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花見の席で

炎嘉が知らせて来たのは、卯月の三日から七日までの日程だった。

蒼に相談の文を送ると、ちょうど花見で呼ぶつもりだったから、そこから滞在したらどうかと返事が来たので、そうすることになったのだ。

月の宮の花見には、毎年出掛けるので臣下も弁えていたし、そこから数日維月が里帰りだと言って残ることも多く、維心が二週間ほど留守にしたりもしょっちゅうあるのが花見の辺りの事なので、そう驚きもしなかった。

むしろ、四日で済むなら短い方だと思われていた。

そんなわけで、維心、炎嘉、志心、箔炎、焔、駿、高彰、英の八人と、綾がどうしてもとごねたので翠明も加わって九人の王達とその妃が集まることになり、月の宮はまた多くの王達が詰めかける状態となることになった。


それでも、普段から特に宮を開いているわけでもないので、滅多に客もない宮の事なので、臣下も文句も言う事も無く、本来身内の催しである花見の宴を、楽しく開いた。

朝から、桜の下に敷かれた毛氈の上で、酒を飲みながら肴を摘まみ、皆で話す楽しい場だ。

王達の毛氈と、臣下の毛氈は離れていて接することが無いので、臣下達は気兼ねなく宮から支給される酒を飲むことができた。

とはいえ、そこへ入れるのは宮へと上がることを普段から許されている臣下達だけなので、その他大勢の臣下は、宮から花見用に支給された樽酒を、それぞれ宮の外の桜が咲いている場所へと行って、そこで飲んでいるはずだった。

赤い毛氈の上、この桜の園の一番上の場所で丸く円を描いて座った王達は、珍しく酒はちょこちょことしか飲まず、控えているようだ。

恐らく、この後のゲームの事があるので、飲み過ぎて寝てしまってはとか、また判断を誤ってはと、結構本気でゲームに向き合っているのが分かった。

維月もそれを気取っていて、フフと微笑んで維心を見上げた。

「まあ維心様、本日はお酒も進まぬご様子ですわ。茶を持って来させましょうか。」

維心は、維月を見て頷いた。

「そうであるな。毎年良い花見酒であるが、しかし此度は心に残ったわだかまりを消そうと思うて来たことであるし、それを違えてはと思うておる。酔うで間違えてまた間違えては二度とこんな時は持てまいしな。」

確かに何度もやり直しているほど、王達は暇ではない。

なので、これが最後のチャンスだと、皆思っているのだろう。

維月は、頷いた。

「そうですわね。我も時が許す限りお見守りを。疲れて参りましたら部屋へと下がらせて頂くかもしれませぬが。」

維心は、また頷いた。

「そうであるな、主まで起きてみておることはないぞ。疲れて参ったら戻るが良い。」

そんな話で和やかにしていると、焔がそういえば、という顔をした。

「…そうよ、燐から聞いたが。」と、蒼を見る。蒼は顔を上げた。「何やら主の宮では、女神の重臣を取り立てるのかもしれぬと?」

蒼は、言われてみたら神世では珍しいことだったか、と頷いた。

「そうだな。まだ分からないけど。」

それには、炎嘉が驚いた顔をした。

「女神が政務を?そのような事をさせて大丈夫なのか。知識が追い付かぬのでは?」

蒼は、苦笑した。

「ここ月の宮では、他の神の宮とは違って、どんな職業に就くのでも、その適正があるかどうかの試験を致します。それにより、能力があるかどうかでその職に就けるかどうかが決まる。そして、それは軍神であろうが職人であろうが、文官であろうが変わりません。まず、本神がそれを希望するならその試験を受ける権利がある。それは、女神であっても変わりません。能力があれば受けられるんですよ。もちろん、政務に直接かかわって来るような重臣の場合、他の重臣からの推薦があって初めて試験を受けられるのですが、今回の女神は、図書室で司書をこなしている唯一の神で、蔵書を全て頭に入れていて、それは優秀で重臣から求められた情報を、そこからすぐに出して来てくれる優秀な女神で。恒が、重臣となるための試験を受けてはどうかと勧めて、受けることになりました。後は、試験で十分な能力を示すことができたら、その地位に就くことができます。」

維心が、真面目な顔で言った。

「我が宮では、というかほとんどの宮ではそういったものではなく、代々職は受け継がれるものであって、女神が長となれるのは治癒の場ぐらいのものであるな。何しろ、子供の頃からそうなるべく親がその子に知識と対神関係を与えて行くので、親が優秀であるほど子も優秀になり、自ずと同じような地位に就くことになる。成人してから学んでも、なので追いつけぬし地位も低くなるので、結局他の事をしようという気にならぬのが現状よ。この宮であるから、それができるのだと思うがの。」

維月は、言った。

「ですが、しっかり励めばそういう道もあるのだとなれば、女神も学ぼうとするのではないでしょうか。そういう道が無いから、皆婚姻で誰かに守ってもらわねばという事になるのでは…。」

それには、炎嘉が苦笑して首を振った。

「維月よ、文官と申すのは、軍神と違って危ない事も無いと思うやもしれぬが、そんな事は無い。仮に他の宮の者達に、弱い文官の存在を知られてしもうたら、その文官から宮の情報を引き抜こうとして参る。重臣と申すのは、様々な奥の事も含めて、我らの動きを知る立場にある。あれらは、ただ毎日宮の中で政務を手伝っているだけに見えるやもしれぬが、我らのために秘密は守るし、命を懸けても漏らしはせぬのよ。つまりは、仮に攫われて、情報を取られそうになったら自決する覚悟がある。ゆえ、あれらは戦う必要がないのに、常、胸に懐剣を挿しておろう。もしもの時には、すぐに死ねるように準備しておるのだ。あれが、あれらの覚悟ぞ。能力だけでは追いつかぬ。女神にそれを強要するのは酷であるゆえ、我らはそういったものから女を遠ざけておるのだ。口を割らずでも、記憶を取ることができようが?死ぬことでしか、守れぬものもある。」

維月は、ぐ、と黙った。

太平とはいえ、未だにあちこち小さな反抗の芽はあるのだと維心は前に話していた。

弱い場所を見せたら、そこを狙って来る輩が必ず居ると炎嘉は言うのだ。

維心は、頷いた。

「女だと侮っているのではないが、しかしそんなつらい目に合わせるのもの。子を育てるとなると、やはり女神が適任であるし、これから子を産もうかという女神を、そんな命がけの地位に置くのは気が退ける。なので、侍女や治癒の場にしか、我はあれらを使っておらぬのだ。女神達も分かっておるから、宮の重要な役を望んだりはせぬのよ。重臣達の手当てが多いのは、命懸けの地位であるからなのだ。」と、黙って聞いている、蒼を見た。「…ま、ここは月の宮。なので良いのではないかの。他の宮では、無理なことだというだけよ。」

蒼は、言われてみたらそうだと思っていた。

月の結界があるので、この中に居れば余程のことがない限り、問題はないし、今は宮を閉じているので外との軋轢もない。

龍の宮も絶対の結界があるが、それでも重臣達は他の宮へと会合に出掛けねなならない時も多く、全てが中で済ませられるわけではない。

維心が言うように、常に危険と隣り合わせな重臣達の中に、女神など混じっていたら立ちどころに狙われることになってしまうと考えるのが普通だろう。

蒼は、顔をしかめた。

「…確かに仰る通りですね。この宮だからこその、制度かもしれません。今は宮を閉じておりますが、そうでない時は恒もよく外へ会議だと出掛けていましたし。今それがあったら、恐らく女神は行かせるのを躊躇うでしょう。甘いのかもしれませんね…まだ命懸けの世の中ですし。」

それには、志心が頷いた。

「その通りよ。己の身を己で守れない者は、重要な地位に就いては命を落とす危険性が増す。軍神達だって、守りたいが守り切れない時がある。難しいことであるが、あっさり殺されるような事がなくなった未来であったら、主のような取り立て方も良いのかもしれぬな。」

蒼は、頷いた。

とはいえ、もう女神の一人、優秀な司書である佐織の試験を、実施しても良いと恒と裕馬に許可したばかりだ。

今さらそれを違えるわけにも行かないし、最上位の王達も、特に反対しているわけではなく、この宮なら良いだろうが、他の宮では無理だと言っているだけなので、予定通りに進めよう、と、蒼は気持ちを切り替えていたのだった。

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