現実
それから、維心達居残り組の王達が風呂から帰って来たタイミングで香を揃えて皆でそれを鑑賞し、今年は誰か一番だとは決める事は無かった。
全てが志心を想って合わせた癒しの香りに満ちていて、どれを一の香になど、誰も決められなかったのだ。
それを、全て志心に向けて贈り、志心は大変にそれを喜んで、必ず礼をすると涙ぐんでいた。
皆の心が、嬉しかったのだろう。
そうして、午前中がおっとりと過ぎて行く中で、昼前になって、侍女が呼びに来て場を外していた、蒼が戻って来た。
「あの、皆様。」皆が蒼を見る。蒼は続けた。「迅と昌士が、お話をしたいと。」
これまで和やかに話していた全員が、スッと真顔になった。
頭が政治向きのことに切り替わったのだろうと蒼は思った。
「良い。入らせるが良いぞ。」
維心が言う。
蒼は頷いて、廊下に待たせていた二人を招き入れた。
入って来た二人を見て、維心も炎嘉も、他の王達も眉を上げた。
迅は知っていたが、昌士だ。
確かに昌士は、陸の若い頃にそっくりだったのだ。
「…そうかこれほどに。」炎嘉が、昌士を見て言った。「色が違うし、雰囲気が引き締まっておる上若いゆえ、パッと見た所では全く分からぬが、そうと言われて見たら陸に生き写しぞ。あれは、今はあれだが若い頃はそれなりの美男であった。これはあの頃の陸そっくりそのままなのだ。」
維心も、頷いた。
「これなら気を探るまでもなく臣下も納得しそうなものよな。元より気もそっくりであるし。」と、蒼を見た。「それで、話はつけたのか?」
蒼は、頷く。
「はい。二人からお話を。」
最上位の大きな気の王達を目の前に、昌士が固まっているので、迅が答えた。
「は。我らは、一緒にあちらへ戻って共に助け合って宮を回そうと思うておる次第。ただ、昌士に王となってもらい、我は脇から補佐をと考えておりまする。」
維心は、眉を上げた。
「…しかし主はここを離れたくないと強う申しておったではないか?我らも、主はこちらへ残して昌士をあちらへ帰せば良いと思うておる。血筋さえしっかりしておれば、後は臣下がどうとでもやりおるしの。主が帰ると申すなら、別に主一人で事足りるのではないのか。」
迅は、もっともなことに視線を落とした。
「は…。しかしながら我は、涼夏を娶りまして。王にはなれぬのです。」
皆が、それこそ驚いたように目を見開いた。
焔が、言った。
「なんと?主な、こんなめんどくさい時に、何故に更にめんどくさくなるようなことをするのよ。涼夏本神には罪はないが、あれは白虎の皇子を弑した女の子であって、許されることではないのだぞ。そこらの神なら問題ないが、王族の妃にはできぬのに。」
蒼が、庇うように言った。
「これらは幼馴染みでこちらへ来てからも仲良くしておったのですよ。オレから見たら、いつこうなってもおかしくなかったのです。迅を責めるのは間違いです、今はただの神なのですから。」
炎嘉が、むっつりと言った。
「…ならば尚更に迅は戻らぬ方が良いのでは。昌士だけを戻したら、あちらは回るのだ。陸はまだ何も知らぬが、正月明けにでも旭が通達するだろうし、そうなってからのことぞ。成ってしもうたことを今さら言うても始まらぬ。」
迅は、言った。
「ですが昌士一人を戻すのは、あまりに酷なことかと。我ならいろいろ教えてやることができるので、上手く回せるようになるまででもあちらへ帰ろうと考えたのです。はぐれの神の集落で育ったのですよ。根本から教えねばならぬのです。そうすれば、臣下が昌士を認めるのも早いかと思うたのですが。」
維心が、言った。
「…だとしても涼夏を連れて戻ることを、臣下がどう申すか分からぬからよ。とはいえ、まあ臣下も迅には戻って欲しいだろうし、能力の分からぬ皇子より、優秀だと分かっておる皇子を戻そうと思うもの。」と、何かに気付いた顔をした。「…そうか、だからだの?主、分かっておって娶ったな。」
迅は、気取られた、と驚いた顔をする。
蒼は、慌てて割り込んだ。
「だから帰りたくないのではないのです。ただ、涼夏と離れたくなかっただけで。」
維心は、呆れたように言った。
「まあ良い、それも意地であろうし。誰かを望む気持ちは、いくら我でもわかるゆえ。臣下に選択させようと言うのだろう。涼夏を認めるか、それとも帰らぬか。しかし認めなんだ時はどうするのだ。昌士一人を帰せと言うて来たら?」
迅は言った。
「昌士だけでは荒れた宮を元に戻すのが無理なのは臣下には分かっておることです。我が共にでなければ、我だって昌士をあちらに行かせるわけには行きませぬ。飲むしかないと思っております。」
恐らく迅がこう言うのだから、そうなのだろう。
臣下のことは、その宮の王族が一番分かるだろうからだ。
炎嘉が、ため息をついた。
「…仕方がない。では、我らもそのつもりで陸に当たろう。確かに主の言うように、元ははぐれの神であってまだ月の宮に取り立てられたばかりなのに、いきなり宮を回せとは乱暴な話よ。あちらもそれが分かるゆえ、臣下は主の申し出を受けるよりあるまい。だが、涼夏にとっては針のむしろであるぞ?それは分かっておるな。」
迅は、頭を下げた。
「は。それはお互いに分かって決めたことでありまする。我はあれを、できる限り守りきります。」
維心は、ため息をついて隣りの維月を見た。
維月は、黙って心配そうに維心を見上げている。
維心は、そんな維月の肩を抱いてから、頷いた。
「…覚悟があるなら引き離そうとは言うまい。昌士も、義姉がそのようなことになっても共にと言う想いを忘れず、しっかり励むのだ。主にしたら何故にと思うやもしれぬが、これが神世ぞ。面倒が多いのが我ら王族よ。何事も思うようにはならぬ。あくまでも、我らは迅のことは、ここから出さぬ方が良いと考えていた。地である碧黎がわざわざそう申しておったからぞ。だが、迅が申すように主では始め、かなり難儀するだろう。なので許すのだ。本来、主を一人で帰すのが良いと思うておった。それを忘れぬようにな。」
昌士は、頭を下げた。
「は!肝に銘じて励みまする。」
維心はため息をついて、炎嘉を見た。炎嘉は維心と目を合わせて、頷いた。
「…では、様子見ぞ。陸はまだ何も知らぬ。とにかくは、旭の動きを待つ。その上であちらが焦り始めた頃に、主のことを蒼から知らせる。そして、陸をこちらに呼んで確認させ、その後帰る話になるだろう。それまでは、こちらでとりあえず、迅から知識をもらうのだ。」と、蒼を見た。「これらの任は解いて学びに集中させよ。時はあった方が良い。宮の動きなど学ばせたければ我の宮に来て開に教えさせても良いしな。」
蒼は、頷いた。
「はい。ではそのように。」
焔が、むっつりと言った。
「なんぞ、維心まで分かったようなことを。本来分かっておるのに先に我らを騙すように妃を娶るなど…すぐ離縁させても良いぐらいなのに。」
炎嘉は、苦笑した。
「主には分からぬだろうの。だが、想い合っておるのだから引き離すのは酷というものぞ。覚悟があっての事なのだ。ここは見守ろうぞ。」
焔は、フンと横を向いた。
「戦国ならそんな甘いことを言うておったらすぐ戦であった。誰を想う、慕わしいなど…妃を質に取られても、民のために見殺しにする世で生きておったのだから我には納得できぬわ。」
焔の言う通りだったので、炎嘉は顔をしかめた。
すると、志心が言った。
「今は戦国ではない。」焔が志心を見ると、志心は続けた。「戦国であったらこんな所に集まって、皇子を失ったからと皆が慰めの香を持ち寄ってなどあり得なかった。そんなことは日常茶飯事であったから。焔よ、主も前の記憶は忘れぬか。今は我らが太平の世を作り上げたのだ。せっかくの世ぞ、少しぐらい甘やかせても良いではないか。何かあったらこれらの責。それはこれらも分かっておるよ。」
言われて、焔はむっつりと黙る。
迅は志心や炎嘉、維心、それに何より蒼に感謝して、蒼に促されてその場を辞したのだった。




