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第36話 スキエンティアの助言ー聖女の治癒と請求書

 翌朝――


 ホテル・スキエンティアの食堂で簡素な食事を終えた四人は、そのまま支配人室へと通されていた。


 重厚な木製の扉が閉まる。


 静寂。


 ソファに腰を下ろす三人。


 向かいに座るのは――



 ビシッと仕立てられたジャケット。


 巨大な体躯に知性を宿したミノタウルス。


 スキエンティア・ミノクス。


 紅茶をひと口。



「さて」


 カップを静かに置く。


「ここに“泊まりに来た”わけではないね」


 一言で空気が締まる。


「ああ……」


 ハヤオが前のめりになる。


「相談があってな。“賢者”って呼ばれてるあんたに」


 スキエンティアは、わずかに目を細めた。


「賢者、ね……」


 ふっと笑う。


「ただの“突然変異”だよ」


 軽く流すその言葉とは裏腹に――


 空気は、知性に支配されていた。


 ハヤオは語る。


 命を狙われたこと。


 依頼主の影。


 そして――セリスの兄の可能性。


 言葉が途切れた瞬間。


 スキエンティアは、目を閉じた。


 指先が顎に触れる。


 沈黙。


 だがそれは“考えている”沈黙ではない。


 ――組み立てている。


 やがて、ゆっくりと目を開く。


「結論から言おう」


 その声は、冷静で、残酷なほど正確だった。


「タルトの話は、ほぼ事実だ」


 セリスの肩が、わずかに震える。


「嘘をつく合理性がない」


 淡々とした分析。


 感情を挟む余地はない。


「君の国――鬼の国は、すでに分裂している」


 視線が、セリスへと向く。


「王党派と貴族派」


「そして――“決着を急ぐ派”と、“戦を望む派”」


 言い切る。


「いずれ、内戦になる」


 ――重い。


 セリスの喉が詰まる。


(……やっぱり……)


 けれど。


 彼の言葉には、恐怖よりも――“納得”があった。



「……どうすればいい」


 ハヤオの問い。


 スキエンティアは、迷いなく答える。


「選択肢は二つ」


 指を立てる。


「一つ目」


「死んだことにする」


 空気が止まる。


「名前を捨て、別の国で生きる」


「難しくはない。私が手配してもいい」


 現実的すぎる提案。


 逃げ道。



「もう一つは――」


 わずかに間を置く。


「鬼の国へ戻る」


 セリスの瞳が揺れる。


「政略結婚では終わらない」


「流れはもう、“戦”に傾いている」


 静かに断言する。


「ならば、主導権を握るしかない」


「ヴァルカナ家の当主をイグナスに据え、体制を固める」


「君たちは――政治向きではない…」


 ほんの少しだけ、口元が緩む。


「やるなら、こちらの方が“難しい”」


 沈黙が落ちる。


 セリスは、俯いた。


 胸の奥で、何かが揺れる。


 恐怖でも、怒りでもない。


(……見えてる……)


 スキエンティアの言葉は――未来だった。


 曖昧な不安を、形にされた。


 逃げる道も。


 戦う道も。


 全部、提示された。


(……この人は……)


 ゆっくりと顔を上げる。


「……ありがとう、ございます」


 自然に出た言葉。


 スキエンティアはそれを見て、小さく頷いた。


「理解が早い」


 短い評価。


 だが、それだけで十分だった。


 セリスの中で――


 “誰かの言葉に納得した”という感覚が、初めて生まれていた。



「それと」


 スキエンティアが視線を移す。


「虎徹だが」


「専門の治療を受けさせろ」


「ああ、それなら――」


 ハヤオが、ニヤリと笑う。


「いいとこがある」


「絶対安全だ」


 その笑みに、どこか安心が混じる。


「迎えに来てもらうさ」





 三日後


 古びた屋敷。


 だが中は、驚くほど清潔だった。


 ベッドの上。


 虎徹の瞼が、ゆっくりと開く。


「……う……」


 ぼやけた視界。


 ドアの隙間に――銀髪の幼い少女。


 ビクッ。


 目が合った瞬間、消えた。



「……なんだ今の……」


 ドタドタドタッ!!


 勢いよく扉が開く。


「兄貴ぃぃぃ!!」


 アンジェリーナが飛び込んできて、そのまま抱きつく。


「ぐあっ!?痛え!!」


「生きてる!!よかった!!」


「離れろバカ、死ぬ!!」


 だが虎徹は――笑っていた。


「……でも、軽いな」


 体の違和感がない。


「当たり前だろ」


 アンジェリーナがドヤ顔。


「聖女様の治癒だぞ」


 すると、奥からゆっくりと現れる女。


 大きなアイマスク。


 落ち着いた佇まい。


 モルテリア。


「運が良かったな」


 淡々とした声。


 その背後から、ひょこっと顔を出す小さな少女。


 ノエル。


 おずおずと、虎徹を見る。


「……あの子が?」


「ああ」


 アンジェリーナがノエルを抱き寄せる。


「この子がほとんど救ったんだ」


「ノエル、天使だな〜」


 頬ずり。


「や、やめて……」


 小さく抵抗。


「俺の娘になれよ〜」


「だめだ!!」


 即答するモルテリア。


 間髪入れず、紙を差し出す。


「それと請求書だ」


 虎徹、受け取る。


 ――震える。


「は???」


「なんだこれ!?一年分の稼ぎじゃねえか!!」


 横からスッと紙を奪う女。


 クラウディア。


「あら、安いわね」


「は???」


「格安よ」


 モルテリアも頷く。


「聖女の治癒だぞ」


「王侯貴族なら、この百倍は取る」


「しかも精神治癒込みだ」


 アンジェリーナとクラウディア。


「「格安」」


 ハモる。


「払えよ?」


 アンジェリーナがニヤリ。


 そして、ノエルを見る。


 その目が、少しだけ柔らかくなる。


「……俺も、こういうの欲しいな」


 ぽつり。


 虎徹が息を吐く。


「……値切るのは、男が廃るな」


 紙を握りしめる。


 その顔は――どこか誇らしげだった。



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