プロローグ
普通の女の子の語り口調の練習です。
こんな世界無くなってしまえばいい――!!
壊れてしまえ、滅んでしまえ!
怨嗟に心を呑まれたまま、破壊の魔法を発動させ、龍の力を呼び出す。
水、火、風、土の四龍の力は凄まじく、私の身体はあっという間に吹き飛ばされそうだった。
自分を中心に、周囲には強い風が吹き荒れ、部屋の中の全てを吹き飛ばす。頭が割れそうな轟音と悲鳴が響く。一度発動すれば術者の命を魔力に変換しながら魔法が続く。抜けた落ちた天井から丸い月が覗いていた。
ああ、今日は満月なのね……。
惨状とは不釣り合いな美しい月を人生の最後に見られたのだけは、唯一良かったことかもしれない。そう思った直後、白い光に呑み込まれて意識が途切れた。
マリス=アングラードは自分の命と引き換えにできる限りの物を破壊した。意識が無くなる直前、周囲の人間の身体や王宮が、崩れドロリとチーズが溶けるように溶けていくのを見て満足して逝った。
「――お嬢様」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。起床を促す声だ。
嫌、もう何もしたくない。ずっとこのままでいさせて。疲れたの、もう嫌。
指一本動かすのも億劫で何もしたくないと言うのに、呼びかける声は続く。
「マリスお嬢様! 朝です。起きてください」
バサリという音がした直後、ひやりとした空気が身体にまとわりつく。
「――!!」
飛び起きた私は目を見開いた。良く知る自分の部屋だ。
「生きてる……?」
どういうことだ?
私は全魔力と全生命力を使った禁忌の破壊魔法を使って死んだのだ。生きている筈がない。
どういうことなのだろう……。
熟考に入った私に、使用人の声が降り注ぐ。
「お嬢様、早く起きて支度をしてください。奥様の葬儀に間に合いません」
――!!
お母さまが亡くなられたのは私が五歳の頃だ。
どういうことかと思いながら目線を下に落とせば、小さな手が見える。急いで寝台から降りて鏡を見れば、そこには幼子の姿があった。
どういうこと……?
死ななかった代わりに時間を遡ったというの?
あまりにあり得ない展開に全てを否定したいが、事実、鏡に映る私の姿は幼い。
そして見慣れぬ使用人だと思ったのは、かつて私の侍女だった者。私同様、若くなっていて誰だか判らなかっただけだ。
「リリア、本当にお母さまの葬儀なの?」
「ええ、本当にご葬儀でございます」
私がお母さまの死を受け入れられないと思ったリリアは、沈痛な面持ちで肯定した。
私の時間ではお母さまが亡くなってから十二年も経っている。
目を覚ます以前の私は十七歳だった。とうの昔に折り合いがついているのだが、目の前の侍女からすれば、私は母を亡くしたばかりの、五歳の少女だった。
夫婦仲が良いとは言えなかった両親。
ほとんど家に帰ってこなかった父。
家族と呼べる唯一の存在だった母を亡くして、一人娘の私は天涯孤独の身の上となった。
「最後のお別れをしなくてはね。お母さまに安心していただけるよう、しっかりしなくてはいけないわ」
自分に言い聞かせるように呟けば、リリアが目頭を押さえるのが視界の端に映る。
今くらいの年の頃、私によくしてくれた侍女だった。
「支度を手伝って」
リリアに言いつける。
こうやって支度を手伝わせるのも、後何回もないだろうとぼんやりと考えながら。
「お母さま……」
棺に納められた母と対面すれば、知らずに涙が溢れ出す。
別れから十二年も経っているというのに、お母さまの顔を見たら胸が締め付けられそうに痛い。
どうせ人生が戻るなら、お母さまが元気なときまで戻れば良かったのに……。
領主として教えていただきたいこともあるし、何よりもお母さまともっとお話がしたかった。
あまり社交が好きではなくて、領地で山歩きをしたり川遊びを一緒に楽しんだりしたお母さま。釣りを教えてくれたのもお母さまだ。
葬儀は厳かな雰囲気の中、しめやかに執り行われた。
参列者は国の重鎮が多い。
式の後は錚々(そうそう)たる面々が挨拶に来る。前回の人生では、私は泣きじゃくって挨拶どころではなかったが、今回はぐっと涙を抑えつつ、一人ずつ言葉を交わすことができた。身体年齢は五歳だけど、中身は十七歳なのだからできて当然なのだけど。
父は前回同様、終始無表情だった。社交界ではおしどり夫婦と言われている両親だから、涙を堪えるために無表情でやり過ごしているのだと、好意的な評価をしてくれる人が多かった。実際には喜びのあまり笑いそうになるのを、必死に堪えているだけなのだけど。
貴族の夫婦なんておしどり夫婦と言われていても、実際は夫も妻も愛人がいるなんてザラである。両親も例にもれず、そんな感じだった。
実際の父は家にほとんど帰らず、愛人の家に入り浸りだった。しかも私と誕生日があまり変わらない娘までいるのだ。まともな父娘らしい会話を一度たりともしたことがない。世の父親とはこういうものだと思っていたから、学園に入学してから他家の父親との違いに戸惑ったものだ。
客の最後の一人まで見送った後、自室に引き籠る。
朝から夕方までずっと葬儀にかかりきりだったから、ぐったりするほど疲れた。
父も同じだったのだろう。様子を聞けば、夕食も摂らずに寝たとのことだった。