第39話 聖女の治癒ーここは病院じゃない。
――薄く、薬草の香りが漂っていた。
目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、見慣れない木目の天井だった。
「……ここは?」
低く掠れた声が、自分のものだと気づくまでに一瞬かかる。
体を起こそうとして――
「無理をするな」
即座に飛んできた冷静な声に、動きを止める。
ゆっくり視線を横に向けると、そこには黒衣の女――
銀の髪を無造作に束ねた女、モルテリアが腕を組んで立っていた。
その背後には、小さな影。
銀髪の少女――ノエルが、じっとこちらを見ている。
「……生きてる、のか」
ローハンがぽつりと呟く。
すると、勢いよく扉が開いた。
「師匠!!」
駆け込んできたのは、金髪の青年――ウツセだった。
その目には、露骨な安堵と、隠しきれない喜びが滲んでいる。
「……ウツセか」
「よかった……本当に……」
言葉にならない感情が喉に詰まり、ウツセはその場で拳を握り締める。
その様子を見て、ローハンはわずかに目を細めた。
「儂は……確か、あの場で……」
「死んだはず、です」
ウツセが言い切る。
だが、すぐに続ける。
「でも――」
その視線が、モルテリアへ向いた。
「聖女に、治してもらったんです」
部屋の空気が、わずかに変わる。
ローハンはゆっくりとモルテリアを見る。
モルテリアは、ため息をひとつ。
ぶっきらぼうに言い放つ。
「礼ならいらん。金で払え」
即座に現実に引き戻す一言。
「ははっ……相変わらずじゃな」
ローハンが小さく笑う。
その笑みを見て、ウツセはようやく肩の力を抜いた。
モルテリアが指を鳴らす。
「そろそろ本題に入ろうか」
どこからともなく、紙が差し出される。
請求書だ。
ウツセは何気なく受け取り――
目を通した瞬間、固まった。
「……は?」
沈黙。
そして、震える声。
「なんだこれ……」
紙を持つ手が、ぷるぷると震え出す。
「俺たちの……一年分の稼ぎじゃねえか……」
部屋の空気が、妙に静かになる。
ウツセが、そっと視線を逸らす。
ノエルが、こてんと首を傾げる。
そして――
「当然だろう」
モルテリアは、まったく悪びれず言い切った。
「心臓止まりかけ、内臓損壊、ついでに魂の摩耗」
「全部まとめて引き戻してやったんだぞ」
「むしろ安い」
断言。
「あと」
モルテリアが、ちらりとノエルを見る。
「この子がほぼ全部やった」
ノエルが、ぴくっと反応する。
「……払う」
短く、しかしはっきりと。
ウツセが驚く。
「師匠……?」
「命の値段…」
「安いもんじゃ」
その言葉に、モルテリアはほんの少しだけ目を細めた。
「……ふん。殊勝なことを言うじゃないか」
そして、天井を見上げる。
まだ体は痛む。
だが――
確かに、生きている。
「……借りが出来たな」
誰にともなく呟く。
その声は、どこか穏やかだった。




