七夕の宴の席
維月は、結局宴の席には来なかった。
というのも、王達が恐らくは陸の妃の話もしたいだろうし、維月一人が居ることで、恐らく言いたいことも言えないのではないかと案じたからだ。
昔の維月なら、何が何でも出席して皆の動きや話を聞いたものだったが、今はそんなことをしなくても、聞きたければ地の陰であるのだから、いくらでもその場に居るようにしっかり聞けた。
だが、維月はそれをしなかった。
自分が案じる事が増えるだけだし、増えたところで神世を動かしているのは王達なのだから、自分がどうにかできるわけでもないからだ。
なので、一人居間に残って、十六夜と話していた。
《うーん、確かに変な気がしてるけど、別に霧になってるわけでもねぇし何より小せぇしなあ。質が悪いのは確かだが、まだ大丈夫じゃねぇか?》
維月は、ため息をついた。
「まあ、そっちも政略結婚だったみたいだし、愛情がどうのではなくて、立場が変わるのがって感情が凄く伝わって来るから、意地みたいな感じなのかなって見えるわ。地の目で見て感じるのは、陸様も佳織様も、お互いに愛情は持っていらっしゃらない事実よ。ひと昔前までは、王族の婚姻はそうだったから、珍しいことではないと思うけど…今さら、新しい女神が来るとなると、どうなるんだろうって恐れもあるんじゃないかしら。」
十六夜は、頷いたようだった。
《言われてみたらそんな感じだな。怖いと人も神も攻撃するよなあ。だが、あんまり騒いだら面倒がられて自分の首を絞めるだけじゃないのかって思うけどな。綾が言ってたじゃねぇか、女は結局穏やかな者が勝つって。今生、あいつはめっちゃ幸せに生きてるけど、前世は後宮争いの真っただ中で戦ったんだから説得力があらあな。》
維月は、頷いた。
「そうね。私もそれは分かってる。維心様があんな感じで私だけを貫いてくださっているから、そんな面倒はなかっただけで、本来私なんて、絶対大変だった位置だものね。」
十六夜は、ハハハと声を立てて笑った。
《あいつが他なんか見られるはずがねぇだろうがよ。あの頃からオレが居たし親父も居るし炎嘉だろ、志心だろ、焔だってお前が良いなら娶るって二つ返事で言うと思うし。義心だって、お前が言えばお前を抱いて逃げるぞ。》
維月は、頬を膨らませた。
「もう!そんなこと言わないで。まあ、私の価値観が人世の頃のままだから、確かに複数だったら維心様のことは諦めたと思うけど。最近はね、あなたとこうして話しているだけでも、充分に信頼してるし満たされててそれ以上は求めないっていうのかな、そんな感じなのよね。長く生きてるからなのかしら。」
十六夜は、答えた。
《オレがそうだからなあ。親父もだろ?だから、命のせいだろうなあ。やっぱり生きてて価値観が固定されてるようでも、結局は落ち着くところに落ち着くんだろう。それでもお前は、維心に合わせてやるんだろ?》
維月は、微笑んだ。
「そうね。だって愛してるし、あの方が求めるんだからそうするわ。」と、話題を変えた。「そういえば、蒼が来てるでしょ?お正月のことみたいだけど、何かそっちで話し合ったの?」
十六夜は、答えた。
《ああ、話し合ったんだよ、それでな…》
維月は、十六夜とまた、たわいもない話に花を咲かせて、時間を過ごしたのだった。
宴の席では、炎嘉がむっつりと言った。
「せっかく塔矢に見せようと恵麻を連れて参ったのに、維月が出ないと言うから宴に出せなんだわ。炎月もならばと志穂と控えに残るとか言うて。」
維心は、苦笑した。
「本当は出るつもりでいたのだ。だが、あれなりに気を遣ったのよ。あれが居ったら話しづらいこともあるだろうと言うて。我も、ならばと無理には言えなんだ。今は下位が騒がしいゆえ、落ち着くまでは我らでよく考えておかねばならぬから。」
炎嘉は納得したようで、頷いた。
「そういうことなら仕方がない。それにしても…」と、下位の方の席を見やった。「…皆妃を宴に連れて来ておらぬな。陸も特に悩んでおる風でもないし、妃のことは何とかできると踏んでおるのだろうか。」
志心が、言った。
「ここへ来ておる時ぐらい考えずにおこうと思うておるのやもな。それに、今さら何を言うてもこの話はなくならぬ。宮の将来がかかっておるのだからの。臣下も宮の序列に関わって来るゆえ、歓迎しておるだろうし。陸にはなんとしても傘下を持って世話してもらいたいし、こちらも引っ込みがつかぬのよ。」
そう、陸の宮の財力は今や上から二番目ほどはある。
あれだけの職人を抱えながら、親子三代に渡って質素倹約に努めて蓄財して来た結果があれだ。
蔵が乱立していて内宮を圧迫していて、今回の奥宮増設も、旭は愛羅のためにと喜んでいたが、恐らく違う。
良い機会だから奥宮を内宮にして、新しく作った方が蔵の問題も解決するからだろうと思われたのだ。
最近では保管に困って倹約令を解き、回りの宮を支援して放出している状態らしい。
なので、最初は吉賀と塔矢に何とかさせようと思っていたのだが、ここへ来て陸の方が礼儀さえ何とかなれば、適任だと考えているほどだった。
涼弥は、回りの宮との調整が上手い王なので、自立できたら同じように上げたいと考えていた。
というのも、義心に調べさせて知ったのだが、どうやら自立できないと申請しようと思っている宮の数が、想定よりかなり多いと思われたからだ。
いくらなんでも吉賀と塔矢だけではそれを全て面倒など見れないだろうし、上がる宮は多い方が良いのだ。
駿が、言った。
「まあ…最悪我が抱えても良いが…領地が近接しておるから、広げて何とか抱え込む形で。だが、いびつになるゆえできるだけ避けたいのだがな。」
志心も、ため息をついた。
「我も、西側は引き受けても良いが、何より面倒ぞ。これ以上広い土地は要らぬのよ。龍ではあるまいに、あちこち守るのが鬱陶しいゆえな。」
維心は、眉を寄せた。
「我だって好きで今の広さではないわ。あちこち宮が倒れて吸収するより他、生き残ったやつらを保護する方法がなかったゆえこうなっただけぞ。もう戦国は懲り懲りよ。我だってこれ以上広い土地など要らぬ。」
箔炎が、言った。
「何を言うておるのよ、義心が居るのに。あやつが北のドラゴンの領地に結界を張ったことを我は覚えておるぞ。あちこち面倒なら、あれにさせれば良いではないか。あれなら反乱など起こさぬから、安心して任せられるだろうが。」
維心は、キッと箔炎を見た。
「あれが優秀なのは知っておるが、領地を任せるなど王が二人になるようなものぞ。するつもりはない。」
焔が、クックと笑った。
「ああ、ないわな。同じ王なら維月を遠慮する必要もなくなるしな。表立って奪いに参ったら、維月がどちらを選ぶか案じるのだろう。何しろあれは面倒がないから、我ならあれを選ぶやもしれぬなあ。」
維心は、ぐっと杯を握って、杯は粉々になった。
途端に、バリンと音がしてざわざわと歓談していた大広間が一瞬にしてシンと静まり返る。
炎嘉が、慌てて言った。
「こら。力を入れすぎなのだ。」と、侍女を振り返った。「そら、片付けよ。全く飲み過ぎなのだ、維心。」
反論はさせないという強い口調で炎嘉言う。
顔は笑っていたが、声は笑っていなかった。
それでも侍女が寄って来て片付け始めて、こちらを見ていた他の王達も歓談に戻った。
炎嘉が、小声で言った。
「焔、刺激するでない。こやつは今育ってしもうて感情が抑え切れぬのだ。分かっておろうが。」
焔が、バツが悪そうな顔をした。
「そうだったの。忘れておったわ。」と、必死な顔をしている、蒼を見た。「そうか、主が気を送ったのか。」
蒼は、頷いた。
「今も送ってる。というか、やっぱり凄い勢いで来るので月でも抑え込むのが大変ですね。維心様自身が何とかしようとしていたからこれで済みましたけど、どうでも良いと思っていたらこの辺りは吹き飛んだかもしれません。」
皆が青い顔をした。
冗談も簡単には言えないということなのだ。
「…困ったものよ。早う育ってくれねば…赤子の方がマシだったわ。全く世話の焼ける。」
炎嘉が、息をついて言った。
志心も頷く。
「帰って参ったと喜んだのに次はこれか。いくらなんでもそんなことで死にとうないわ。できたら寿命で死にたいゆえ、皆で刺激せぬようにするのだぞ。我はそもそもそんな冗談は言わぬからの。」
志心は最近、寿命の話ばかりする。
焔が、眉を寄せて真剣な顔で言った。
「どうしたのだ。主は最近そんなことばかり言うの。何か予感があるのか。」
志心は、ため息をついて杯を置いた。
そして、言った。
「…最近、体が思うように動かぬ。」皆が息を飲む。志心は続けた。「主らの前世のように老いが来たにしても急激ではないから分かりづらいが、どうも進んでおるように感じる。気力も落ちて来ておる。もしかすると緩やかにこのまま老いて参るのやもしれぬと最近思うておるのだ。疲れるのが早いゆえ、最近は志夕に政務をさせるのが多くなって来ておってな。主らも、そろそろだと思うてくれた方が良い。」
皆が、黙り込んだ。
二千年以上生きて来た、志心が去るという事実にまだ、感情が追い付いていなかった。




