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霧島百万両始末記  作者: 水前寺鯉太郎


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22/23

「毒の香、職人の鼻は欺けず」

【江戸城・御用部屋——夜】

 「……さあ、霧島殿。これまでの無礼、平に容赦願いたい」

 宮地紋太夫が、これまでにない卑屈な笑みを浮かべ、銀の盆に乗った二つの杯を差し出した。

 中には、霧島が誇る最高級の茶が注がれている。

「不知火ガス灯の成功、実に見事。老中様方も、お主の才を改めて認められた。……これは、和解の印。共に飲み、江戸の未来を語り合おうではないか」

 【緊迫の密室】

 孝四郎の背後には、護衛の鷹之介が控えているが、城内では抜刀は許されない。

 影牢も天井裏に潜んでいるはずだが、宮地の側近たちが「対・忍び」の香を焚いており、容易には近づけぬ状況だった。

「……へえ。宮地の旦那から茶を振る舞われるたぁ、雪でも降るんじゃねえか」

 孝四郎は、無造作に杯を手に取った。

「殿! 軽々しく口にされては……!」

 鷹之介が制止するが、宮地は「おやおや、人を疑うのは美しくありませぬな」と、自らの杯を一気に飲み干して見せた。

 「……さあ、霧島殿も」

 宮地の目が、毒蛇のように細まる。

 その杯には、無味無臭、だが一口飲めば五臓六腑を焼く「石見銀山(ねずみ取りの毒)」が、職人の技で仕込まれていた。

 【職人の嗅覚】

 孝四郎は、杯を口元まで運び……ふと、動きを止めた。

 彼はタバコ職人だ。数千種類の香料を嗅ぎ分け、葉の僅かな湿り気を見極めてきた鼻。

「……旦那。この茶、いい色してるが……ちょっと『火加減』が強すぎやしませんかい?」

「な……何を。最高級の茶葉だと申しておる」

「いや、違うな。……これには、お鶴ちゃんが丹精込めて作った茶の香りを消す、**『余計なヤニ』**が混ざってやがる」

 孝四郎は、にやりと笑うと、懐からおもむろに「自作のガスライター(小型点火具)」を取り出した。

「職人の格言にね、『混じり物のある液体は、火を近づけると色が踊る』ってのがありまして」

 孝四郎がライターの青い炎を、杯の縁に近づけた。

 ——シュッ!!

 次の瞬間、茶の表面から、宮地の顔色と同じ「どす黒い火花」がパチパチと飛び散った。

「……あ、あ……!?」

 宮地が腰を抜かし、後ずさる。

「……やっぱりな。毒の成分が、あっしの瓦斯ガスに反応しやがった。……宮地の旦那。あんた、自分の杯は『毒なし』を飲んだようだが……あっしの鼻は、騙せねえぜ」

 【反撃の刻】

 孝四郎は、毒入りの杯を持ったまま、立ち上がった。

「鷹之介さん、出番だ」

「……承知!」

 鷹之介が宮地の胸ぐらを掴み上げ、その口をこじ開けようとする。

「な、何を……! 城内で狼藉を働くか!」

「狼藉はどっちだ。……この杯の中身、今から老中様の目の前で、城の金魚に飲ませてみるか? それとも、今ここで旦那が全部飲み干して『間違いでした』と謝るか? ……選ばせてやるぜ」

 魅力91の威圧感。

 震える宮地の耳元で、天井からカサリと音がした。影牢が、毒蛇を宮地の首筋に這わせたのだ。

「……わ、わかった! 悪かった! 私が悪かったのだ!!」

 宮地はついに、廊下にまで響き渡る声で、自らの罪を叫び、床に額を擦り付けた。

 その叫び声を聞き、老中たちが部屋になだれ込んできた。

 そこには、震える宮地と、涼しい顔で「お茶の淹れ方を指導していただけです」と煙管をくゆらす孝四郎の姿があった。

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