「毒の香、職人の鼻は欺けず」
【江戸城・御用部屋——夜】
「……さあ、霧島殿。これまでの無礼、平に容赦願いたい」
宮地紋太夫が、これまでにない卑屈な笑みを浮かべ、銀の盆に乗った二つの杯を差し出した。
中には、霧島が誇る最高級の茶が注がれている。
「不知火ガス灯の成功、実に見事。老中様方も、お主の才を改めて認められた。……これは、和解の印。共に飲み、江戸の未来を語り合おうではないか」
【緊迫の密室】
孝四郎の背後には、護衛の鷹之介が控えているが、城内では抜刀は許されない。
影牢も天井裏に潜んでいるはずだが、宮地の側近たちが「対・忍び」の香を焚いており、容易には近づけぬ状況だった。
「……へえ。宮地の旦那から茶を振る舞われるたぁ、雪でも降るんじゃねえか」
孝四郎は、無造作に杯を手に取った。
「殿! 軽々しく口にされては……!」
鷹之介が制止するが、宮地は「おやおや、人を疑うのは美しくありませぬな」と、自らの杯を一気に飲み干して見せた。
「……さあ、霧島殿も」
宮地の目が、毒蛇のように細まる。
その杯には、無味無臭、だが一口飲めば五臓六腑を焼く「石見銀山(ねずみ取りの毒)」が、職人の技で仕込まれていた。
【職人の嗅覚】
孝四郎は、杯を口元まで運び……ふと、動きを止めた。
彼はタバコ職人だ。数千種類の香料を嗅ぎ分け、葉の僅かな湿り気を見極めてきた鼻。
「……旦那。この茶、いい色してるが……ちょっと『火加減』が強すぎやしませんかい?」
「な……何を。最高級の茶葉だと申しておる」
「いや、違うな。……これには、お鶴ちゃんが丹精込めて作った茶の香りを消す、**『余計なヤニ』**が混ざってやがる」
孝四郎は、にやりと笑うと、懐からおもむろに「自作のガスライター(小型点火具)」を取り出した。
「職人の格言にね、『混じり物のある液体は、火を近づけると色が踊る』ってのがありまして」
孝四郎がライターの青い炎を、杯の縁に近づけた。
——シュッ!!
次の瞬間、茶の表面から、宮地の顔色と同じ「どす黒い火花」がパチパチと飛び散った。
「……あ、あ……!?」
宮地が腰を抜かし、後ずさる。
「……やっぱりな。毒の成分が、あっしの瓦斯に反応しやがった。……宮地の旦那。あんた、自分の杯は『毒なし』を飲んだようだが……あっしの鼻は、騙せねえぜ」
【反撃の刻】
孝四郎は、毒入りの杯を持ったまま、立ち上がった。
「鷹之介さん、出番だ」
「……承知!」
鷹之介が宮地の胸ぐらを掴み上げ、その口をこじ開けようとする。
「な、何を……! 城内で狼藉を働くか!」
「狼藉はどっちだ。……この杯の中身、今から老中様の目の前で、城の金魚に飲ませてみるか? それとも、今ここで旦那が全部飲み干して『間違いでした』と謝るか? ……選ばせてやるぜ」
魅力91の威圧感。
震える宮地の耳元で、天井からカサリと音がした。影牢が、毒蛇を宮地の首筋に這わせたのだ。
「……わ、わかった! 悪かった! 私が悪かったのだ!!」
宮地はついに、廊下にまで響き渡る声で、自らの罪を叫び、床に額を擦り付けた。
その叫び声を聞き、老中たちが部屋になだれ込んできた。
そこには、震える宮地と、涼しい顔で「お茶の淹れ方を指導していただけです」と煙管をくゆらす孝四郎の姿があった。




