02話
やってきた土曜日、私が家でソワソワと待っていると仕事終わりの父が再婚相手の人を連れてきた。
もう既に外は暗く、今日はこのまま泊まることにするらしい。
一目見て分かったのはお母さん、楪さんは確かに優しそうだなということ、あとは……娘さんが生意――じ、自分一人でなんでもできそうなこと。
先程までリビングにいた姉は本当にどうでもいいのかお風呂へ向かった。
それにしてもなんで私とこの子、さなちゃんと面談みたいな形になっているのかな。
「あ、えっと……お母さんのところにいなくていいの?」
「別に大丈夫」
「じゃあ私もお風呂に行ってきていいかな?」
「いいんじゃない? どうせ子どもがいたってなにもできないんだから」
うん、そうだけどさ……それを言ったら身も蓋もないからね?
うーん、でも冷たい子というわけでもないみたい?
「あなたも入りに来たの?」
「な、なんだかいづらくてさ……」
「残念ね……そうと分かっていれば待っていたんだけれど」
「いいよ、あんまり長時間入ると風邪を――って、さなちゃんどうしたの?」
扉が開けられ、その向こうには彼女が立っていた。
彼女はズビシと私の奥、つまり姉を指差すと「それ、椛の姉?」と聞いてきた。
「うん、仁美って名前なんだ」
「そ」
「う、うん」
さなちゃんもやっぱり姉の方がいいのかな。
一応あれからはお手伝いとかもしてくれるようになったから評価はうなぎのぼりなんだけど。
「私、椛の方が好き」
「え、あ、ありがと」
「仁美は性格が悪そう」
「そ、そんなことないよっ、最近はいいお姉ちゃんなんだから!」
ちょっとでもいい行動をしただけでこの手のひら返し……うん、まあ嫌うよりいいよね。
「お母さんは椛と仁美のお父さんと結婚するって言ったからよろしく」
「よろしくね」
「私は嫌よ」
「「なんで?」」
「椛とあんまりいられなくなるじゃない」
私としては楪さんがお母さんになってくれればある程度は楽になっていい。
家事を全部自分でやらなくていいところが最高だ、さなちゃんもいい子そうだから問題はないんだけど。
「まあまあ、一緒に帰ればいいでしょ? それにお姉ちゃんは一緒にいないと迷うし」
「失礼ね、毎時間行くわよそれなら」
「あ、うん、来てもいいよ」
とはいえ、教室で何度も会うとクラスメイトに妬かれる可能性がある。
いまでも「なんであんな子が仁美様の妹なの!?」なんて言っている子もいるくらいだいし、せめて廊下とかで会えばトラブルに繋がる可能性は少ないだろうか。
「椛は私のだから邪魔しないで」
「は、はぁ!?」
「ま、まあまあ、さなちゃん的には私の方が話しやすいんだよ多分」
そりゃ姉は基本的に真顔だから初対面としては怖いだろう。
学校及び家では私に結構冷たいところがあるため、慣れていてもやっぱりキュッと心臓が握られている気分になるときもある。
いつでも自由にできるんだぞと言われているようでちょっと嫌だった。
「慣れるまで椛は貸してもらう」
「……か、返してくれるならいいわよ?」
「って、私は物じゃないんだけど……」
「「椛に決定権はない」」
……とにかく楪さんと仲良くしよう。
それで協力して家事をやって、まずは美味しいごはんを作ってさなちゃんに気に入ってもらう。
その後は一緒に部屋で会話をしたりをして、普通の姉妹みたいになりたい。
「楽しくやろうね」
「うん」
父には頑張ってもらって再婚を確実なものにしてほしかった。
だって子どもの方はもうこんなにも打ち解けているんだから。
「朝倉さな」
翌々週の月曜日、さなちゃんが私達のクラスにやって来た。
先生もよく許可をしたなと思う、普通こういうのってクラスを分けそうだけど。
あと私の隣が選ばれた、だから色々と教えやすくて助かる。
「さなちゃ――」
「朝倉さんと同じ名字ってどういうこと!?」
「もしかして仁美様の新しい妹なの!?」
「同じ家で住んでるの!?」
あ、そうか……みんなそのことに食いつくよねという話。
私はいま話しかけることは諦めて響ちゃんの元へ向かう、彼女には既に説明してあるから驚くことはなく手を上げて迎えてくれた。
「どうなんだ?」
「うん、いい子だよ」
一緒に見ていたらさなちゃんがこちらに気づきとてとてとやって来る、そのまま私の腕を抱いて「椛は私の」と所有物アピール。
気に入ってもらえて嬉しいけど、これはこれで複雑な気持ちになるものだと分かってほしい。
「椛はあたしのだぞ」
「駄目、椛は渡さない」
おぉ、これはもしかして姉がいつも味わっている気持ちか? 周りの子が自分を取り合って言い争う、それを見ているだけでいいなんてなんか気持ちがいい。
「響、さな、椛は私のだから手を出さないで」
さすがに学校内では迷子にならないみたいだ。
唐突な姉の到来によりクラスメイトが一気に湧く、ただ、本当にあれからずっと毎時間訪れているから凄いなと感心した。
「正直に言って椛はいらねえよ、愚痴しか言わないからな」
「「は?」」
「ま、冗談だけど――って……待て待て待て! 冗談だから、ぎゃあああ!?」
あ、もちろん私はやっていない。
それきり響ちゃんは突っ伏してしまったので席に戻る。
意外だったのは、朝以外は穏やかな時間を過ごすことができたということ。
「椛、帰ろ」
「あ、帰りにスーパーに行っていい?」
「分かった、手伝う」
「ありがと」
学校からは少し遠いけど安くて贔屓にしているスーパーがある、小学生の頃からずっと利用してきているお店なので信頼できる場所だ。
「なに買うの?」
「えっとね、お砂糖と食パンと……色々だね」
だからって毎日通うのは物理的な意味で大変だから一気買いを心がける、こういう時に荷物を持ってくれる子が側にいてくれるのは最高だった。
「椛、あたしはこれが欲しい」
「はいはい」
「椛、私はこのお菓子が食べたい」
「了解」
「椛、私はあなたが欲しい」
最後のはスルーするとして、あとは今日の夕ごはんだけど……パスタとかにしようか。
大量に茹でれば沢山食べられるし、食べきれなくても冷凍しておけば今度使える。
「ふぅ、沢山買っちゃった」
「だな、半分持ってやるよ」
「じゃあ私はこのお菓子を」
「なら荷物を持っている椛を抱いてあげるわ」
……というか、なんで響ちゃんと姉がいるのかそれが分からない。
いやまあ、姉は一緒に行動しておけばある程度は制御できるからいいんだけども。
「あとさなちゃん、ごはん前に食べちゃ駄目だよ?」
「うん、明日帰ってから食べる」
「偉いね、よしよし」
「ふぅ……椛に撫でられるの好き」
……同級生なのにさなちゃんが可愛すぎてやばい、良くない感情を抱きそうになったから後半は無心で歩くことに集中した。
「よし、あたしは帰る」
「あ、これあげる、お礼」
「こんなのいつの間に買ったんだ? でも、ありがとよ、じゃあな!」
手伝ってもらったのにお礼もしないで帰すなんてできない。
本当なら作ったごはんを食べていってほしかったけど、まだ楪さんが慣れないだろうから我慢した。
「ただいま」
「お、おかえりなさい」
ただ、さなちゃんと比べて楪さんの方はまだ慣れないみたいだ。
まあそれは主に私達がいるからだということは分かるけど、母親なんだからもっと堂々としてほしい。
「色々と買ってきたよ」
「えっ、あ、ありがとう……ございます」
「敬語はやめてよ、いまは私達のお母さんでもあるんだから」
「ご、ごめんなさい……私は働いていないのにお買い物にも行かないでアワアワしていてぇ……」
駄目だこりゃ、ゆっくり段階を踏んで仲良くしていかないとずっとこの調子だぞ恐らく。
とりあえず楪さんにはリビングにいてもらうことにして、私は夕ごはんの調理を開始。
「私も手伝う」
「あ、それじゃあじゃがいもの皮を剥いて切ってくれる? 適当な大きさでいいから」
「了解」
さなちゃんいいなあ、そうそう、こういう風に誰かと一緒に調理をしたかったんだよ。
一人で黙々とするのは気楽でいいけど、ワイワイ盛り上がりながらするのが理想だった。
「いたっ!?」
「見せて? もう……集中しなきゃ駄目」
「ちょ……な、なんで咥えるの?」
「ん?」
いや、首を傾げられても困ってしまう、なんだかさなちゃんが急に吸血鬼に見えてきた。
「ふぅ……水で流して、後はティッシュとかで押さえて向こうで座ってて」
「う、うん……ごめん」
「いいよ、椛はいつも頑張ってくれてるから。たまには休憩して、お母さんが使い物にならない内は私も頑張ってやるから」
「最初生意気そうとか考えてすみませんでした!」
姉には悪いけど、姉よりよっぽど立派で可愛くて格好いい。
楪さんを父が選んでくれて本当に良かった、こういう出会いはなかなかないからね。
「大丈夫、よく言われる。でも……椛には誤解してほしくない」
「うん、今度からはしないから!」
同い年だけどこっちは不甲斐ないなあ……。
慣れないだろうからと支えるどころか、支えられてしまっている。
「だ、大丈夫?」
「うん、でも包丁を使っている時に考え事は駄目だね、さなちゃんに迷惑かけちゃった」
「……そんなことないよ、さなはきっと椛ちゃんの役に立てて嬉しいと思うよ」
「あはは、そうだといいけどね。それに、やっと敬語をやめてくれて嬉しいよ」
「あっ……うん……だって椛ちゃんと仁美ちゃんのいまの母だから」
正直に言って幼い時に離婚をしちゃったから元母のイメージはあまりいいものではない。
産んでくれたことには感謝している、そうじゃなければ楽しいことだってできなかったわけだし。
でも、楪さんがわざわざそんな言い方をする必要はない。
「できればずっと一緒にいてね」
「うん、それは大丈夫だよ」
なにを根拠に――なんて聞くわけがなかった、それにそう言ってくれるだけで大丈夫なんだってチョロい単純な私が喜んでいる。
「それで仁美ちゃんは?」
「お姉ちゃんはまだ慣れないみたい」
どうでもいい、興味がないなんて嘘だ。
教室に来てくれているのだって、私がいるからということだけではなく長女として心配なんだろう。
「できた」
「あ、運ぶの手伝うよ」
「いい、椛は座ってて、なにもしてないお母さんに手伝ってもらうから」
「お、お掃除ぐらいはしたんだ……よ?」
「でもお買い物だって椛に任せた。暇なお母さんなら午前中でも午後でもいつでも行けたはずだよね?」
「あぅ……て、手伝います」
ああ、手慣れているのはそういうことなんだってすぐに分かった、こういう風にチクチク言葉で刺しながらも二人でやってきたんだということが。
私と父も似たようなものだから共感できる。
「あと仁美、手伝いしないと食べさせない」
「分かっているわよ……」
「ふふふ、私には椛以外逆らえない」
うーん、だけどこの気に入りようはなんだろう。
それでいつか私も逆らえなくなって、いけないプレイとかもしちゃったり……とかかな?
というか、さなちゃんといるとなんかえっちなことばっかり考えちゃうぞ……。
吸血鬼ではなくサキュバスだった? それって同性にも効いちゃうのかな?
……さなちゃん作のごはんは大変美味しく、冷静になるには十分でした。
「あぁ……」
「どうしたの?」
「うーん……なんかモヤモヤしていてね」
こうして当たり前のように一緒に入ってくるところとかね。
自分より大きい胸とか、白く透き通る肌とか、私にだけ見せてくれる可愛らしい笑みとか、いやこれが自惚れでもなんでもなくそうなんだ、二人きりでいると頻繁に笑ってくれる。
学校では真顔だった、あれだけクラスメイトに群れられても一切気にせず動じず自分を貫いていたというのに。
「お風呂って気持ちいいよね」
「うん、この時間はなにも考えなくていいから好き」
「……やっぱり前は大変だった?」
「大変じゃなかったって言ったら嘘になる、かな。お母さんは働いてくれていたから家のことは私がやるって決めてた、でも……学校にも行かなきゃならなかったから結構大変っていうか……辛かったかも」
「分かる……慣れるけどさ、休みたくなる時もあるよね」
だから必死に理由を作って自分を奮い立たせていた、そうしないと早々に潰れて負担にしかならないと分かっていたから。
「でも、椛を見たら甘えだったって分かった」
「そんなことないよ、結局お買い物の時だって誰かに手伝ってもらっているもん」
「そんなことないっ、椛は格好いい!」
「あ、ありがと……」
て、照れるな私……それに誰かに頼ってしまっている時点で違う、格好良くなんかない。
だって面倒くさいとか考えながらしちゃっている人間が格好いいわけがないだろうという話。
「指、大丈夫?」
「うん、さなちゃんのおかげかな」
「……椛に怪我してほしくない」
「気をつけるよ、私だってしたくないからね」
やばいやばい……抱きしめたくなる。
……後半は我慢することだけに集中することを余儀なくされた。




