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その日は暮れて

演奏は素晴らしいもので、翠明も問題なくいろいろな曲を弾き、皆について行っていた。

綾が嫁ぐまでは全く楽には疎かったのに、今では大した腕前だった。

駿も、正月にはこうなると分かっていたのかしっかりと練習してあるようで、危なげなく弾きこなしている。

公明は元より名手だった。

それより驚いたのは、高彰だ。

あまりにも美しい音色に、いつの間にか起き出した焔が割り込んで共に弾くと聞かなかったぐらいだった。

…前世の高彰様が、歴代最高の王と言われていたのは政務ばかりではなかったのだわ。

維月は、それを見てそう思っていた。

そうして終えた合奏の後、蒼が言った。

「お名残惜しいですが明日もございますし。本日はそろそろお開きに致しましょうか。」

焔が、頷いた。

「我は寝ておったし元気であるが、確かにの。月ももう高い。そろそろ戻るか。」

維心が、立ち上がった。

「良いものを聴かせてもろうたわ。天黎と碧黎が他に合わせるのがこれほどに上手いとはの。他を引き立てる演奏は、できそうで難しい。学びになった。」

天黎は、微笑んだ。

「主らの労いの場であるからの。」と、立ち上がった。「では戻るか。碧黎、参るぞ。」

碧黎も、立ち上がった。

「参ろう。ではの、主ら。後二日、楽しむが良い。」

そうして、二人はパッと消えて行った。

…だからパッと消えるなというのに。

維心は思ったが、維月の手を取った。

「さあ、帰るか。明日は何をするかのう。」

蒼が、言った。

「何でもよろしいですよ。メンコを鑑賞するんじゃなかったかな。皆様、美術品のようなメンコを作らせたと聞いておりますけど。」

焔が、言った。

「おおそうよ!志心も元気になったしせっかくであるから見せあった後対戦しよう。楽しみであるな。」

そんなことを話しながら、王達は控えの間に戻るために歩き出した。

維月はそんな中でも、まだ玉貴を案じていたのだった。


客間へと帰った皆とは違い、維心と維月は、維心の対へと帰って来た。

維月が浮かない顔をしているのに維心は気付いていたが、恐らくは玉貴の事だろうと、分かっていた。

なぜなら、その話が出た辺りからこんな感じだったからだ。

去年は同じように皆でこちらへ集い、一緒に話した仲なので、維月は玉貴を友の一人だと思っているだろうし、気持ちが沈むのも分かった。

だからといって、王が宮のためにと決断したことを、他の宮の王が口出しするのもおかしな話だ。

何しろ、樹伊が妃を複数娶ったからと、龍王である維心には何の影響もないからだった。

なので、休む仕度を整えて寝台に横になりながら、維心は言った。

「…維月。玉貴が気にかかるか。」

維月は、維に肩を抱かれて横になっていたのだが、え、と顔を上げた。

「はい。お気付きでしたか。」

維心は、頷いた。

「わからいでか。主と何年共に居ると思うておる。」と、ため息をついた。「…だがの。我には口出しはできぬぞ?それでまた、夏奈のようなことがあったらこの限りではないが、これまでもこれからも、誰が誰を娶るからと、我に割り込む権利はない。その女を我が娶りたいとか、それがあまりに理不尽だとかならさすがに割り込む事もあるが、此度は宮を円滑に回そうと樹伊が考えた末のこと。我もそれが妥当だと思うし、なので此度は何も言わぬ。」

維月は、ため息をついて頷いた。

「はい。分かっておりますわ。ですから黙って聞いておりました。綾様も案じておるお顔でしたが、何も仰いませんでしたし。結局は、宮のためなのでしょう。」

維心は、頷いた。

「その通りぞ。王は、余程の力が無ければ思う通りに妃を娶るなど難しい。我は絶対の王であって、臣下に何も言わせぬ力があるが、普通はそうではない。臣下が仕えてくれて崇められての王なので、臣下に厭われたらもはやそれは王ではないのだ。陸のことも、迅が宮に居た時には臣下は簡単に見限ろうとしたであろう。臣下だって、己が命を懸けて仕える王は決める権利があるのよ。なので我は、余程のことがなければ内政には関与せぬ。我の宮ではないからの。責任など持てぬから。」

維月は、頷きながらその通りだと思っていた。

王ですら、追い落とされることがある神世に居て、妃が安穏としていたら、臣下にそっぽを向かれるなど簡単な事に思えた。

樹伊は、王として役に立たない妃だけでは、臣下が納得して仕えてくれないのを知っているのだ。

「…はい。それでも、正妃にまでなさいましたものを。楢様がお輿入れなさったら、間違いなく正妃を降りねばなりませぬ。そんなに簡単に下ろされてしまうような、儚い地位なのかと何やら無情に思えたのですわ。」

維心は、それを聞いて苦笑した。

「…分からぬか。樹伊がああ申したのは、玉貴の事を考えてのことぞ。」

それには、維月はえ、と目を丸くした。

「正妃でなくなりますのに?」

維心は、頷いた。

「そう。このままでは、玉貴の生んだ皇子は臣に下る事になる。なぜなら、臣下が認めぬと公言したからぞ。だが、楢が入って教育すれば、皇子は跡目を継げる可能性がある。もちろん、楢が皇子を生んだらまた分からぬが、可能性は残る。だが、このままではその可能性もない。なぜなら、今も申したように臣下が認めぬからぞ。樹伊は、皇子に可能性を残すために早めに上位の皇女を娶り、成人するまでに教育させようと思うておるのだ。成人してしまったら遅い…それまで立場を決めておらぬでも、その時に役割をハッキリさせるからぞ。だから急いでおるのよ。皇女だって、上位の品を身に付けているのといないのとでは嫁ぎ先が全く違うからの。良い場所で生活させてやるためにも、楢は必要なのだ。樹伊は、玉貴の子の将来を考えておるのよ。」

それも愛情なのだろうか。

維月は、思った。

確かに夏奈の子達は何の罪もないのに宮を追われて、父王に命を狙われ龍に守られて月の宮に入った。

母が不甲斐ないと、子達が困った事になるのだ。

とはいえ、ここで会った玉貴は、確かに少し拙い事もあるが、とても頑張っていたと思う。

自分で言うのもなんだが、龍王妃と会うなど敷居が高かっただろうに、頑張って皆について来ていたのだ。

「…樹伊様のお気持ちは分かりました。」維月は言った。「でも、玉貴様をご教育される誰かが居たなら、そんなこともないのではないかと考えてしまって。私も、維心様に全てを教わって参りましたから…。」

維心は、維月を抱き締めてため息をついた。

「…主は貴重な月の片割れであって、それだけで宮に多大な貢献をしておるのでどのような様であっても臣下が反対などする理由もないのだ。余程の無作法な様なら違うがの。我が唯一愛して娶った女でもあるし、貴重な我の子を何人も生んだ。それだけで臣下にとっては充分なのに、主は宮の仕事もせっせとこなす。模範的な王妃の様も体現できる。主と他は違うのだ。つまり…普通はの、王が妃を育てたりせぬのだ。そんなことは里でやっておるのが前提ぞ。細かいことは己の良いように指示したりするが、基本的なことは教わって来るのが普通だし、そう思って娶る。我の場合、主が何も知らぬのは知っておった。臣下も誰でも良いから妃を娶って欲しかったので、我が良いなら月であるし良かった。だから育てた。主は特殊な例であって、他と比べるのは無理があるのだ。」

私が、月だから。

維月は、下をむいた。

そして、唯一維心が愛した女だから。

特別扱いされて、こうして育ててもらえたということなのだ。

普通の女神は、必死に励んで嫁ぐまでに育っているのが当然とされているのだ。

「…維心様…」維月は、維心に抱きついた。「私は幸運でありました。何も知らぬでやりたい放題でありましたのに、維心様に愛されて。根気強く育ててくださって唯一の正妃としてお側に置いてくださる。だからこそ、分からぬこともあるのかもしれませぬ。この件に関しては私はもう何も申しませぬが、それでも女として、玉貴様のお気持ちがご不憫だと思う気持ちは偽れませぬわ。」

維心は、維月を抱き締め返して頷いた。

「主がそう感じるのは仕方のないことよ。だが、我は主を愛しておるし、他を娶る気持ちなどないゆえ。己のことは案ずるでないぞ。」と、維月に唇を寄せた。「我の方が誰かに取られるのではないかと案じて仕方がないのにの。」

二人は口付け合って、その夜も深く愛し合ったのだった。

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