変化
次の日の朝、維月が目を覚ますと、日が昇って来るところだった。
いつもなら、日が高くならないと目が覚めないのだが、恐らく隣りに維心が居ないのと、枕が変わったのもあって、自然と目が覚めたのだ。
ふと横を見ると、綾がまだすやすやと眠っていた。
わ~睫毛長~い。めちゃくちゃ綺麗~。
維月は、そう思ってしばらく綾の寝顔を眺めていた。
すると、視線を感じたのか、パチと綾が目を開いた。
維月がびっくりしていると、綾もびっくりした顔をして、維月を見つめ返した。
「…まあ!維月様、おはようございます。あの、我としたことが。龍王妃様より寝入ってしまっておるなんて。」
維月は、首を振った。
「そのような。お気になさらないでくださいませ。」と、起き上がった。「茶でも淹れましょうか。日が昇って来ますわ。お庭が美しいこと。」
見ると、大きな窓から庭が見えていて、空が白々と明るくなって来るところだった。
そんな中でも、椿はまだ眠っていた。
ちなみに月の宮では呼ばなければ侍女は来ないので、維月は側に置いてある茶器の方へと歩いて行って、座卓の上で茶を淹れ始めた。
綾が、びっくりしたように飛んで来て、茶器を奪い取った。
「お茶まで淹れていただくなんて!我が淹れますから!」
維月は、寝ぐせがついた髪のまま、フフと笑った。
「もう、ここではそんなことを言うのは無しですわ。ほら、友にお茶を淹れたいだけですのに。」と、維月はスッと茶器を引っ張った。「これでも茶を淹れるのは得意ですのよ?我って月でも地でもありますから。水が変わるそうですの。己ではよう分からぬのですけれど。滅多に淹れぬのですから、友の特権ですわ。」
維月は、そう言うと水に手を翳してスッと適温へと変えると、それを急須へと入れて、蒸らした。
綾は、気が気でないようだったが、椿はまだ寝ているしで、あまり騒いで起こしてもと思ったようで、黙ってそれを見守った。
そうして、維月は時を待って茶わんに茶を注ぐと、それを綾へと押しやった。
「さあ、どうぞ。お召し上がりになって。」
綾は、律儀に同じように維月が自分の茶わんへと茶を淹れて、それを飲むのを見てから、自分もその茶を口へと含んだ。
そして、目を輝かせた。
「まあ…とてもおいしい…。」
維月は、微笑んで頷いた。
「そうでしょう?我が淹れると、皆そう言ってくれますの。月と地の気のせいですけれどね。」
二人は、襦袢姿のままで並んで茶を飲みながら、美しい庭が段々と朝日に照らされて明るくなって来るのを眺めた。
綾も髪が寝ぐせになっていたが、お互いそんな事は気にしないで、鳥が鳴き始めるのを聞きながら、言った。
「あら、あちらに。あれはエナガですわ。まあ、こんな所に居るのですね。もっと北だと思うておりました。」
維月は、微笑んだ。
「愛らしいでしょう?我が無理を申して、月の結界の中だけでという約束で、父が連れて参ってくれましたの。だって、あまりにも愛らしい見た目でありますもの。ふっくらとして、餅のようで。」
綾は、ホホと笑った。
「まあ餅だなんて。維月様ったら、確かにこの間戴きました大福は良いお味でしたけれど。」
維月は、ああ、と手を打った。
「そうだわ!今の時期だけ、イチゴ大福というものを作りますのよ。良かった、思い出しましたわ。後で持って来させましょうね。大福にイチゴが入っておりますの。とても良いお味ですわよ?我は大好きで。」
綾は、嬉しそうに笑った。
「良かったこと、大福のお話を出して。維月様はイチゴがお好きですのね。よう菓子にも使っていらして。この間送って頂きましたイチゴムース、とても滑らかでプリンのようで我も好きでしたわ。」
維月は頷く。
「はい。我が好むので、王が年がら年中作れと臣下に命じてくださっておって。龍の宮ならずっとイチゴが取れますの。なので材料にお困りになられたら、我にご相談くださいませね。」
綾は、頷いた。
「さすが龍王様は維月様の仰るようになさるのですわね。我もその恩恵に預かられるので、とても幸運でしたわ。」
すると、ううん、と椿が目を開いた。
「…あら…?お二人とも、もうお目覚めですか?」
綾が、振り返った。
「あら、目が覚めました?茶がありますわ、維月様が淹れてくださいましたの。夜が明けて参って、庭が美しいのですの。二人で眺めておりました。」
椿は、むっくりと起き上がったがまだ眠そうだ。
「何やらまだぼうっとしますわ…昨日遅くまで起きてい過ぎたかしら。」
維月は、言った。
「今少し休んでいらして大丈夫ですわ。お隣りではまだ起きていらっしゃる方もいるようで、音が微かに聴こえて参ります。」
綾は、さすがに翠明のことが心配になったのか、言った。
「では、我は王のご様子を見に参らねば。」
維月は、頷く。
「では準備を致しましょう。侍女を呼びますわ。椿様は、まだ休んでいらしたら。」
しかし、二人が出て行くのに、自分だけ寝て居るのも外聞が悪い気がする。
椿は、思い切って起き上がった。
「いえ、我も起きますわ。王が心配ですから。」
そうして、三人は侍女を呼んで支度を済ませると、隣りの部屋へと移動することにしたのだった。
並んで侍女に支度をされながら話をして、小一時間ほどで終えると、三人は隣りの王達の元へと部屋を出た。
すると、廊下の向こうから義心が歩いて来るのが見えた。
維月は、振り返って義心に気付いて、近付いて来るのを待った。
義心は、維月の目の前で膝をついて頭を下げた。
「義心、おはよう。ご苦労ですね、王にご用ですか?」
義心は、頷いた。
「は。維月様には、そちらでお休みに?」
維月は、頷いた。
「ええ。王は控えにお戻りになるお気持ちもなくて。お陰で友と楽しく過ごしておりました。」
義心は少し驚いたようだった。
何しろ龍王妃が、そんなに簡単に他の誰かと休むなどあり得ないのだ。
だが、維心が許しているようだし、そもそもここは月の宮だ。
ここの決まりは緩いので、そんなこともあるかもしれない。
なので、何も言わずに頷いた。
「は。では、我は王にお目通りを。」
維月は、頷いた。
「先に参って。我らは後から入ります。」
義心は、言われてまた頭を下げると、サッと扉を開いて先に応接間へと入って行った。
維月達はその後に続いて入り、昨日座っていた脇息の辺りへと三人で向かう。
思った通り、維心達はまだゲームを続けていた。
「王。」
維心は、振り返った。
「義心か。」と、維月に気付いた。「維月、戻ったのか?」
維月は、頷いた。
「はい。ですが先に義心の用を聞いてくださいませ。」
維心は頷いて、義心を見た。
「何ぞ、何かあったか。」
義心は、顔を上げた。
「は。旭様から宮に昨夜書状が参りましたので、急ぎお持ち致しました。」
旭?
皆が、こちらを向く。
維心は、手を差し出した。
「これへ。」
義心は進み出て、維心に書状を手渡した。
維心はそれをサッと開いて見ると、すぐに隣りの炎嘉に渡した。
「…愛羅が子を亡くして気力も失せてしまい、憔悴しておるので陸の所に帰すのは忍びなく、仮に陸が宮を整えようとも戻さぬ事に決めたと。」
炎嘉もそれを見て隣りの志心へと書状を渡し、順に回って行く。
「どうせ帰すつもりはなかったくせに。良い口実とそのようにしたのだろう。まだ陸には知らせておらぬようだの。こっちはとっくに知っておったのに。」
焔は寝ているので、箔炎、駿、高彰、翠明、英と書状が回って維心のところへ戻って来た。
「…だが、こうして先に知らせて参ったということは、旭は一応、こちらが許可を出すのを期待しておるということで、否と言えば聞く方向で考えたのでは。」
高彰が言う。
志心は、ため息をついた。
「いや、それなら良いかと聞いて来よう。一応知らせるが何を言うても帰すつもりはないのだ。決めた、と断定して書いておるから。陸に知らせる時期をこちらに委ねるということだろう。」
炎嘉は、言った。
「まあ、今の陸の宮の状況は、我も調べさせておるが迅が残したやり方が定着してきて上手く回り始めておる。後は陸次第であるが…恐らく、やる気を失おうな。」と、義心を見た。「もう一人の婿の銀令はどうよ?」
義心は、維心を見る。
維心は、頷いた。
「…は。」義心は、維心から許可が出たので口を開いた。「旭様は大層可愛がっておられる由。三日に開けず遥々蝦夷まで通い、旭様より教えを乞うて今では宮も上位の宮と遜色ない様になりましてございます。王があのようなので、臣下達もかなりやる気に満ちており、大変励むので宮の雰囲気は大層な格に見えるほどで。銀令様ご自身も、動きまで落ち着いて来られて僅かな間にと我も驚きましてございます。」
それほどにか。
皆は、驚いた。
確かにやる気のある王だったが、そこまで一生懸命こなすとは思ってもみなかったのだ。
「やはりやる気の問題か。」駿が言う。「あれは若いしおかしな誇りもない。旭にとことん教わって言いなりにしておったらそうなったのだろうの。」
炎嘉が、言った。
「ならば銀令は問題ないな。やはり陸か…蒼。」と、脇でそんな様子を俯瞰して見ていた、蒼に言った。「まずは陸にはぐれの神の中に陸そっくりの神がおる、母も共に知らずに保護していたが、話を聞いてもしやと思うと知らせを送れ。陸に確認させ、そして告示させるのだ。そして望むならここでこのまま世話をすると申し出よ。恐らく愛羅がまだ戻ると思うておる陸は、喜ぶだろう。昌士の学びはどこまで進んでおる?」
蒼は、目をこすりながら答えた。
「詳しくは聞いておりませんが、動きに品が出て参りました。かなり進んで来ておるかと。迅が隣りに居りますが、呼びますか?」
炎嘉は、頷いた。
「呼べ。聞いておく必要がある。それから主は書状を送る指示をして、少し休んで来るが良い。疲れておるのだろうが。」
蒼は、バツが悪そうな顔をした。
「すいません、眠気が来て。では、お言葉に甘えて。」と、立ち上がった。「迅にこちらへ来るように申します。」
そうして、蒼は出て行った。
大画面には、PAUSEと表示されていて、今停止させている状態だ。
「…我らも小休止ぞ。」と、維心はコントローラーを置いた。「焔は寝ておるし、あまり進めたらまた拗ねる。迅から話を聞いたら一度離れて、昼頃また戻ろう。」
皆は頷いて、力を抜いた。
画面上では物語の中盤に差し掛かっていた。




