番外編01. 王子との甘くない婚約
執筆中に主人公マリスの前世をがっつり削ったら、恋愛色が減り過ぎて、異世界恋愛はジャンル違いでは?というご指摘が入りました。
確かにご指摘通りです。
ですが「王子と婚約しない」という未来を目指していることもあり、異世界恋愛ジャンルに留めておきたい作品です。
ということで急遽、番外編としてマリスとエリクの婚約話を書いてみました。
もっとマリスに切々と自分の恋心を語らせたかったのですが、前世のマリスは自己評価が低く過ぎて、心の中でそっと思うくらいしかできませんでした。
大きな溜息だった。
衣擦れしかない静かともいえる室内で、その溜息は大変目立つ音だった。音の主はこの国の第二王子であるエリク殿下だ。
私は今日、エリク殿下の婚約者になるべく王宮に赴いた。
王子は黄金色の髪を持ち、とても華やかな容姿をしている。今後、横に並ぶことになる私が、こんなに地味で申し訳なく思ってしまう程だ。
とはいえ殿下の前婚約者が病死してしまった今、国内で婚約者がおらず丁度良い年回りで最も身分が高いのが私だったために、王と父である公爵代理が、この婚約を取り決めてしまったのだ。私がいくら嫌だと叫んでも、王子がどれだけ拒絶したとしても、婚約が覆ることはないだろう。
――楽しい学園生活になれば良いのだけど。
学園の入学式に出席しながら、私はぼんやりとそんなことを考えた。
王子と婚約して一年が経過した。私はこの国一番の名門である王立学園の淑女科に進学した。年齢制限はないけれど、大体が十二歳から四年間通うことが多い。
婚約直後から王子妃教育として、毎日王宮に通う日々だ。教育は大変厳しく、既に学園で習う程度の勉強は終わっていたものの、よく叱責がとぶ。公爵令嬢として、貴族の女の子の中でもそれなりに厳しい作法を身に着けてはいたけれど、それさえも王族としては失格なのだと、改めて学び直す日々だった。半面、次期公爵家当主として学んだ領地経営や、公爵令嬢として身に着けた作法は、十一歳という多少遅い年齢で始めた王子妃教育に、ついていける素地はあったようで、学園にも通えない程、王宮に通う必要も無いと、少しだけ教育係に褒められた。
「素晴らしい発音でした」
語学教師の誉め言葉に、私はにっこりと微笑んで見せる。
学園の授業は概ね順調だ。語学などは、王宮での教育の方が遥かに厳しい。通訳を介してだとどうしても円滑な意思疎通が図れないからと、他国の王族とは通訳無で会話ができることを求められる。
だから華やかな文化を持つ隣国の詩の詠唱などは、学園入学前に余裕でできるようになっていた。
「賢しさを出してはいけません」
「美しい所作だけでは駄目です。優雅さと女性らしさをもっと出して」
何度となく注意された言葉だった。地味令嬢の私に、優雅さや女性らしさは無理だと言えば、華やかさに欠けるなら、清楚さを前面に出しましょうと返ってきた。表情の作り方から仕草の一つまで、教えられた通りにできるようになれば、誰も地味とは言わなくなった。
でも相変わらず殿下は私を見ない。
夏になり、学園でパーティが行われた。全科合同のパーティだ。魔法科は他科との交流が全く無く、いつも通り全員不参加だったけど、他の科――淑女科、騎士科、高等科はほぼ全員参加だった。
パーティの最初は、婚約者の居る学生だけが一緒に踊る。私も殿下と一緒に踊りの輪に加わった。
王子のリードはとても素晴らしく踊り易い。でもそれだけだ。視線は微妙にずらされて、私を見ているようで見ていない。微妙だけど、私以外の誰もが気付かない程ではないから、気付く人は気付いている。曲が終われば仕事は終わったとばかりに立ち去る殿下。会話を交わすことも無く、虚しさだけが心に広がった。
政略結婚ですもの。愛どころか情もなくても仕方がないのかもしれない……。
両親の結婚生活も同じ。お互い無関心だった。嫌うほどの興味もなかったからだ。お父さまは外に家を持ち、愛人との間に子どもがいる。私と同い年の。
お母さまはお父さまの事を、どう割り切ったのだろう?
私は殿下のことを割り切れない。お母さまよりも出来が悪いから。
ただ一度でいい、私だけをその瞳に映して微笑んで欲しい。
そう願うのは過ぎた贅沢なのか、愚かなことなのか……。私には判らない。
「ねえ、そんなに気を張って疲れない?」
そう聞いてきたのは同級生だった。
「いいえ、王子妃になったら責任が伴って、もっと疲れるもの。今の気楽な学生の身分で、疲れるなんて言っていられないわ」
確かに最近は少し疲れ気味だ。でも教育係に注意されるということは、まだ駄目なところがあるということ。教育期間が終われば、指摘されることもないのだから、今のうちに直せるところは直して、頑張らないといけない。
それに「リディアーヌ様なら……」という言葉を聞く度に、もっと頑張らねばと思うのだ。リディアーヌ様はエリク殿下の前婚約者だ。デュヴィヴィエ公爵家の令嬢で、生まれた直後に婚約が決まった。
しかし十一歳になった直後、儚くなられた。不治の病だったらしい。とても素晴らしいご令嬢だったらしく、誰もが彼女の死を悼む。私の出来が悪ければ、王子妃というのは身分さえ高ければ、誰でもなれると思われてしまう。それはリディアーヌ様に対しても失礼な話だ。だから夭逝された彼女に対しての礼儀として、私は頑張って立派な王子妃にならねばいけないのだ。
それにもしかしたら……完璧な婚約者になれれば、エリク殿下は私に振り向いてくれるかもしれないと、淡い期待を胸に抱いている。
「ありがとう、気を遣ってくださって。無理になったら、少し休めるようにお願いしてみるわ」
心配気な同級生に礼を言う。
私は大丈夫、もっと頑張れる。
そう自分に言い聞かせれば、不思議と力が湧いてくる。
だから大丈夫、私は頑張れる……。
スタンビートの意味に関してご指摘がありましたので、『12. スタンビート』回の文章を修正予定です。
ストーリーの大筋は変わりません。