03話
もう手を出しそうになっている私はともかくとして、楪さんとさなちゃんが来てから早二十日、本当に私はともかく、二人は家に慣れてくれたようだった。
教室での対応もそう、周りの子もいまでは落ち着いたのもあるかもしれないけどさなちゃんも普通に相手をしていた。
ただ、それにより私にだけ見せてくれる笑顔がなくなって悲しみ……辛い。
「さなちゃん、一緒にごはん食べよ!」
「いいよ。あ、でも椛も――」
「いやいや、朝倉さんとはお家で一緒にいられるんだからさ」
「……まあいいよ」
がーん……なんか意図的に遠ざけられているような気がする。
家でだってクラスメイトと○○したという話しかしてくれないし、最初のあれはやっぱり不安だったから甘えてくれていただけなんだろう。
「いいもん! 私にはお姉ちゃんがいる!」
「うるさいわよ、静かに食べなさい」
「そんなこと言ってー、私に会えて嬉しいくせにー」
「最近はさなが気になっているわ」
終わった、さようなら私の高校生活。
「お姉ちゃんなんか知らないんだからー!」
「椛っ!?」
たまには外で食べよう、あの光景を直視できる場所にいるから問題なのだ。
「いただきます」
ここなら静かに食事を摂ることができる、高校生にもなると外で遊ぶような子はいない。
「ひゃっほー!」
いない……はずだったんだけど、そうでもなかったらしい。
「あれ、珍しく外で食べてるんだな」
「うん」
話しかけてきたのは親友である響ちゃん、彼女が動くと後ろで適当にまとめた房が揺れて結構楽しい。
「横いいか?」
「いいよー」
そうだよ、私にはまだ彼女がいた。
頼むと基本的に無理、面倒くさいと躱されて虚しい結果に終わることが多いけど優しい子なのは確かだ。
「さなはすっかり人気者だな」
「うん、そうだね」
「いまでは仁美派と同じぐらいファンがいるそうだぜ」
「すごいすごい」
姉派の人達簡単に意見を変えすぎでしょ、それとも姉に興味がなかった人がさなちゃんに興味を持っているのか?
「まあ小さいくせに出るところ出てるしな、それに笑顔も可愛い――ぶっ、あ、違う違う、周りを惹き付ける感じがあるからな」
「おーすごいすごい」
「お前なあ……適当に返事するなよ」
「あーはいはい」
それより今日はお菓子を補充してお肉とかお魚とかを買いに行かないと。
うじうじと考えていたって結局状況は変わらない、さなちゃんは人気者、ただそれだけだ。
元々姉が同じような感じだったから全く気にする必要はない。
「椛」
「よし決めたっ、いちいちうじうじ考えない!」
「椛っ」
「なに?」
そんなに大声を出さなくても側にいるんだから聞こえる、まあ、適当に反応していたのは申し訳ないから後で謝ろう。
「そんなに気になるのか?」
「ん? さなちゃんやお姉ちゃんのこと? だから考えないっていま決めたよ?」
「さなや仁美が相手してくれなくてもあたしがいるから安心しろ」
「うーん、そこまで期待していないよ。それに大体全部無理、面倒くさいで終わらせるでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな」
大切な子だけど、ただそれだけ。
いまはとりあえずさっさと食べて教室に戻る。
教室で食べればいいんだ、こういう逃げる形の選択は駄目だ。
「戻るね」
「あたしも戻る」
「そっか」
学校ではあの子と姉がいない計算にしよう。
あくまで学校の生徒ということなら、そういう人もいるよねということで片付けられるから。
考え方を変えてからまた楽しい時間が戻ってきた。
放課後は別行動がもう普通になってしまっているため一人で買い物に。
「また沢山買っちゃった」
楪さんは行ってあげると言ってくれているけど結局自分が断っている形になっている。
ごはん作りは協力しつつ、いまのところはさなちゃんとやることが多いか。
それでも母親という存在がいてくれているのは最高だ、掃除とかだって全部やらなくていいし。
「重い……」
それでもあともう少しで家に着く、この地味な一歩を積み重ねていけばどこにでも行けるって凄いことだよなって今更ながらに思った。
「こら!」
「ひゃっ!?」
視界外からの大声って大変怖い、そのせいで袋を地面に落としてしまうというどうしよもないところを披露することになった。
「あ、卵も買っているのに!」
慌てて確認してみたものの、残念ながらボロボロだった。
まったく……誰だよいま大声を出したの! あともう少しだったんだぞごらぁ!
内側でだけ大暴れしているとその声の主が私のところにまでやって来た。
「あなた、変態かなにかなの?」
「は、はあ!? じゃあいきなり大声を出すあなたは変人なの!?」
「下着、見えているんだけど」
「え? 前は問題ないけど」
「だから後ろが問題なんだけど」
慌てて触れてみたらなんかすとんと裾が下りてきた、それはつまりこれまでなんらかの形で上に引っかかっていたということになる、つまりつまり、どこからかは知らないけど公開されていたわけだ。
「うん、引きこもろう」
「は? そんなこと無意味でしょ」
「そうだね! あともうちょっと平和なやり方で教えてほしかったな!」
そうすればせめて食材は守れたよねという話。
私の尊厳についてはとりあえずどうでもいい、卵がぐしゃぐしゃになったのが問題なのだ。
「というかさ……それって本物の銀髪?」
「そうだけど」
「うっそだー! 銀髪で青色の瞳で日本語ペラペラってコスプレでしょ。ちなみに名前は?」
「自分から名乗るべきだと思うけど」
「私は朝倉椛!」
「私はミア」
スマホで調べてみたけど日本人でもカタカナの名前はオーケーらしい。
だからこの銀髪と青色の瞳はやっぱり偽物だ、瞳の方はともかく髪なら引っ張ってみれば分かるはず。
「痛いんだけど」
「わ、分かったっ、染めたんでしょ!」
「染めていないわ、幼稚園の頃の写真を見る?」
見させてもらうと――あ、可愛い子というのが正直な感想、というか確かにこの頃から染めていたりなんかしたら相当悪い子で両親だって怒るか。
「食材、早く家に運ばないと駄目でしょ?」
「あなたのせいだけどね!? ……方法は最悪だけど教えてくれてありがと、それじゃあね」
卵は今日中に全部使うとして……うん、オムライスにでもしようと決めた。
家の中に入ると楪さんはなぜかいなかったけどいまから作ることにする。
「私は大盛りで」
「了解! ……って、なんでいるの」
「いいでしょ? 卵を無駄にしたくなければ振る舞いなさい」
ま、まあいいか、食べて帰ってもらえばいい。
よっほよっほと切ったり炒めたりを繰り返して、完成。
「どうぞ」
「ありがとう、いただきます」
挨拶はしっかりできる子のようだ。
うーん、ただこの子は凄く小さいから迷子なのかもしれない、それでお腹が空いているところに私を発見、先程の大声というわけだ。
「美味しい」
「ありがと」
小学生か中学生か、それとも私より先輩? じっと見ていても瞳や容姿が綺麗だなとしか思えない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。ミアちゃんはさすがにもう帰るんでしょ?」
「泊まっていくけど」
「え、私達初対面なのに? これからまだまだ人が帰ってくるよ?」
「別に気にならないけど。それにちゃん付けはやめて、ミアでいい」
私が気になるんだけど!?
この~だけどという言い方が気に入っているのかな、やっぱり小さい子だったりして。
「ミアは何歳なの?」
「十二歳だけど」
「え゛……そ、それって小学生……だよね?」
「そうだけど」
そんな子をお持ち帰りした上に泊まらせる――バレたら警察に捕まってしまうんじゃないだろうか。
ここは意地でも年上として常識として彼女を家に帰さなければ社会的に死ぬ! 死んでしまう!
「大丈夫、来年の四月になれば中学生になるから」
「でもいますぐにはならないよね? よし、送るから帰ろうね」
「やだ、私は椛が気に入ったから」
「気に入ってくれてありがとう。でもね、ここは年上として正しい対応をしなければ――」
「ただいま」
おぅ……姉じゃなくて良かったけど、誕生日的に妹のさなちゃんが帰ってきちゃったよ?
「それ誰?」
「私はミア、重そうだったから荷物を運ぶのを手伝ってあげたの」
「姉がお世話になりました」
なんかこの二人が会話していると微笑ましい、もちろん、こんなやべえ状況でなければ、ではあるけど。
「椛姉さんも言ってくれれば手伝ったのに」
椛姉さんって呼び方初めてされたよ!?
……駄目だ、制御できる人がいないともっとカオスになる。
ここは強気に対応しなければ、年上としてしっかりしないといけないところだ。
「ミア!」
「なに? そんなに大きな声を出さなくても聞こえるけど」
「もう暗くなっちゃうから帰ろうね!」
がっと掴んで、ずずずっと引きずって、どばんっと開けて外に出る。
「ミア、教えてくれたのも美味しいって言ってくれたのも嬉しいけど、泊まるのは駄目」
「なんで? さっきお母さんに言っておいたけど」
「それってミアのお母さん?」
「うん、あまり迷惑をかけないようにしなさいって言われたけど、駄目だとは言われなかったけど」
「いやほら、明日も学校だし、大変になっちゃうでしょ?」
「明日は私達の学校休みだけど」
けどけどけどってうるさーい! こんなに手強い子と遭遇したの久しぶりだわ!
姉の件が解決したらすぐに新たな問題って、どれだけトラブルに好かれているんだよ私は!
「……椛は私といるの嫌なの?」
「そ、そうじゃなくてさ! 小学生を連れ込んでお泊りさせるのがやばいっていうかさ!」
「椛がまた新しい女の子といる……」
「あ、お姉ちゃん! 聞いてよっ、この子がさ!」
「……あなたって女たらしよね」
なんでやねん! なんでそうなるの!
……駄目だ、なんか私がおかしいんじゃないかとすら思えてくる。
このまま振り回す人の側にいたら叫び疲れ、通報され、社会的に死亡ルートしか見えてこない。
「椛姉さん、私にもオムライスを作ってほしいです」
「あ、うん、じゃあ作るよ」
あとのことは全て姉妹に任せよう。
私にはオムライスを作るという仕事があるから、小学生に構っている時間はないからね。
「できたよー」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
なんでまだ役を続行しているんだろう? 同じ妹系として譲れないなにかがあるということだろうか。
「椛、私はどこで寝ればいいの?」
ああ……結局こっちの子は納得していなかったんだな。
仕方ないので私の部屋で寝てもらうことにした。他意はない、抱きたいとか思っていない。
「ベッドじゃ駄目なの?」
「私も床で寝るから我慢をして」
「なんでそんなに不効率なことをするの? 二人でベッドで寝れば――」
「嫌ならさなちゃんかお姉ちゃんの部屋で寝て」
「……分かった、我慢する」
うぅ……父と楪さんになんて言われるかな……、「お前、こんな子を連れ込んで最低だ!」とか言われたら引きこもるよ本当に。
「私はお風呂に行ってくるから、後でお姉ちゃん達と入ってね」
「やだ、私は椛と入りたい」
「だって替えの服ないじゃん」
「椛の借りる」
扱いに困るねこの子、小さいから強く言うこともできない。
これが姉だったら「いい加減にして! そろそろ怒るからね!」ってぶつかれる、さなちゃんにしたってそこまでではないけど似たような対応ができる。
なのに、
「湯船狭い……」
「も、文句を言わないの」
これって私が悪いのかな、小学生だからってこちらが折れてばかりなのは失礼にあたることなのかな。
接してみて分かったことだけど彼女は普通にしっかりしている、なのに小学生だ他所様の娘さんだと考えて叱らずに甘やかしていたら寧ろ悪いのでは?
「椛はごはん食べないの?」
「私は後でお父さんが帰ってきた時に食べるよ」
「それって面倒くさくない? オムライスなら作り置きができるでしょ?」
「これが私のやり方なの! いちいち文句を言わないでよ!」
「……ご、ごめんなさい」
大声を上げたことにより向こうから姉妹が登場、ちょうどいいから二人に任せて出ることにする。
やっと落ち着いた時間を過ごせていたのにしょうもないことでそれをなくなってしまうのは嫌なんだ。
「あれ、椛ちゃんどこかに行くの?」
「うん、ちょっとコンビニに……あ、先にオムライス作るよ」
「わ、私がやるからいいよ、みんなは食べたの?」
「うん、あとはお父さんだけ。じゃあ、行ってきます」
このまま逃げれば私のせいではなくなる。
「――で、あたしのところに来たのか」
「うん、だって嫌なんだもん」
コンビニなんて嘘だ、そもそもお金すら持ってきていない。
「小学生にマジギレとかお前らしくないな」
「分かっているよ……私が悪いことぐらいは」
結局そういう鬱憤とかを弱者にぶつけてスッキリしたかっただけだということはさ。
でも、私だってそれなりに考えて行動をしているんだ、なのにいちいち文句を言われたらたまらない。
「悪いがお断りだ」
「……じゃあ野宿する」
「は、はあ?」
「響ちゃんに意地悪をされたから家に帰れないって連絡する」
「おまっ、それ脅迫だぞ!」
「肝心な時に助けてくれない人なんて大嫌い!」
と言って出てきてしまった。
自分の心の拠り所を自分で壊してどうするんだという話。
おまけにそこに雨、まるでアニメとか創作の世界みたいだなって一人呟いた。
とはいえ、私にもそれなりのプライドがある、今更これでのこのこと家になんか帰れない。
ちなみに楪さんには響ちゃんの家に泊まると先程連絡しておいたことから、心配になって探すようなことはしないだろう。
つまり朝までフリータイム、公園にでも行って屋根の下のベンチで過ごせばいい。
「ふぅ、オムライスを食べてくれば良かった」
食べたのは味を確認するためにした時のちょっとだけ。
ぐぎゅぎゅぎゅぎゅぅと大きな音が鳴って慌てて周りを確認したけど、幸い雨なので誰もおらず。
「うーん、小学生にマジギレして、友達に怒鳴って、雨に濡れて公園で野宿とか馬鹿じゃん」
たまにはこんな感じでなにもしないで生きるのが理想だった、中学生の頃なんかは部活で疲れていても家事は絶対だったから暇がなかったからそうなる。
でも、自分の意思でそうするのと、そうするしかできなくてしょうがなくするのとでは違う。
「寂しい……」
あと冬というわけではないのに体が冷える、幸い水は飲めるのがまだ救いだけど正直……。
「よ、お前の大嫌いな人間が来てやったぜ」
夜中になったらチンケなプライドなんかは捨てて家に帰ろう。
お風呂にさえ入ってしまえば後はリビングにでも転んで寝ればいい――って、鍵がないのか……じゃあ父に連絡をして開けてもらえばいいよね。
「さすが大嫌いなんて言ってくれる人間は違うな、堂々と無視とは」
「……大嫌い」
「聞いたよそれは。そのままだと風邪引くぞ」
「放っておいてよ、あなたなんて大嫌いなんだから」
「あっそ。でも、あいつらは聞かないだろうな」
あいつら? と見てみたら向こうから二人がやって来るのが見えた。
「余計なことをするなばか!」