10. 冬期休暇~フェム神聖国旅行 1~
今年の冬期休暇は、初秋に臨時休暇があった所為で直ぐに来た気がした。
本来、新年を家族と共に領地で過ごすための休暇だけど、私は少しだけ領地に行くだけで、大半の日を王都の街屋敷で過ごす。
でも今年はちょっと訳あって、隣国のフェム神聖国に行こうと思っている。領地に連絡を入れてみたら、復興は順調で、領民もそれなりに良い新年を迎えられそうだと知ってほっとした。
「何か御用があるのでしょうか?」
特に信仰心の厚くもない私に、エメが尋ねてくる。
「光石が欲しくて」
光石、陽光石、月光石、星光石の総称のそれは、少し硬度が低くて割れやすいので宝石としての価値は低いけど、とても美しい石だ。陽光石と月光石は光を当てると乳白色の帯が現れる。赤味がかった金色の陽光石、青味がかった銀色や白色の月光石。それと黒や藍の中にキラキラとした光が散った星光石。
フェム神聖国ではとても沢山取れる上に、宝石としての価値が見出されていないので、あちこちの土産物屋で手軽に買える。勿論、宝石としての価値が無いとはいえ美しい石なので、大きなものはそれなりの価格になる。
私が買いに出かけても大きな石は売ってくれなさそうなので、今回の旅は一旦領地に立ち寄って、家令のエストレに着いて来てもらうことにした。
執事のオベールには王都に残って情報収集をしてもらわないといけないし、お父さまの動向も気になるので、敢えて残ってもらった。
他にも石の目利きができる人を学園を通じて紹介してもらったら、またもやアーレイ先生だった。魔獣には稀に魔石という魔力が結晶化した石が取れるらしくて、色々見ている間に目利きができるようになったのだとか。
お父さまの件や、叔母様が嫁いだフェドー伯爵家の件が落ち着いたら、もっと色々なことをオベールに頼めるのだけど。
フェムは神聖国と名乗っているだけあって、あちこちに神殿が多いし、信仰心の厚い国民気質だ。神殿からは常に精霊や聖龍を讃える歌が聞こえてくる。
「えっとね、エストレには大きくて上質な光石を買って貰いたいの。特に良い月光石を多めにお願い。目利きはアーレイ先生ができるわ。私はエメと一緒に安い光石を買うから」
「光石とはまた面白いものを買い集めるのね」
「光石に浄化の力がありそうなの。まだ確かなことは言えないから内緒にして欲しいのだけど」
「浄化ができるならラングーランでも有用そうです」
「多分、使えると思う。でもまだ確かなことは言えないし、今、噂を広めると大変なことになるから、あまり派手なことをしたくない。それで本当に良いものを少量だけ購入をお願いしたいの。数を揃えるのは土産物屋の屑石でなんとかなるし」
馬車の中でお願いをすれば、それ以上のことは聞かれなかった。
フェム王国の聖地までは十日必要だった。もっと短い旅程で済ませたかったけど、これが限界。
本当は馬車で半月以上かかるのだから、十日で済んだことを喜びなさいとアーレイ先生には言われた。今回も馬に回復魔法をかけまくって、休憩は食事時だけという強行軍だった。
「意外に強引というか、無茶をするね」
アーレイ先生は呆れ顔だったけれど、学園の休暇を考えると致し方無い。エストレとエメはぐったりしている。
でも二人にも回復ポーションを飲んでもらったので、あまり疲れは見えない。ポーションの味の改善はできなかったけれど、それなりに濃いめの甘味とミントの清涼感のある飴は、独特のえぐみがあるポーションの後味をきれいに消してくれる優れものだ。ポーションを多く消費する軍人等は我慢できるけれど、幼い子供はやっぱり無理ってことで、薬屋ではポーションの横に置いてある飴だ。
聖地は白い神殿が目立つ。神殿の前には巡礼者向けの供物を置く出店や、土産物屋が軒を連ねる。宿はそれなりの高級宿を選んだけど、最上級というほど高い宿ではない。お忍びなので、ちょっと大きめの商会主とか、そこそこ裕福な下位貴族の旅行っぽくしてみたのだ。
部屋は一番広い部屋にした。エメ、アーレイ先生、エストレと私の四人の他、護衛が五人いる。全員が同じ部屋に泊まろうとすると、一番大きな部屋しかなかったのだ。寝室が三部屋あったので、女性陣三人が一番大きな寝室を、エストレと護衛達に二部屋を割り振った。
食事は毎回部屋に運んでもらった。本当は階下の食堂で食べたかったのだけど、目立ちたくなかったのだ。フェムの料理は薄味が基本で、素材の持ち味を活かしたものだった。ルスゥールのソースが美味しい料理も良いけど、こちらのさっぱりとした料理もとても美味しい。
夕食を食べ終わった後は全員早々にベッドに入った。幾ら回復しながらとはいえ、馬車の移動は疲れる。
朝、宿の前でエストレ、アーレイ先生組と分かれた。私はエメと護衛のムーラの三人で土産物屋巡りだ。でもその前にちゃんと神殿にお参りに行く。
まずは神殿で捧げる花を買う。花の種類は問われないので、季節ごとに手に入る花が門前で売られている。日常的にお参りする国民が多いので、神聖国という他に花の国という別名もあるくらい、あちこちに花が咲いている。
フェム神聖国の信仰対象は多くの近隣諸国と同様、龍だ。他の国と違うのは、龍の使いである精霊も信仰対象だということ。ルスゥールはあまり信仰深いとは言えない国なので、龍を祀る祠は、年に一度くらい、領主が回って祈りを捧げるくらいだ。
私たちは1つずつ気に入った花束を買ってお参りした。花束が小さいこともあったけれど、街の人が毎日でも買えるようにと、とても安くしてある。貴族がお参りするときは、屋敷の庭で栽培した花を捧げるらしい。
神殿の中に一歩入ると、ひんやりとした空気が流れていた。人がそれなりに多いのに、あまり人が気にならない。静謐な中、中央奥に龍の彫像が鎮座している。花を捧げて目を閉じれば意識が無になる。時間の感覚が無くなるような、自分が空間に溶け込むような感覚を経て目を開ける。この感覚は領地の龍を祀る祠で祈りを捧げるときと同じだ。
心を洗われたまま外に出れば、街の喧噪が戻ってくる。適当に土産物屋を回れば、食べ歩きできるような食べ物や菓子と一緒に、フェム国特産の光石がある。目の端で光石の大きさや品質を確認しながら、通りを一通り見て歩いた。そのまま通りの終わり辺りまで歩いて足を止める。値段は他の店と変わらないけれど、少し大きめで品質の良い石が置いてあった。
「光石を見せていただいても?」
店主に断って石の入っているガラスケースごと手に取る。
「綺麗ね……」
知らず知らずのうちに称賛の言葉が漏れた。
「そうだろう? ウチはこんな外れだからさ、良い石でも置かなきゃ客が来てくれないんだよ。尤ももっと手前で満足しちまう客が多くて、滅多に客が来ないんだけどな!」
笑いながら言うが、笑いごとじゃない気がする。
「えっとね、綺麗な石を沢山ほしいの。アクセサリーにしたり、小さいものはガラスの器にまとめて入れて窓際においたら綺麗だとおもうし」
そう言って石留め加工の代わりに絹糸で編んで止めているチョーカーを見せる。
「嬢ちゃんが作ったのかい。上手だねえ」
「ありがとう! 自信作なの。アクセサリーの方はね、おっきくないと作りにくいから、大き目のが欲しいんだけど、部屋に飾るのはちっさくて良いの。でも光に翳して綺麗に見えるのが良いから、透明で綺麗なのが良いわ」
編み物は今世では試したことがないが、前世では暇つぶしにレース編みを大量に作っていた。お陰で身体が覚えてくれて助かった。
「大きいのは何個欲しい?」
「たくさん!!」
子供らしい無邪気さで声を出せば、また主が笑う。
「えっとね私の分の他に、お母さまとお父さまとお姉さまに上げたいの。お姉さまは三人いるのよ」
できるだけ子供っぽく言えば「じゃあいっぱいいるな」と主が言う。
「練習分も欲しいので、少し多めに」
エメが助け舟を出す。
「あっ! ばあやの分を忘れていたわ!!」
思い出したようにエメの分も欲しいと追加を言えば、もうこちらのペースだった。大人の親指くらいの綺麗に研磨された石が二十個ほど出てくる。
「どれにしようかなー」
そんな言葉を出しつつ、質の良いものを大きさ順に一つずつ選ぶ。その間に、小さな石を袋毎出してくれたので、こちらも選びながら、升二杯分ほど買ったのだった。
「陽光石と月光石は手に入ったけれど、星光石は無かったわね」
「同じ光石でも陽光石と月光石はセットで扱う店が多いですが、星光石は扱わないことが多いですからね。別の店を探しましょう」
ちょっと残念そうに言えば、ムーラがすかさずフォローしてくれる。
「もしかしてムーラって宝石に詳しいの?」
「あまり詳しくはありませんが、アーレイ同様、魔石を扱っているうちに覚えました」
意外なラングーランの騎士たちの特技に、ちょっとびっくりだ。もしかするとそこら辺の女性よりも宝石に詳しそうだ。エメもちょっと意外そうな顔でムーラを見ていた。