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霧島百万両始末記  作者: 水前寺鯉太郎


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「光の叛逆、宮地の黒き呪術(キャンペーン)」

【江戸・評定所ひょうじょうしょ——昼】

 江戸の夜を昼に変えた「不知火ガス灯」の衝撃から数日。

 日本橋の熱狂とは裏腹に、江戸城内では宮地紋太夫が老中たちの前で、禍々しい書状を広げていた。

「……あれは文明の利器などではございませぬ。地の底から呼び出した『亡者の吐息』にございます!」

 宮地の声が響く。彼は江戸中の寺社奉行や、保守的な学者たちを抱き込み、大規模な**「ネガティブキャンペーン」**を開始したのだ。

「青き火が灯る家には災いが起きる。女の髪は抜け、男は精を失う。……何より、あの光は幕府の権威を貶める『不吉の兆し』。あれを放置すれば、徳川の世は闇に沈みましょう!」

 宮地は、科学を理解できない老人たちの「未知への恐怖」を巧みに操った。

 結果、幕府から「瓦斯禁制令がすきんせいれい」の仮通達が出され、さらには「瓦斯は狐狸の仕業」という噂が江戸中にバラ撒かれた。

 【日本橋・丸屋——夜】

「殿! 大変でございます! 昨日まであんなに喜んでいた町人たちが、『縁起が悪い』と言ってガス灯に石を投げ始めました!」

 惣兵衛が、窓ガラスの割れる音に震えながら報告する。

 江戸の住人にとって、デマは火事よりも恐ろしい。一度「呪い」のレッテルを貼られれば、どんなに便利な道具も忌み嫌われる。

「……へえ。呪い、ねえ。宮地の旦那も、相変わらず古臭い手を使ってくるね」

 孝四郎は、怒るどころか、楽しそうに新作の「ガス式湯沸かし器」の設計図を眺めていた。

「影牢。追手はどうだ?」

「……地下の竹管パイプを狙う刺客が数名。ですが、拙者の蛇たちが、地下道で一人残らず『お引き取り』願いました」

 影牢が、返り血を拭いながら闇から現れる。

「だが殿。地上での噂は、拙者の刀では斬れませぬ。このままでは、せっかく通したガスも、誰にも使われず腐りますぞ」

 【職人のカウンター・アタック】

 孝四郎は、すっくと立ち上がった。魅力91。その瞳には、逆境を楽しむ不敵な光が宿る。

「……目に見えねえ『噂』を消すには、もっと強烈な『目に見える事実』をぶつけるしかねえ。……お鶴ちゃん、準備はいいか?」

「はい、孝四郎様。霧島と肥後、そして泥沼の全ての力を合わせました」

 孝四郎が打ち出した次の一手。

 それは、宮地が「呪いの光」と呼んだガスを、**「江戸最大の権威」**に認めさせるという、大博打だった。

 【翌日・上野 寛永寺かんえいじ

 徳川家の菩提寺であり、江戸で最も権威あるこの寺の境内に、孝四郎は巨大な「天蓋てんがい」を設置した。

 そこへ宮地や老中たちを呼び出し、さらには江戸中の野次馬を集めた。

「宮地殿。あんたはこれを『亡者の吐息』と言ったが……あっしに言わせりゃ、これは**『御仏の慈悲』**だ」

 孝四郎が合図を送ると、影牢が地下の栓を開く。

 お鶴が、特製の香料(知覧の最高級茶葉の抽出液)をガスに混ぜ込んだ。

 

 ポッ……シュアアア……。

 点火されたガス灯は、ただ白いだけでなく、後光のような金色に輝いた。さらには、周囲に「極楽浄土」を思わせる、えも言われぬ清らかなお茶の香りが漂い始めたのである。

「……おお、なんという神々しい光。それに、この香りは……」

 集まった僧侶たちが、思わず合掌する。

「これこそ、地の底に眠る万物の霊気が、霧島の技によって浄化された光。……宮地殿、これが呪いに見えますかい?」

 孝四郎は「科学」で対抗するのではなく、江戸の人間が信じる「信仰」というルールを塗り替えたのだ。

 

「こ、これは……何かの手品だ! 騙されるな!」

 宮地が叫ぶが、もう遅い。

 寛永寺の住職が、深く頷きながら口を開いた。

「……この光、実に見事。これほど清らかな灯火は、仏前にこそ相応しい。霧島殿、この『浄化の火』、寺でも使わせていただこう」

 【日本橋・丸屋——深夜】

 宮地のネガティブキャンペーンは、たった一晩で「瓦斯は御仏の光」という大流行に上書きされた。

 「呪い」の噂は消え、今度は江戸中の寺社や大名屋敷から「うちにも光を引いてくれ」と注文が殺到する。

「……さて、宮地の旦那。次は何を仕掛けてくる? あっしはもう、江戸中の『地下』を握っちまったぜ」

 孝四郎は、青い炎を眺めながら、静かに勝利を確信した。

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