同じように侍女達を回りから避けて、二人は向かい合って座った。
志心は、言った。
「それで。何が分かったのよ。」
炎嘉は、言った。
「話したであろう、詠み人というものが人には居るのだと。そのうちの一人、我らの生きざまを読んでおったものが、記憶を戻して我に会いに参ったのよ。塔矢の娘の、聡子だった。」
志心は、目を丸くした。
詠み人…それは、全てを知っておるのでは。
「待て、未来を知るものより厄介なのではないのか。全部知っておるのだろう?その詠み人というのは。」
炎嘉は、頷いた。
「その通りよ。本神もそれは自覚しておって、だがあれは知らずに残してしもうた己の書を、悔んでおるようでな。それで未来まで読んでしもうて残しておったから、それを目にした者の一人が、未来を知る者としてこちらへ転生してしまい、それが己の利のためにそれを使おうとしておるのを知って追って降りて来たのだそうだ。過去を知る迅と涼夏の事も、あちらで知り合っておって知っておるのだとか。当の二人は覚えておらぬようだがな。」
それでも、志心は困惑した顔のままで言った。
「…だが、それが発覚したからにはその皇女を放置はできまい。何もかも知っておるのだろうが。本神に悪気はなくとも、存在自体が脅威ぞ。まして女の身で…攫われたらと考えたら恐ろしいわ。」
炎嘉は、志心を睨むように見た。
「だが、あれは諸刃の剣とはいえ、今の混乱している世を正す唯一の光ぞ。今はあれの知識を使って、とりあえず世を平穏に収めねば。まさかその後、利用するだけ利用して消そうというのではないのだろうの。」
志心は、それには顔をしかめた。
「維心でもあるまいし、我はそこまで非情にはなれぬが、それでもその皇女の危険性は分かるつもりよ。」
炎嘉は、同じように顔をしかめた。
「維心でもやらぬわ。まあ、本神はさっさと己が追って来た奴を処理したら黄泉へ戻るつもりであるようだったが、生きておる限りはの。我ら最上位の中の誰かが娶って宮に置くのが一番良いと思うておる。まだ160と若いが、中身はそれであるから問題あるまい。蒼が良いのだろうが、あちらもあれこれ押し付けておるから、どうしてもなら我が娶っても良いわ。とにかくは、それで凌ごうぞ。」
志心は、言った。
「…そうなると、まあ維心は絶対に娶らぬだろうが主の発言力が大きくならぬか?天黎を妃に持つようなものであろうが。後の面倒が無ければ良いが。蒼ならばそんな心配もないのだがの。」
言われて、確かにそうだなと炎嘉は思ったが、とりあえずはそれは後の事だ。
なので、言った。
「皆で話し合っても良いわ。全てが終わった後にあれの処遇は考えようぞ。本神はこちらに全て任せると言うておる。では、聞いたこれからの筋を話そう。つまりは、本来どうなって行くのかという事ぞ。陸の宮と、定満の宮の事よ。」
炎嘉は、志心に聡子から聞いた未来の話をした。
志心は、じっと聞いていたが、頷いた。
「…そうか、定満がの。確かに定弥は少し、己が己がという性質ではあるなと思うておった。逆に定成は、何やら卑屈な感じで。ずっと虐げられて来たのなら、あれも道理よな。とはいえ、あれが未来を知る者であるなら、定弥を下ろして王とはできぬわ。しかしこのままでは、確かに聡子が申す通りになりそうな。定満は、数年前から譲位譲位と申しておるし…どうやら、加栄の叔母である正妃が疎ましいようよ。」
炎嘉は、ため息をついた。
「そのようよ。聞いてはおったが我らが口出しするような事でもないと放って置いたらこんなことに。別にあの宮が無くなっても我は構わぬが、陸の宮は残してやりたいと思うておるのだ。陸の宮は先に滅んで定満の宮に吸収され、その上で己の宮も滅ぶ。そんなわけで、とりあえずまずは陸の宮なのだが…。」
志心は、考え込む顔をした。
「…少し変わっておるのだの。陸は、愛羅が戻らぬでも最早正気に戻っておって狂う事も無かった。迅は危機を感じ取って戻って来なかった。王座にも興味はない。だが、流れは破滅に向けて宮へ迅を戻そうと事態を動かしておる。そういうことであるな?」
炎嘉は、頷く。
「その通りよ。ゆえ、どうしたものかと。確かに陸が倒れた今、昌士では今の宮を支えるのは無理ぞ。一旦はどうしても迅を返さねばならぬような状況に陥っておるが、臣下は迅を待ち望む様子で、昌士はそれを良く思うておらぬような空気を感じておるそうな。片鱗は現れておるな。今は、とりあえず流行り病だと申して月の宮に留め置いておるのだが…そう長くは置けまい。」
志心は、うーんと眉を寄せた。
「…困ったものぞ。迅には戻ってもらわねばならぬとは思うが、昌士と同時にあの宮に存在するのはまずいのだろうの。だが、昌士を月の宮へ帰して迅だけにするとまた、おかしな方向に行きそうであるし…一番良いのは、誰かに陸の代わりをさせることぞ。つまりは、昌士の教育を、ということよな。」
炎嘉は、うんうんと頷いた。
「確かにの。陸が倒れたから面倒が起こっておるのであって、代わりが居ったら昌士が何とかしよるよの。だが、誰にさせる?この事態に全く関係のない所から連れて来なければならぬし、王は己の宮の事があるから付ききりにはなれぬ。王としての政務を、きちんとこなせる奴でないとならぬから、皇子が良いが…龍の宮の、維明とか?」
志心は、首を振った。
「維心に話さねばならないではないか。それに、維明は確かに優秀であるが、維心がやることが多いゆえそれを補佐しておるから無理よ。炎月は?」
炎嘉は、首を傾げた。
「確かにあれは優秀であるが、他の宮へ入っていきなり回りに合わせて政務を進めて、更にそれを教えて行けるのかと言われたら疑問よな。うーん、そうよな、燐はどうか?あやつは気が長いし月の宮でほぼ隠居生活しておる。最近は維織とおっとり過ごしておるらしいし。」
志心は、お、と手を打った。
「そうか、高瑞ぞ。あれに教えさせてはどうか?高瑞は王であったし政務にはかなり優秀な奴だった。病むまではあれほど優秀な奴も居らぬと思うておって、維心とて己の皇女を許したほどではなかったか。高瑞を送ろう。ついでに天媛も共に行くだろうし、落ち着きそうぞ。滅多な事は出来ぬだろう。」
言われて、そうだ、と思った。
高瑞には気の毒だが、月の宮に居るのだし蒼から頼ませれば話が早い。
それに、恐らく最近は暇に生きているだろうから、やってくれるだろうと思われた。
「主に相談して良かったわ。」炎嘉は、元気に立ち上がった。「蒼に申して高瑞に行ってもらえるように申す。昌士も高瑞相手に反抗もできぬし、そういう筋ではないから臣下も高瑞を王にとか言えぬし面倒がない。迅には引き続き病で居てもらう。後遺症がとか何とか言うて。良いよな?」
志心は、頷いた。
「ではそれで。定満の宮の件はどうする?一度我が行って見て来ようか?それとも加栄に叔母を何とかしろと圧力をかけるか。」
炎嘉は、小首を傾げた。
「そうであるな。主、一度宮の中を見て来てくれぬか。それで、皇子達とも面会して来て欲しい。目に見えて何かあったら、定満にも直接何か言えるかもしれぬし。」
志心は、頷いて立ち上がった。
「分かった。では定満の宮は我が見て参る。また報告に参るわ。その時、その詠み人の女にも目通りしておくか。」
炎嘉は、歩き出しながら頷いた。
「何もかも知っておるらしいぞ?己の未来を聞きたいという誘惑には勝てるか、志心よ。」
志心は、苦笑した。
「主こそずっと聞かずに置けるのか。それは、いったいどこまで知っておるのかの。」
炎嘉は、志心に見送られて鳥の宮へと飛んだ。
志心は、それを見送って、全てを見て知っている詠み人という存在に興味を持ったのだった。




