18 魔法生物さん
おはようございます。
今日も私は元気です。
目が覚めてすぐ、心の中で自分に挨拶をする。
それから、辺りを見回してベッドの枕元に置いてあるマモンちゃんを見つけた。
「マモンちゃんも、おはよう」
マモンちゃんは、悪魔の頭の形をした便利ながま口だ。
もちろん返事なんて返ってこないけれど、こうして毎日声をかけるのが私の決まった習慣だ。
たとえ反応がなくても、その方が一日を気持ちよく始められる気がするから。
……それにしても、昨日の夜、マモンちゃんをここまで持ってきたかな。
うーん、はっきりとは覚えていない。
でも、マモンちゃんが勝手に動き出すわけもないし、たぶん寝ぼけた私が無意識に持ってきたんだろう。
私はベッドから抜け出すと、窓の方へ歩いていった。
今日もいい天気だ。ぽかぽかした陽気だし、まずは空気の入れ替えをしなくっちゃ。
ガラリと窓を開けると、朝特有のひんやりとして清々しい風が部屋の中に流れ込んできた。
「……ふあぁ、きもちいいなー」
私は目を閉じて、しばらくその心地よい風を楽しんでいた。すると、そんな穏やかな時間を破るような声が聞こえてきた。
「ちょっと! そこの人間サン、どいてっス! 危ないっス!」
どこか無機質な、それでいて独特な響きを持った声。
「えっ? どこからだろう?」
私は不思議に思って、窓の外をキョロキョロと見回した。
「あー、ほんと危ないですカラ! そこの美少女サン、早く気づいてください!」
美少女さん、だなんて。そんなふうに呼ばれると、なんだか照れちゃうな。
私がおかしなテンションで悶えていると、ちょうど窓の正面から、何かがこちらに向かって大きな弧を描いて飛んできた。
水色の宝石のような、キラキラした塊だ。
それは放物線を描きながら、ものすごい勢いで私の部屋を目指してくる。
あわわわっ!
私はとっさにその場にしゃがみこんだ。
すると、すぐ頭の上を何かが風を切って通り過ぎていく。
私の雑貨屋の二階、居住スペースに、人の顔くらいの大きさがある水色の球体が飛び込んできた。
球体はそのまま勢いよく正面の壁にぶつかり、床の上をゴロゴロと転がった。
でも、壁に穴は開いていないし、床にも傷一つついていない。
私の家って、とっても頑丈!
そんなふうに感心していると、床で止まった水色の球体が、ひょいと跳ねるようにして私の方を向いた。
「いやはや、素敵な出会いに乾杯っス!」
なんと、その宝石みたいな球体から、元気な声が聞こえてきた。
「おはようございます?えっと……」
とりあえず、挨拶は大事だ。
私は反射的に返事をしたけれど、そのあとをどう続ければいいのか分からず、立ち尽くしてしまった。
これからどうしよう。これ、一体なんなんだろう?
しかも窓から入ってくるなんて、普通のお客さんじゃないよね
まだ開店前だし、寝起きということもあって頭が全然回らない。
私はパジャマ姿のまま、目をぱちくりとさせてその場に固まっていた。
水色の球体は、床をコロコロと楽しげに転がり回りながら、私の足元まで近づいてくる。
「あー、おはようございますっス! とりあえず自己紹介といきましょうか。アッシの名前はよく『イチゴウ』と呼ばれていますが、そんなダサい名前は嫌っス! 今日からは『モノ』と名乗ることにしたっス! よろしくっス!」
なんだか、すごく陽気な感じだ。人なのか、モノなのか、よく分からないけれど、自己紹介をされたなら返さないわけにはいかない。
「モノさん、ですね。私はニーナです。ここで雑貨屋をやっています。よろしくお願いします」
私は床に転がっている丸い物体に向かって、丁寧に頭を下げた。
「えっと……それで、どうして窓から入ってきたんですか?」
一番気になっていたことを、思い切って聞いてみる。
「これには深ーい訳があるっスよ……。でもその前に」
モノさんは床で一度ぴょんと跳ねると、私を見上げるようにして言った。
「アッシをどこか、テーブルの上にでも運んでくれないっスか?」
私はモノさんを両手でそっと抱え上げ、一階の雑貨屋のカウンターまで運ぶことにした。
ひんやりとしていて、まるで大きな宝石を持っているような不思議な感触だ。
階段を下りながら話を聞くと、モノさんは自分でもふよふよと浮いて動けるらしい。
でも、動くたびに魔力というエネルギーを消費してしまうので、なるべく自分では動きたくないのだという。
……とんだ、ぐーたらさんなんだね
思わず心の中でツッコミを入れたけれど、そんなに重くないし、運ぶくらいならお安い御用だ。
もちろん、あとでしっかり何か買ってもらうつもりだけど。
私はそう心に決めて、モノさんをカウンターの上に置いた。
「いやー、助かりましたっス! 美少女に運んでもらえて、アッシは幸せ者っスよ」
モノさんはカウンターの上でゆらゆらと揺れながら、調子よく喋り続ける。
「それで、どうして窓から入ってきたんですか?」
私は改めて、疑問をぶつけてみた。
「実はアッシ、これでも『魔法生物』なんっスよ。アーク大公国っていう場所で作られたネ」
……マナケミア? アーク大公国?
私の頭の中には、はてなマークがいくつも浮かんだ。聞いたこともない言葉がいっぱいで、全然イメージが湧いてこない。
「ん? なんだか、よく分かってないって顔をしてるっスね」
モノさんは私の様子を察したようで、説明を始めてくれた。
「マナケミアっていうのは、アーク大公国の人間が作った、便利な道具みたいなものっス。アッシのような丸い物体をいろんな器に入れて、魔力をエネルギーにして動くんっスよ。建築作業をしたり、はたまた兵器として戦争に行ったり……まあ、いいように使われる奴隷みたいな存在っスね」
まだ試験的に開発されている段階で、全然量産はされていないらしい。
モノさんはカウンターの上で、言葉を続けた。
「この前だって、お城の補強を手伝わされたあとに、今度は武器の製造。そのあとは、わがままな姫様の子守っスよ。睡眠時間はたったの二時間っス。やってられないっス!」
モノさんの声はどこか機械的な響きだけれど、そこには並々ならぬ感情がこもっているように感じられた。相当、過酷な労働を強いられていたみたいだ。
「だから、脱走してきましたっス! 公国の大砲にこっそり乗り込んで、魔力を使って思いっきり跳んできましたっス!」
へぇー、そうなんだ……。
それで飛んできて窓から入ってきたんだね。なるほどなるほど。
ん?
私は感心して聞いていたけれど、ふと冷静になって考える。
脱走してきた? それって、かなり大変なことなんじゃないかな。国から追いかけられたりしないんだろうか。
それに、脱走中ということは……。
(……このモノさん、お金を全然持っていないんじゃ?)
期待していた売上の可能性が消えかかっていることに気づき、私は少しだけしょんぼりしてしまった。
「ということでニーナサン。しばらくの間、ここにいそうろうさせてほしいっス! お店をやってるんスよね? できることはなんでも手伝うっスよ! 公国にいるより、ここのほうがずっと平和でマシな気がするっス」
モノさんはカウンターの上で丸い体をクルクルと回して、おじぎのようなポーズを取ってみせた。
ふと横を見ると、いつの間にかそこにいたマモンちゃんが、なんだかモノさんを威嚇しているような気がした。気のせいか、がま口の口の部分が少しだけ吊り上がっているような……。
「いやー、先輩方、よろしくお願いしますっス! 舎弟として精一杯働かせていただくっスから! ほら、この通りっス!」
モノさんはマモンちゃんの周りをクルクルと回りながら、必死にごまをすり始めた。
(あれ? マモンちゃん、二階から持ってきたっけ……。でも、がま口が勝手に歩いてくるはずなんてないし、たぶん私が無意識に持ってきたんだろうな)
私は自分の記憶に少し不安を覚えたけれど、すぐに考えるのをやめた。
「仕方ないなー。その代わり、ちゃんと言うことは聞いてね」
私が了承すると、モノさんはさらに勢いよく跳ねた。
「ははー! お代官様、よろしくお願いしますっス!」
モノさんはまたよく分からないことを言っていたけれど、なんだか愉快な話し相手が増えたみたいだ。
「よし、そうと決まれば!」
私は奥の部屋へ走り、とっておきのふかふかクッションを持ってきた。それをカウンターの上に丁寧に敷く。
「どうしたんスか、ニーナさん。この紫色の敷き物っスか?」
不思議そうにするモノさんをひょいと持ち上げ、私はクッションの真ん中にそっと置いた。
「ん? ここがアッシの定位置っスかね。まあ、ふかふかで悪くないっス。くるしゅうないっスよ」
モノさんはまたよく分からない偉そうな言葉を言っていたけれど、収まりはとても良さそうだ。
これで準備は完了だ。
私はモノさんに向けて、勢いよく両手を広げた。
「ニーナ雑貨屋、改め……占いもできるニーナ雑貨屋の誕生です!!」
ででーん!
と、自分の中で効果音を鳴らしてみる。
そんな私の横で、モノさんがふと余計なことをつぶやいた。
「占いをやる人って、大体オバ……」
その言葉が終わるより先に、私の右拳が動いていた。無意識の、鋭い一撃だった。
ドカッ!!
「痛ぁ……っ!」
思わず手を振って痛みに耐える。
石みたいに硬いモノさんを殴ったせいで、自分の手のほうが痛くなってしまった。
暴力反対!絶対によくない!!
「いや、それ、こっちのセリフっスよ……」
カウンターの隅まで転がっていったモノさんが、恨みがましい声を漏らす。
こうして、ニーナ雑貨屋に新しい住人が増えた。
なんだか前よりも、お店の中が明るくなった気がする。
これから一体どんな毎日になるのか、とっても楽しみだね。




