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月に咲く花  作者: 麗月
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空月の出立のとき、私が送っていくと申し出ると、意外にも空月は遠慮しなくて、他に誰かが一緒に行くと言うこともなかった。私としては最後に二人でゆっくり話したかったから願ったりだったけれど。


「海の向こうから来たって言ってたよね?」


「…はい」


空月に確認して、「海まで行ってくる」と伝えてから屋敷を出た。海は気軽に行ける遠さでは無かったけど、少しでも長く一緒にいたかった。


屋敷を出る前に空月とみんなは散々別れを惜しむ言葉を交わしたけど、空月は名残惜しそうに丘を振り返る。


「また来て良いからね」


横から言うと彼は少し目を伏せた。


「有難うございます。是非、そうしたいですね」


昨日の今日で二人きりは気まずいかもと心配だったけれど、彼は昨日のことには触れず何事もなかったかのような様子だった。無かったことになるのは少し寂しい気もしたけど、気まずいよりは良いかと思い直す。


会話は穏やかに弾んだ。彼の調子は確かにだいぶ戻っているようで、来たときと同じ川と池で少しずつ休憩を入れただけで足取りも顔色もしっかりしていた。やがて潮の混じった風を感じたかと思うと、間もなく海は見えてきた。


もっと遠いはずだったのにな…。


でも影は一度無くなってもう伸びてきている。


「あっという間だったね」


「本当に。もっと遠いと覚えていました」


なんだ、同じように感じてたんだ。声には出さずにこっそり笑う。そうして海辺に着くと、辺りを見渡してから思わず私は呟いた。


「え…、舟は…?」


空月は私が立ち止まっている間に進んだようで、足首までだけ海に浸かって立っている。私は濡れずに近付けるところまで行って彼を見つめる。


舟は失くなったの?それとも無かったの?

私は当然のように前者だと思っていたけど、焦る様子も見えず躊躇なく海に入っていった姿を見て分からなくなった。


「ねぇ…!」


黒の長髪のなびく背中に声をかけたものの続ける言葉は出て来ない。空月はゆっくりと体ごと振り返った。そして、困ったようにぎこちなく微笑む。


「少し、話をしても良いでしょうか。私の…素性について」


思わず唾を呑んだ。多分…隠してたことだよね…。


黙って頷くと、彼に手で促されて側の岩に座る。大きくはないが砂浜と海の両方にかかる平たくて座りやすい岩だ。彼は岩には腰掛けずに私の前で膝を折った。そのまま顔の左側にかかる包帯をするすると解く。

なんとなく緊張して身体に力が入る。




「これについては…、薄々お気付きでしたよね」


そう言って、彼は顔を隠すように垂れる髪を片手で掻き上げた。その綺麗な顔の全体が、光の下に晒される。


「嘘…」


私は息を吸ったまま吐くのも忘れて、そのこの世のものとは思えない美しい鮮やかな青の瞳を見つめた。


こんなに綺麗なのにどうして隠しちゃうの…?


そのとき、私の頭は無意識に、彼と出会った頃のことを思い出した。


「あの人たちが言ってた青い目って…本当だったんだ…」


その目が下を向く。


「そうですね」


彼は髪を押さえていた手を退けて、落ちてきた髪を鬱陶しそうに後ろにやった。


「じゃああの日違うって言ったのは…」


嘘だったんだ、とは言えなかった。軽い気持ちで尋ねた私に、頑なに隠したいものを明かす必要なんてあったはずがない。でも、その私が言わなかった言葉は空月には伝わっていた。


「すすんで嘘はつきません。…だから、違うとは言わなかったんです」


どこか含みを持たせた言い方が気になって、その日のことを思い出す。彼と交わした何気ない会話の数々が一気に頭に流れ込んだ。そして、一つの言葉が引っ掛かる。



「…青い瞳をもつ人間などいない……」



呟きながら彼の青い瞳をもう一度見た。彼は何も否定しようとしない。


「待って、それじゃあ空月は…」


もう頭の中では繋がっているはずなのに、それを口に出すことはできなかった。彼はひょいと岩に跳び乗ると、私の隣を通り過ぎて岩の反対側に立った。そして少し距離を取ったまま振り返る。その顔は悲しげに微笑んでいた。


「えぇ。…人間ではございません」


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