もう一人の子
蒼が、何と説明したものかと重苦しい表情で応接間へと入って行くと、さぞかし楽しく談笑しているのだろうと思っていた王達が、皆こちらを見て深刻な顔をしていた。
蒼は、何かあったのかと慌てて脇で膝をついて控えている義心を見たが、義心は何も言わずに頭を下げているだけだ。
蒼が、仕方なく進み出て、言った。
「おはようございます、皆さん。といってもう昼なんですけど。いろいろあって、対応に駆けまわっておりました。」
皆が、誰が言う?誰が言う?と視線で押し付け合っていると、炎嘉が言った。
「その…だろうなと思うた。我ら、義心から報告を受けて、愛羅が流産した事を知っておる。で、その事で話さねばと思うておったのだが…。」
蒼は、やっぱり義心が気取って調べて来たんだとため息をついた。
「はい。その…でも、ちょっと待って頂きたくて。十六夜から聞いてます。迅も居て…迅は、やっぱりここに居るべきだと思うのですよ。それは、碧黎様のご意見ですからオレもそうした方がいいと思うんです。で、どうしたらいいか、碧黎様にヒントをもらって…ちょっと、その、偶然探せと言われていたものを、あっさり見つけてしまって。」
炎嘉は、何度も頷いた。
「そうであろうの。主がなかなか来ぬからの。その…、」と、維心を突っついた。「維心、説明せぬか。」
と、さっきから、自分は話すのが担当ではないと涼しい顔をしている維心を、恨めしげに見た。
全部盗み聞きしてましたとは、炎嘉は言いたくないらしい。
維心は、全く問題なく口を開いた。
「蒼、聞いておった。隣りで話しておったであろうが。夕とかいう侍女が、迅の母であったのか?アマゾネスの。」
蒼は、びっくりして維心を見た。
皆が、バツが悪そうな顔をして、視線をそらしているが、維心は真っ直ぐ蒼を見ていた。
悪いとは思っていないということだ。
蒼は、そもそも聞かれたくなかったら真隣りなどで話をするべきじゃなかったんだからと自分を納得させながら、頷いた。
「そう、そうなんです。というか、だったらご存知ですよね。陸に、もう一人皇子が居たんですよ。それも、迅と一歳ぐらいしか歳が違わない皇子が。マラートという名であるらしいですが、もしかしたらこちらの名前を付け直しているかもしれません。」
志心が、頷いた。
「そうらしいの。それで、その皇子を探すのか?まだ生きておるのだろうか。」
蒼は、ため息をついて、首を振った。
「いえ…分からないんです。でも、碧黎様は迅が王座に就くのは違う気がする、と仰って。迅自身もとても嫌がるので、だったら母親を探せ、と碧黎様は仰ったんです。つまり、その母から皇子の存在を聞き出せという事だったのではないかと。何しろ、全部知ってるんでしょうけど、言えないですからね、碧黎様は。」
炎嘉が、目を丸くした。
「碧黎は、迅を王座に就けるなと申すのか。」
蒼は、それにも首を振った。
「いえ、そうではありません。ただ、ここに居るべきで、他に責務があるように思うと言っていました。碧黎様にも、見えるものと見えないものがあるらしくて。だから、迅は今はぐれの神の集落へ、母を探しに出掛けたのですが、ここに居ったので…むしろ、弟の方を探せと言いたいところです。」
焔が、言った。
「一年ほどという事は、160ぐらいか。一年しか違わぬのなら、ほとんど同い年であるからの。」
蒼は、頷いた。
「はい。恐らくは。聞いていらしたのならお分かりになるでしょうが、色合いは黒髪青い瞳で、顔立ちは陸とそっくりだと。」
しかし、志心が顔をしかめた。
「陸と?あれの若い頃の姿は、どうであったかの。詳しゅう覚えておらぬわ。」
炎嘉も、渋い顔をした。
「我もぞ。若い頃はそれなりに美男だと言われておったらしいから、今とは違うであろうな。また難しいのう…真っ黒の髪に青い瞳なら、珍しいゆえ目立って見つかりやすりかもしれぬとはいえ。」
確かに黒髪は龍に多く、あの辺りの神は皆軒並み少し茶色い髪をしている。
陸も多分に漏れずそうなので、印象が変わってわからないかも知れなかった。
「…だが、曲がりなりにも王族である陸と、アマゾネスである母の間の子なのだから、それなりの気を持つはずなのだ。」志心が、言った。「生き残っておるはずぞ。血とはそういうもの。そのマラートという皇子を、とにかく探すしかない。」
維心は、頷いて義心を見た。
「義心、では主はそのマラートという皇子を早急に見つけ出してくれぬか。碧黎がああいうということは、何かあるのだろうし迅があれほど王座を嫌がるのにも、何か意味があるのではと思う。このままでは我らが困るし、何としても探し出せ。」
義心は、かなり面倒な事を命じられているのだが、嫌な顔一つせずに頭を下げた。
「は!仰せの通りに。」と、蒼を見た。「蒼様、では先に母である夕という侍女の気を探らせて頂けませんか。覚えてそれを頼りに探します。」
蒼は、頷いて今入って来たばかりなのに、立ち上がった。
「ああ、もちろん。」と、皆を振り返った。「もう少しお待ちを。終わったらゲームを致しましょうか。」
焔が、言った。
「あ、主の宮のメンコで実際に使用したことのある物を見せてくれぬか。我ら、実践用のメンコを作り直して来年に備えようという話になっておって。」
蒼は、頷いた。
「持って来させるよ。では。」
蒼は、義心と共に出て行った。
また面倒なことになったが、今は遊ぶのだと皆は気持ちを切り替えようとしていた。
一方、義心は蒼に夕を見せてもらい、その気と顔を覚えた。
夕はそうと言われてみたらやはりアマゾネスで、気の色が北の神のそれとよく似ていた。
顔立ちも美しいのだが、やはりあちらの神の物だと言われたらそうだった。
黒髪だったので、上手くこちらに紛れていたようだった。
品良く動くのが、また美しく見せていて、これならもしかして、陸の臣下も、今なら妃として認めるのではないかと思わせる。
とはいえ、それが夕の幸福なのかもわからないので、義心は余計な事は言わないでおこうと思っていた。
考え事をしながら、どの辺りから調べようかと宮を出て結界に向かって飛んでいると、迅の気を感じた。
…迅が戻って来たのか。
義心は思いながら、結界を出て浮き上がると、あちらも驚いたように義心を見つけて寄って来た。
…なるほど、あの夕によく似ている。
義心は、思った。
迅は、仲間であるだろう月の宮の甲冑を来た軍神と共に、目の前に浮いた。
「義心ではないか。」と、言ってからハッとした。「いや、こんな口を利いてはならぬな。ええっと、義心殿。」
義心は、苦笑した。
「同じ軍神同士、気にする事はない。ところで、主の母を探しておると聞いたが。」
迅は、頷く。
「この、昌士が結界内を先に探してはと言うので、戻って参ったのだ。我が探しに参った集落は、我が結界側にあるものなのだが、昌士はそこで育ったというので。」
昌士は、義心を前に緊張した顔をしながらも、頷いた。
「は。その、元ははぐれの神でありますので、はぐれの神の集落には詳しいのです。」
義心は、頷く。
「だろうの。その判断は間違っていない。」二人がえ、と義心を見つめると、義心は続けた。「迅の母はこちらで侍女をしておった。蒼様が気づかれて本神に聞いたところ、そうなのだと分かったのだ。最初、自分の存在が知れたら子に迷惑が掛かると渋っていたが、話してくれた。己がユリナであると認めた。」
迅は、目を見開いた。
そんな、間近に居たのか。
「では…では、我は母に会わねば。」
義心は、頷いた。
「それはそうだが、実は主には別に兄弟が居た事が分かった。」
迅は、母は宮の中かと、気もそぞろになりながら答えた。
「それははぐれの神に拐われたのだから、生んでおろうな。それが何か?」
義心は、首を振った。
「違う。主の同じ兄弟ぞ。同じ陸様の御子。拐われた時に身籠っていたのだ。だが、拐った男より気が強かったので、殺されずに生めたのだと話していた。だが、男が暴力ばかりを振るうので、そこを去ったらしい。まだ50ほどの子供であったと。」
それを聞いた、迅は母のことも吹き飛び、目を丸くした。
「え…?父上の、御子?!」
だが、どこかで聞いたような話だ。
昌士が、にわかに顔色を変えて、言った。
「その、男の名は?」
義心は、答えた。
「幹。」と言ってから、ハッとした。「…待て、主の気…?」
迅の気と合わさっていて似ているのだと思っていたが、違う。
この二人の気は、そっくりなのだ。




