落着
涼夏は無事に亮太に保護されて、今は病院でリハビリというものをして、社会復帰を目指しているらしい。
迅は、あれからすぐに陸からの迎えがやって来て、己の宮へと帰って行った。
今は陸と昌士を助けて裏方に徹し、王座争いの様子は全くないということだ。
定成は記憶を失くしていたが、定弥の必死の看護の末に、何とか政務に復帰を果たしていた。
もともと未来のことだけ取られたので、少し頭がぼうっとするだけで、強い障害はなかったのだが、定弥がたった一人残った肉親なので、それは案じていたそうだ。
それでも、宮は安定して回っていた。
そうしてとりあえず、これで過去や未来を知る者の始末は終わった。
しかし問題は、あの侵入者、漸のことだった。
卯月の会議でそれを皆に明らかにしたが、皆はそんな神には心当たりはなく、何も分からぬままに時は過ぎていた。
…気になるが、しかしあれから姿は見ない。
維心は、思っていた。
わざと三日ほど宮を留守にしても、特に何も起こらない。
だからといって、懸念が去ったわけではなかった。
あの神が、いったい何の目的で、龍王が探しているもの達に接触し、そして何のために殺そうとしたのか。
それが謎のまま残ってしまったのだ。
維月が、十六夜との会話を終えて、奥から出て来た。
「…何を話しておった?長かったの。」
維心が言うと、維月はため息をついた。
「此度の件ですわ。どうやら、天黎様がおっしゃるには、あれらを地上へ下ろしたのは海青様であったとか。」
維心は眉をはね上げた。
「何と申した?海青?あれは…確か礼儀をわきまえた命であったはず。」
それとも違うのだろうか。
維心が考え込んでいると、維月は続けた。
「海青様は黄泉のことを学ぶために長くあちらにいらっしゃるのですが、その際に、面倒な記憶と意識を持った命が降りたのを知ってしもうたそうで。そこでそれを同じく気取った迅になる命と涼夏になる命に話して、そうしてその記憶を持ったままでは地上で長く生きられぬので、わざと過酷な運命の命に下ろすと通告し、それでもと言うので下ろしたのだそうです。もちろん、海青様の事はあれらは覚えておりませぬ。何かあった時に、望まぬでも黄泉へ戻せるようにと考えたのだそうです。」
「だが、思うようには行かなかった。」維心は、言った。「そうなろうな。地上に降りれば生きたいと願うもの。それが命に刻まれた欲求であるしの。して?この結果をあれはどう思うておるのよ。」
維月は、答えた。
「十六夜が申すには、命とはおもしろいと。このまま見守って行きたいと言うておるそうですわ。まさか幸福に、流れに逆らって生きる道を見つけるとは思わなんだようです。」
維心は、苦笑した。
「見つけたというよりはこちらが与えたのだがの。まあ良い、過ぎたことぞ。だが海青には、これからは安易な事はせぬように釘を刺してもらわねば。われらは万能ではないゆえ…まんまと懸念を抱えたまま、逃げ仰せたやも知れぬのだからの。」
維月は、頷いた。
「はい。それは重々申しておきますわ。」
維心は、維月の肩を抱いて、言った。
「それで…天黎は上手くやっておるのか。聡子は詠み人とはいえ神であるから、前世は人であるし、荷が重いのでは。」
維月は、それにはフフと笑った。
「いえ、聡子にとっては、天黎様もお父様も、十六夜だって蒼だって、私だって皆、同じなのですわ。俯瞰して見ておって、己がそこへ組み込まれるなど考えても居らぬ様子。そもそもが、全く天黎様にも遠慮がないので、天黎様は時々困っておるそうです。天黎様がどういうことかと聞いても、まず己で考えてからお聞きくださいませと突き放したりするようで。それでも天黎様はめげずに聡子の機嫌を何とか直そうと励んでおるのだそうです。お蔭で父は天黎様のお世話に時を取られることも無くなって、今では平和にお過ごしなのだとか。良かったと思いますわ。聡子には気の毒ですけれどね。」
維心は、苦笑した。
まるで、自分が維月の機嫌を取る時のようだと思ったからだ。
「…まあ良いわ。それで回っておるのならの。」と、ため息をついた。「後は、漸のことだけであるな。」
維月は、途端に深刻な顔をした。
あれから、維月も地上を見て探してみたりしているが、そもそもそんなことで目につくぐらいなら、とっくに見つかっていただろう。
それだけ、大きな気の神なのだ。
「…お父様はご存知であられるようですし、私も気になって何度かお聞きするのですが…そのうちに分かると、そればかりで。一度聡子にも聞いたのですわ。でも、それも流れでありまする、と言って。それ以上は何も教えてくれませんでした。」
維心は、頷いた。
「そうであろうな。あれらは皆、知っておるのだ。だが、言わぬのだ。言えぬというのが正しいのだろうがの。」と、また息をついた。「しようがない。時が来るのを待つしかないの。今は、花も終わってしもうたから花見もできぬし、月見の時かの。長月の時に、何か集まって出来たらと思うておる。遊びはできておるか?」
維月は、ほら来た、と思って頷いて胸を張った。
「任せてくださいませ。マーダーミステリーのシナリオを、鵬と祥加と必死に考えておきましたわ。軍神達にもかなり力添えしてもらいました。維心様にも、楽しみになさってくださいませ。」
マーダーミステリーとはなんだろうと思いながらも、維心は頷いた。
「そうか。シナリオをの。ま、人世の遊びであるから。軽く楽しめれば良いよ。」
維月は、ぷうと頬を膨らませた。
「まあ!結構力を入れて三つも作りましたのに!一生懸命励んで頂かない事には、私も甲斐がありませぬわ。」
維心は、まずかったかと慌てて言った。
「いや、そういう意味ではないのよ。もちろん、我もやるからには励むつもりよ。怒るでない。」
維月は、ふうと肩の力を抜いた。
「ならばよろしいですけれど。」
維心は頷きながら、こうして遊びの事を考えて、平和に維月と戯れながら、生きて行けたらどれほどに良いものか。
だが、神世にはまた、新しい流れが来ているようだった。
長い間ありがとうございました。また、明日から頑張って続・迷ったら月に聞け17~古の神 https://ncode.syosetu.com/n1906hv/を始めたいと思います。あちこち書き散らしていて、とても疲れてしまったので、もうまよつきを同時投稿とか考えずに、地道に一本ずつ書こうと思った次第です。いつもと勝手が違い、同時だと時系列を揃える必要があって、話を合わせるのが難しかった…。私には荷が重かったようです。次からは普通に進みます。またよろしくお願い致します。9/5




